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11章 災禍の終わり
11_①
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伝承の中にある、災禍の元凶が住まう島。天使が災禍の元凶を倒した時に沈んだと伝わっているが、実際は海の真ん中に、何百年も封印されていたのだ。
突如として島が浮上した今、人々は災禍の再来を確信した。先に各地を襲った隕石も、増える一方の魔物も、近いうちに世界を壊す現象だったのだとおののいた。
「天使様、我らをお救いください。災禍からお守りください」
人間も亜人種もなく、多くの者が伝承にすがった。天使の正体が亜人種であることも、今や災禍の元凶であることも、知らずに祈った。
今だけは、世界の心がひとつだった。
島の浮上が、魔物となったかつての英雄、レマの封印が間もなく解ける合図だ。ライカ達は、レマの元へ急いだ。
上陸を拒むように、切り立った崖がぐるりを囲んでいる。船を海上に残して、キョウネの大式神で島に立ち入った。メネ・ウロスよりも古い建物が、残骸となって並んでいた。
「これが、海の底にあったなんて信じられねえや。藻草も生えてない」
地面すら乾いていて、今さっき浮上したとは思えない。封印とは、時や環境の干渉を受けないということなのだろう。
不気味な静けさが空気を支配している。どこを旅してもつきまとってきた、魔物がいない。海鳥に扮した魔物が、遠くで旋回しているだけだ。
(近寄れないんだ。レマの力が、それだけ強いってことだよね)
辺りを見回して、ライカ達は気を引き締めた。
廃墟というよりは、島全体が遺跡のようだ。歩いていると物悲しくなってくる。こんな荒涼とした場所で、シダンもレマもひとりだったのだ。
ひとつだけ、雨風をしのげそうな建物が残っていた。石造りの高い塔から、魔物の気配がにじみ出ている。最上階辺りには黒っぽいもやが立ちこめ、その姿を隠していた。
「ここだな。……みんな、準備はいいか」
入り口で立ち止まり、慎重に確認するヴァルに応え、それぞれ力強く頷いた。
塔の中は、壁に開いた明り取りの穴があるから明るいはずなのに、一瞬真っ暗だと錯覚した。
魔物を倒したとき、地面にはわずかにしみが残る。壁一面がその色だったのだ。床も同じく黒紫だ。
「なんか、いやだね。魔物に食べられちゃった気分……」
ユニマが言うのはもっともで、濃い魔物の気配が立ち込めていた。レマの居所は、この塔のどこなのだろう。
「食べられた……か。その感想、あながち間違いじゃないかもな」
八方から、見張られている感じがする。セルは呟き、注意深く塔の中を観察した。
入り口の一階は広く、いくつか部屋もあった。しかし、階段が見つからない。塔が高く伸びる中央、階段のあるべき位置は石積みの壁で覆われていた。
「ぜったい、階段ってこの中だよね。どうなってるんだか……」
ライカが右手で壁を叩くと、空しい反響音が返ってくる。
「外階段はなかったよな」
「……しっ!」
状況を確かめるヴァルの声をキョウネが遮った。人差し指を口元に当てたまま、耳を澄ましている。さっきの反響音が段々大きくなっているように聞こえたのだ。やがて、誰の耳にもわかるほどになる。鐘に似た音が、ぐわんぐわんと鳴り響く。
そのうち、ライカが叩いた壁にひびが入った。そして、入れるくらいの大きさの穴が空くと、音が収まる。壁が崩れた中には、螺旋階段があった。
「あれれ? 私、力持ち~」
「冗談言ってる場合か。どうやら、道が拓けたみたいだな」
ライカがはしゃいだのは、腕輪に宿るレマの残留思念が力を貸してくれたと思うからだ。クーンシルッピで待つナバナ達、キート達も応援している。仲間は六人だけではない。
階段が壁に沿っているから、塔の中央は空間がある。吹き抜けではなく、階層ごとに床がすえられていた。ひとつ上の階に着いたところで階段は途切れ、また扉のない部屋が現れた。階段の幅の回廊を残して、階層のほとんどを埋める円形の部屋だ。今度は石積みと異なる、つるんとした材質だった。黒いガラスのような壁は、鼓動に似た規則的な振動をするので不気味だ。うかつに触れないほうがいいと見た。
「おっ、あれってシダンが落としたやつか?」
駆けていくトラメの目線の先には、宙に浮く涙型の結晶があった。確かに、シダンが残したものと同じ形だ。そういえばクーンシルッピで、封印の鍵となるチャクラムとともに、レマに持ち去られていた。
「違うか……なあ、なんかこれ、緑色っぽいよ……な?」
結晶を手にして振り返ると、誰もいなかった。上ってきた階段も見当たらない。トラメは、一面が黒紫の空間にひとりで立っている。
「どうなってんだ」
声を出してみても、反響しない。閉じられた空間にいるのだが、視界を埋める色が一色では、上下さえわからなくなりそうだった。
そこで、武器に手をかけ、目を閉じてみる。空気の動きや音が、状況を教えてくれるはずだ。足の裏に、床の感触はある。
── さ み し い
かすかな声が聞こえる。首筋に雨だれが落ちた感じがして、トラメは身震いした。これはレマの声だ。
(ここに、いるのか……?)
