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第1章:陽だまりのパピヨン(春〜夏)―無邪気な恋心と、秘められた想い――
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降り注ぐ太陽の光が、新緑の中庭をきらめかせていた。まだ自分たちが何者であるかを知らず、ただ「若さ」という光を浴びていた季節。校舎の壁を背に、私たちは他愛もないおしゃべりに興じていた。制服のスカートが、そよ風にふわりと揺れる。
サクラが、夢見るような瞳で遠くを見つめながら言った。「私、恋してるの」。彼女の声は、春の霞のようにふんわりとしていて、その恋の行方もまた、つかみどころのない桃色だった。誰に恋しているのか、具体的にどうしたいのか、それは重要ではないかのようだった。ただ「恋をしている」という状態そのものを楽しんでいる、そんな様子だった。
対照的に、クローバーは自信に満ち溢れていた。「でも、彼は私が好きなのよ」。まるで四つ葉のクローバーを見つけた時の幸運を確信しているかのように、彼女の言葉には一切の迷いがなかった。「幸福」という名前を体現するような明るさで、彼女はいつも周りを笑顔にさせた。愛されることが、彼女にとっては当然のことなのだろう。
そんな和やかな雰囲気を、ヒマワリが明るく、けれど時に残酷な真実で切り裂いた。「でもね、彼は子どもができないわよ」。その言葉が、私たちの中に一瞬の静寂をもたらした。まだ幼い私たちは、「子どもができない」という言葉の持つ現実的な重みを完全には理解していなかったかもしれない。それは、漠然とした「大人になる」ということの一側面を突きつけられたような感覚だった。ヒマワリに悪気はなく、ただ見えた事実をそのまま伝えただけだった。
「私は」といえば、いつもみんなの輪郭を少しだけ外れた場所にいた。サクラが彼を追いかける様子を眺めながら、心の中では別の言葉を繰り返していた。『私はサクラ、あなたのことが好きなのに』。声に出すことのできないその想いは、誰にも気づかれることなく、私の胸の奥で静かに波打っていた。サクラの視線の先にいる「彼」への恋心ではなく、サクラ自身への特別な感情。それは、陽の当たらない場所でひっそりと育つ植物のように、誰にも見つからないように大切にしまわれていた。
「あら、あなたも彼を狙っているっていうなら、私がもらっちゃうわよ?」
ヒマワリが悪戯っぽく私に振ると、サクラが慌てて叫んだ。「ダメ! あげない!」。そのやり取りが面白くて、クローバーが楽しそうに笑う。私は、自分の秘めた想いを悟られないように、微笑みで応じた。
「どうぞ、召し上がれ」
その言葉に込めたのは、友人たちの恋を応援する気持ちだったのか、それとも、自分のような歪んだ感情を持つ者は、この輪の中にはいられないという諦めだったのか。その両方だったのかもしれない。
みんなで笑い転げる。その瞬間、私たちは永遠にこのままだと信じて疑わなかった。眩しい光の中で、私たちはまだ何の色にも染まりきっていない、無垢な存在だった。互いの境界線さえ曖昧なまま、手を取り合って笑っていた。
夏は、もうすぐそこまで来ていた。焼けるような日差しと、力強い緑の匂いが立ち込める季節。この陽だまりのような日々が、どんな変化をもたらすのか。私たちの間に芽生え始めたそれぞれの想いが、どのような形になっていくのか。それを知る者は、まだ誰もいなかった。
サクラが、夢見るような瞳で遠くを見つめながら言った。「私、恋してるの」。彼女の声は、春の霞のようにふんわりとしていて、その恋の行方もまた、つかみどころのない桃色だった。誰に恋しているのか、具体的にどうしたいのか、それは重要ではないかのようだった。ただ「恋をしている」という状態そのものを楽しんでいる、そんな様子だった。
対照的に、クローバーは自信に満ち溢れていた。「でも、彼は私が好きなのよ」。まるで四つ葉のクローバーを見つけた時の幸運を確信しているかのように、彼女の言葉には一切の迷いがなかった。「幸福」という名前を体現するような明るさで、彼女はいつも周りを笑顔にさせた。愛されることが、彼女にとっては当然のことなのだろう。
そんな和やかな雰囲気を、ヒマワリが明るく、けれど時に残酷な真実で切り裂いた。「でもね、彼は子どもができないわよ」。その言葉が、私たちの中に一瞬の静寂をもたらした。まだ幼い私たちは、「子どもができない」という言葉の持つ現実的な重みを完全には理解していなかったかもしれない。それは、漠然とした「大人になる」ということの一側面を突きつけられたような感覚だった。ヒマワリに悪気はなく、ただ見えた事実をそのまま伝えただけだった。
「私は」といえば、いつもみんなの輪郭を少しだけ外れた場所にいた。サクラが彼を追いかける様子を眺めながら、心の中では別の言葉を繰り返していた。『私はサクラ、あなたのことが好きなのに』。声に出すことのできないその想いは、誰にも気づかれることなく、私の胸の奥で静かに波打っていた。サクラの視線の先にいる「彼」への恋心ではなく、サクラ自身への特別な感情。それは、陽の当たらない場所でひっそりと育つ植物のように、誰にも見つからないように大切にしまわれていた。
「あら、あなたも彼を狙っているっていうなら、私がもらっちゃうわよ?」
ヒマワリが悪戯っぽく私に振ると、サクラが慌てて叫んだ。「ダメ! あげない!」。そのやり取りが面白くて、クローバーが楽しそうに笑う。私は、自分の秘めた想いを悟られないように、微笑みで応じた。
「どうぞ、召し上がれ」
その言葉に込めたのは、友人たちの恋を応援する気持ちだったのか、それとも、自分のような歪んだ感情を持つ者は、この輪の中にはいられないという諦めだったのか。その両方だったのかもしれない。
みんなで笑い転げる。その瞬間、私たちは永遠にこのままだと信じて疑わなかった。眩しい光の中で、私たちはまだ何の色にも染まりきっていない、無垢な存在だった。互いの境界線さえ曖昧なまま、手を取り合って笑っていた。
夏は、もうすぐそこまで来ていた。焼けるような日差しと、力強い緑の匂いが立ち込める季節。この陽だまりのような日々が、どんな変化をもたらすのか。私たちの間に芽生え始めたそれぞれの想いが、どのような形になっていくのか。それを知る者は、まだ誰もいなかった。
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