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占い師のフィールドワーク
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-2025年7月29日麻天アークトゥルスランド-
物具漱瑛の通信機から静かな警告音が鳴った瞬間、漱瑛の手が反射で動いた。
「食べてて」
そう言うが早いか、漱瑛は素早く通信に応答する。
「はい物具です、今ですか、問題ありません」
同席する水戸千家と小町深幸は敢えて食事を再開し、『貴方のことを気にせずに楽しんでいますよ』と健気なアピールをする。
それでも二人は目を見合わせた。そして千家は深幸の耳へ、大きく顔を寄せる。
そうしないと、ごった返すレストラン内では、小さい声で会話できないのだ。
「あいつが帰っても、オレらは残ろーぜ」
千家が寂しさが色濃く映る瞳で言う。
「そうしないと、アイツが気にするだろ」
深幸はハンバーグを味わいながら頷いた。
「悪い、呼ばれた」
漱瑛は短く告げると、立ち上がった。
「気をつけてね」
と深幸に言われ、素直に頷くと
「お前もな」
と真剣に言う。
「ソウの分も食べれてラッキー」
とピースサインを見せる千家に、ほんの僅かに口元が柔らぐ。
「また学校で」
その一言を置いて、足早にレストランを立ち去った。
二人の間に一瞬の沈黙が走る。
「オレの方が通信取るのが速かったらさー」
千家が自棄になったように、声のボリュームをあげた。
「『漱は遊ぶので忙しいので、応答できません!』とか言えるのになー」
そして漱瑛が頼んだチョコレートケーキに、ナポリタンに使ったフォークを向けた。
「あめえ」
と文句をこぼす。
(漱くんが居たら、文句を言うだろうな)
そう思いながらチェリージュースに口をつける。
「どうする?ジェットコースターとか乗る?」
深幸の心は千家程落ち込んではいなかった。確かに寂しいが、3人には3人の、2人には2人の楽しみ方がある。
「確かに、もう嫌がる奴もいないもんなー」
千家と寂しそうに言って、またチョコレートケーキを口に運んだ。
まずそうな顔をした後、突然フォークを置く。
「オレ、やっぱり行くわ」
千家は焦ったように立ち上がった、それでも一歩踏み出した足に迷いはなかった。そして歩きながら、思い出したように深幸を振り返る。
「ごめん」
決意のこもった一言に、深幸は頷いた。
「前を見ないとぶつかるよ」
深幸は少し席から乗り出してそう言うと、大きく笑った。
「はーい」
千家も笑って応えるとすぐに前を向き、大勢の人混みに流されながらも一直線に漱瑛を追った。
(さて)
深幸は落ち込んではいなかった。1人には1人の楽しみ方がある。
今回は寂しさも感じなかった。寧ろ彼女たちが一緒に居ると思うと、安心できた。
(しかし)
深幸は目の前の現実を受け止める。テーブルの上には、3人分の料理がテーブルを埋めるように鎮座している。
席を探している人々が、深幸1人しかいないテーブルに期待して近づいた後に、テーブルの上の料理を見て悲しげに去っていく。
(どうしたものかな)
深幸は糖分を欲してチョコレートケーキに手を出したが、彼女には甘すぎた。
思わずこめかみがピクリと動く。
「オネーサン」
その声に振り向くと、背中合わせで違うテーブルについていた男がニコリと愛想よく笑った。
「お手伝いしましょうか」
「オレ、柴犬って言います。そんでコイツが」
柴犬は自分の右隣りに座った、怪しげなローブの男を指差す。
「鈴木くんです」
鈴木くんが固い動作で、礼をする。
ローブのフードを深く被っているせいで、顔が全く見えない。
「こんにちは、小町深幸と申します」
深幸は控えめな笑顔を浮かべながら、二人を観察する。
(鈴木さん、暑くないのかな)
少し心配になってしまうが、何か理由があるのかもしれないから、取り敢えずそっとしておこう。
