ライカ

こま

文字の大きさ
61 / 86
9章 鳩の行方

9_①

しおりを挟む
 ライカ達がメネ・ウロスへと旅立った後、クーンシルッピでは自警団の活躍する機会が多くなった。もとより集まりやすい魔物が、数も力も増していたのだ。
(私は……このままでいいのかな)
 まだ村に大きな被害は出ていない。この島に来てから、アキレアの剣は戦うために抜かれることはなかった。
かつて、義母の命令で島にいるライカを連れ戻しに来た彼女は、二度にわたって自警団員やライカの仲間に傷を負わせた。そんな剣を抜くのは、生きる場所を与えてくれた村に敵意を向けることに思える。
 しかし、時々怪我して戻ってくるナバナや、他の団員を見ていると、安全な場所にいる自分に疑問を持つ。災禍の不安が魔物を増やし、魔物が更に不安を増やす。そんな悪循環を知り、戦う力を持っていながら、自分は何もしていないではないか。それでは、村への償いにはならない。
(だけど、私が剣を抜けば、誰かを傷つけるだけだった)
何かと世話を焼くナバナに連れられて、少しずつ村人と関わり、言葉を交わせるようになった。酒場にいるヴァルの恋人イアも、アキレアを気にかけ、ヒスイとの間をとりなしてくれた。ヒスイの方はアキレアのことをもっと知りたいと思っているのだが、自分が傷つけた相手とどう関わればいいのか、アキレアにはわからなかったのだ。夜、部屋でひとりになると、剣の手入れをしながら考え事をするのが日課になっていた。
「アキレア、いるー?」
 ノックするのとほぼ同時に、ナバナがドアを開けた。抜き身の剣を見て、目を丸くする。何か問われる前に、アキレアは剣を鞘に収めた。
「どうしたの?」
慌てて聞くと、もっと目を丸くされた。
「こっちの台詞だよ。……今でも、剣の手入れをしてるんだね」
「うん……考え事をするときは、いつも。あの、ごめんね。驚いたでしょう?」
暗く微笑むアキレアは伏し目がちで、ナバナと目を合わせない。
 なんだか小さくなってしまったアキレアの様子を見て、ナバナは自分が話しに来たことを忘れた。そして珍しく神妙な面持ちになって、何を考えていたのか聞いてみた。
「色々……これから、どうしようかなって。それより、ナバナこそ何か話があったのよね」
不器用にはぐらかすことが、今のふたりの距離感を表していた。ナバナもまた、話そうとしていたことを口に出さず、アキレアのもとを後にした。
 頭を捻り、ナバナはアキレアとの話題を用意していた。何を話していいか迷って、普段は読まない本を読んだり、姉貴分のイアに相談したり、準備は万全であったはずなのだが。翌日も上手く話せなかったことが引っかかり、古語を教わりに来たヒスイの前で、つい溜息が増えてしまう。
「クーンシルッピっていうのはね、三日月の意味なんだよ」
声色がいつもより暗いので、ヒスイはすぐに何かあったのだと気付いた。
「島に、何か三日月形の岩とか湖があるの?」
「ううん、湖はあるけど真ん丸……ヴァルは、目印みたいな物じゃなくて意味をこめた名前かもって言ってた」
玉石探しのヒントになった石碑には擦り切れて読めない部分がある。そこに、村の名を三日月とした理由が刻んであるのかもしれなかった。キート本人に聞いてみようにも、いまだ彼女の宿る玉石は沈黙を続けている。
「元気がないわね」
 話が途切れたところで、出来るだけさらりとヒスイが言った。アキレアのことで気を揉んでいるのは同じだが、まずは目の前で困っている、ナバナの悩みを解決したいと思った。
「やっぱり、ばれてる?」と苦笑して、ナバナは前の夜にアキレアと会った時のことをざっと話した。そして、遠い目をして空を仰ぐ。
「昔はさ、ひとりでしょんぼりしてる子がいると放って置けなくて、バンバン話しかけてたんだ。鬱陶しがられても、気にならなかったの。でも今は、いっぱい考えても言葉が出てこない」
 ライカもそうだったが、ここへ移住してきたばかりの者は、他者を恐れて心を閉ざしがちだ。ナバナは底抜けに明るい性格で、閉じた心ごと、皆を自分の中に受け入れてきた。そのうち、仲良くなれることを信じて。
ヒスイに向き直ったナバナの目は、笑っているのに淋しそうだ。
「昔の私はどこ行っちゃったんだろうね? こんなのが、オトナになるってことなのかな」
成長によって出来ないことが増えるのなら、子供のままでいい。
 そんな様子を見ていると、ヒスイは無邪気な笑顔を忘れない幼馴染みを思い出した。
(トラメも、こういう顔をする時があるわ。でも突然、吹っ切れるのよ)
口元に笑みが浮かぶのがわかる。トラメが悩みを解決した方法が、ナバナにぴったりあてはまるように感じた。怒らないで聞いてね、と前置きをして、ヒスイはナバナを真っ直ぐに見た。
「ためしに、考えるのをやめてみたら?」
拍子抜けするほど短いアドバイスを受けて、ナバナは固まってしまった。ヒスイに対して賢いお姉さんという印象を持っていたから、具体的で細かい分析を語ると思ったのだ。
少し頬を赤らめ、照れたようにヒスイが言葉を続ける。
「考えてうまくいかないなら、考えないのもひとつの方法よ。まあ、トラメの受け売りなんだけどね」
海のほうへ視線を逸らすと、高い木の枝にアキレアの姿が見えた。ナバナも後から気付いて、しばらく黒い翼を見つめていた。
「……あ、そっか!」
 急に、ナバナの声色が明るくなった。忘れていたのは幼い頃の自分ではなく、考えないことだったのだ。何を話すかなんて後回しだった。近くに行けばひとりじゃなくなる。話はそれからだ。
「ありがとう! 私、行ってくる!」
羽ばたくナバナを、ヒスイは頷いて送り出した。船のマストと違って梯子がないし、自身の悩みは未解決なので、ヒスイはアキレアの傍に行けなかった。医術や知識は村で役立っているが、アキレアが持っているのは心の傷だ。それを癒す術は、わからない。
(ゆっくり、知っていければと思うけど。焦れるわね……私には何が出来る?)
細く長い溜息は、風の中に消えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