長剣を抜き、構えた。
突如として島が浮上した今、人々は災禍の再来を確信した。先に各地を襲った隕石も、増える一方の魔物も、近いうちに世界を壊す現象だったのだとおののいた。
「天使様、我らをお救いください。災禍からお守りください」
人間も亜人種もなく、多くの者が伝承にすがった。天使の正体が亜人種であることも、今や災禍の元凶であることも、知らずに祈った。
今だけは、世界の心がひとつだった。
島の浮上が、魔物となったかつての英雄、レマの封印が間もなく解ける合図だ。ライカ達は、レマの元へ急いだ。
上陸を拒むように、切り立った崖がぐるりを囲んでいる。船を海上に残して、キョウネの大式神で島に立ち入った。メネ・ウロスよりも古い建物が、残骸となって並んでいた。
「これが、海の底にあったなんて信じられねえや。藻草も生えてない」
地面すら乾いていて、今さっき浮上したとは思えない。封印とは、時や環境の干渉を受けないということなのだろう。
不気味な静けさが空気を支配している。どこを旅してもつきまとってきた、魔物がいない。海鳥に扮した魔物が、遠くで旋回しているだけだ。
(近寄れないんだ。レマの力が、それだけ強いってことだよね)
辺りを見回して、ライカ達は気を引き締めた。
廃墟というよりは、島全体が遺跡のようだ。歩いていると物悲しくなってくる。こんな荒涼とした場所で、シダンもレマもひとりだったのだ。
ひとつだけ、雨風をしのげそうな建物が残っていた。石造りの高い塔から、魔物の気配がにじみ出ている。最上階辺りには黒っぽいもやが立ちこめ、その姿を隠していた。
「ここだな。……みんな、準備はいいか」
入り口で立ち止まり、慎重に確認するヴァルに応え、それぞれ力強く頷いた。
塔の中は、壁に開いた明り取りの穴があるから明るいはずなのに、一瞬真っ暗だと錯覚した。
魔物を倒したとき、地面にはわずかにしみが残る。壁一面がその色だったのだ。床も同じく黒紫だ。
「なんか、いやだね。魔物に食べられちゃった気分……」
ユニマが言うのはもっともで、濃い魔物の気配が立ち込めていた。レマの居所は、この塔のどこなのだろう。
「食べられた……か。その感想、あながち間違いじゃないかもな」
八方から、見張られている感じがする。セルは呟き、注意深く塔の中を観察した。
入り口の一階は広く、いくつか部屋もあった。しかし、階段が見つからない。塔が高く伸びる中央、階段のあるべき位置は石積みの壁で覆われていた。
「ぜったい、階段ってこの中だよね。どうなってるんだか……」
ライカが右手で壁を叩くと、空しい反響音が返ってくる。
「外階段はなかったよな」
「……しっ!」
状況を確かめるヴァルの声をキョウネが遮った。人差し指を口元に当てたまま、耳を澄ましている。さっきの反響音が段々大きくなっているように聞こえたのだ。やがて、誰の耳にもわかるほどになる。鐘に似た音が、ぐわんぐわんと鳴り響く。
そのうち、ライカが叩いた壁にひびが入った。そして、入れるくらいの大きさの穴が空くと、音が収まる。壁が崩れた中には、螺旋階段があった。
「あれれ? 私、力持ち~」
「冗談言ってる場合か。どうやら、道が拓けたみたいだな」
ライカがはしゃいだのは、腕輪に宿るレマの残留思念が力を貸してくれたと思うからだ。クーンシルッピで待つナバナ達、キート達も応援している。仲間は六人だけではない。
階段が壁に沿っているから、塔の中央は空間がある。吹き抜けではなく、階層ごとに床がすえられていた。ひとつ上の階に着いたところで階段は途切れ、また扉のない部屋が現れた。階段の幅の回廊を残して、階層のほとんどを埋める円形の部屋だ。今度は石積みと異なる、つるんとした材質だった。黒いガラスのような壁は、鼓動に似た規則的な振動をするので不気味だ。うかつに触れないほうがいいと見た。
「おっ、あれってシダンが落としたやつか?」
駆けていくトラメの目線の先には、宙に浮く涙型の結晶があった。確かに、シダンが残したものと同じ形だ。そういえばクーンシルッピで、封印の鍵となるチャクラムとともに、レマに持ち去られていた。
「違うか……なあ、なんかこれ、緑色っぽいよ……な?」
結晶を手にして振り返ると、誰もいなかった。上ってきた階段も見当たらない。トラメは、一面が黒紫の空間にひとりで立っている。
「どうなってんだ」
声を出してみても、反響しない。閉じられた空間にいるのだが、視界を埋める色が一色では、上下さえわからなくなりそうだった。
そこで、武器に手をかけ、目を閉じてみる。空気の動きや音が、状況を教えてくれるはずだ。足の裏に、床の感触はある。
── さ み し い
かすかな声が聞こえる。首筋に雨だれが落ちた感じがして、トラメは身震いした。これはレマの声だ。
(ここに、いるのか……?)
長剣を抜き、構えた。
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追記:2025/09/20
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