少年神官系勇者―異世界から帰還する―

mono-zo
ファンタジー
幼くして異世界に消えた主人公、帰ってきたがそこは日本、家なし・金なし・免許なし・職歴なし・常識なし・そもそも未成年、無い無い尽くしでどう生きる? 別サイトにて無名から投稿開始して100日以内に100万PV達成感謝✨ この作品は「カクヨム」にも掲載しています。(先行) この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。 この作品は「ノベルアップ+」にも掲載しています。 この作品は「エブリスタ」にも掲載しています。 この作品は「pixiv」にも掲載しています。

【完結】うさぎ転生 〜女子高生の私、交通事故で死んだと思ったら、気づけば現代ダンジョンの最弱モンスターに!?最強目指して生き延びる〜

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
 女子高生の篠崎カレンは、交通事故に遭って命を落とした……はずが、目覚めるとそこはモンスターあふれる現代ダンジョン。しかも身体はウサギになっていた!  HPはわずか5、攻撃力もゼロに等しい「最弱モンスター」扱いの白うさぎ。それでもスライムやコボルトにおびえながら、なんとか生き延びる日々。唯一の救いは、ダンジョン特有の“スキル”を磨けば強くなれるということ。  跳躍蹴りでスライムを倒し、小動物の悲鳴でコボルトを怯ませ、少しずつ経験値を積んでいくうちに、カレンは手応えを感じ始める。 「このままじゃ終わらない。私、もっと強くなっていつか……」  最弱からの“首刈りウサギ”進化を目指して、ウサギの身体で奮闘するカレン。彼女はこの危険だらけのダンジョンで、生き延びるだけでなく“人間へ戻る術(すべ)”を探し当てられるのか? それとも新たなモンスターとしての道を歩むのか?最弱うさぎの成り上がりサバイバルが、いま幕を開ける!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

家ごと異世界転移〜異世界来ちゃったけど快適に暮らします〜

奥野細道
ファンタジー
都内の2LDKマンションで暮らす30代独身の会社員、田中健太はある夜突然家ごと広大な森と異世界の空が広がるファンタジー世界へと転移してしまう。 パニックに陥りながらも、彼は自身の平凡なマンションが異世界においてとんでもないチート能力を発揮することを発見する。冷蔵庫は地球上のあらゆる食材を無限に生成し、最高の鮮度を保つ「無限の食料庫」となり、リビングのテレビは異世界の情報をリアルタイムで受信・翻訳する「異世界情報端末」として機能。さらに、お風呂の湯はどんな傷も癒す「万能治癒の湯」となり、ベランダは瞬時に植物を成長させる「魔力活性化菜園」に。 健太はこれらの能力を駆使して、食料や情報を確保し、異世界の人たちを助けながら安全な拠点を築いていく。

攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。 -俺は何度でも救うとそう決めた-【[完]】

水無月いい人(minazuki)
ファンタジー
【HOTランキング一位獲得作品】 【一次選考通過作品】 ---  とある剣と魔法の世界で、  ある男女の間に赤ん坊が生まれた。  名をアスフィ・シーネット。  才能が無ければ魔法が使えない、そんな世界で彼は運良く魔法の才能を持って産まれた。  だが、使用できるのは攻撃魔法ではなく回復魔法のみだった。  攻撃魔法を一切使えない彼は、冒険者達からも距離を置かれていた。 彼は誓う、俺は回復魔法で最強になると。  --------- もし気に入っていただけたら、ブクマや評価、感想をいただけると大変励みになります! #ヒラ俺 この度ついに完結しました。 1年以上書き続けた作品です。 途中迷走してました……。 今までありがとうございました! --- 追記:2025/09/20 再編、あるいは続編を書くか迷ってます。 もし気になる方は、 コメント頂けるとするかもしれないです。

竜皇女と呼ばれた娘

Aoi
ファンタジー
この世に生を授かり間もなくして捨てられしまった赤子は洞窟を棲み処にしていた竜イグニスに拾われヴァイオレットと名づけられ育てられた ヴァイオレットはイグニスともう一頭の竜バシリッサの元でスクスクと育ち十六の歳になる その歳まで人間と交流する機会がなかったヴァイオレットは友達を作る為に学校に通うことを望んだ 国で一番のグレディス魔法学校の入学試験を受け無事入学を果たし念願の友達も作れて順風満帆な生活を送っていたが、ある日衝撃の事実を告げられ……

処理中です...