「うーん、このガトーショコラ、美味しいっすね!舌触りが滑らかで濃厚っす!」
と笑う柴犬は鈴木くんとは対照的に、半袖半ズボンととても動きやすそうな格好をしている。
身のこなしを見るに、運動も得意そうだ。
さっきから食レポを頻繁に挟みながらも、とんでもないスピードで料理を平らげている。
そこも、一口も食べないどころか、何かを飲むそぶりさえ見せない鈴木くんと対照的だ。
(喋るのも速いし、一口も大きいし、噛むのも速いな)
と思いながら、深幸はハンバーグを口に運んだ。
牛肉のジューシーでどこかスモーキーな旨味と、ポン酢のかかった大根おろしの爽やかが合わさり、脳の上の方が刺激される。深幸は目を閉じて、味覚だけに意識を集中させた。
「美味しそうっすねー」
柴犬がハンバーグをジッと見つめる。明らかに物欲しそうな瞳だ。
鈴木は無言で柴犬の箸を持つ右手を抑える。
「ちょっと~、いくら俺でも人の物取ったりしませんよー」
「信用できない」
初めて聞いた鈴木さんの声はザラついていた。
「余計な事をするな」
「だから~、鈴木くん早とちりだってー」
喧嘩が始まってしまった。
でも2人の仲は、思ったより良さそうだ。
「一口ぐらいなら構いませんよ。半分食べられたら怒りますが」
本心だ。深幸は大きい支障の無い場合、本心を言うようにしている。
嘘ばかり言っていると、自分が悲しくなってしまうからだ。
「えー、いいんすか?」
柴犬の瞳が店内の明るい照明に、キラキラと輝く。
「おい」
柴犬が鈴木くんに抑えられた右手から箸を放すと、左手に持ち替える。そしてその素速い行動についていけない鈴木くんを置き去りにして、御幸の皿からハンバーグを持ち出すと
「いただきまーす」
と幸せそうに口に入れた。
「うーん、ジューシーで爽やかで美味しい!」
(この人器用だな)
そう思いながら微笑む。
「美味しいですよね」
「はい!」
柴犬は短く笑うと箸を置き、紅茶に口をつけながら自身のスマホをチェックした。
「お、ラッキー」
と呟く。
「バンドの席当たりましたよ。2時間後のやつ」
「は?」
鈴木がようやく柴犬の右手から手を放した。
「遊びにきたんじゃない」
「そーんな事言っちゃっていいかなぁ。鈴木くん」
ニヤリと笑う柴犬に、鈴木くんが言葉も無く俯く。
(何か事情がありそうだな。視察とか?スパイ活動?)
物語が好きな深幸は、少し想像力を働かせる。
柴犬は熟練のスパイで、鈴木くんは巻き込まれた一般人。2人は大きな使命を帯びて、このテーマパークに忍び込み、紆余曲折の末に、世界の危機を救うのだ。
(クライマックスにはあの観覧車が壊れて、地面を転がり出すんだろうな)
深幸が自分の荒唐無稽な想像に笑みをこぼしかけたその時、突然痛みに襲われた。
バシンと大きな音が響く。
深幸が体勢を崩しながら振り向くと、キョトンとした竜の子供と目が合った。
何度か見た光景である。
(成程)
すぐ合点がいった。
竜の子供が勢い良く振り返った際に、その突起のついた尻尾が、深幸の左頬に当たってしまったのだ。
誰しもが一回は経験がある、よくある不幸な出来事だ。
(尻尾カバーをつけるという手もあるが、子供は成長が速く、すぐサイズが合わなくなってしまうのだ)
竜の子供が深幸の頬に伝う血を、瞼の無い目で見つめる。
そして自分の尻尾についた赤い血を確認した。竜の瞳孔が大きくなる。
「あ、あの。ごめんなさい」
竜の子供は瞳を彷徨わせた。
頑丈な鱗を持つ竜は、血に慣れていない。
「大丈夫だよ」
深幸は自身の大きい鞄から、小さい壺を取り出した。
壺の中から多めの塗り薬を手に乗せると、自分の左頬に滑らせる。
すると薬が深幸の血に反応して青く輝いた。次に床にしたった血や竜の尻尾にこびりついた血までも青く光る。
次の瞬間には血も傷も一切が消えていた。
瞬きをせずに見つめていた竜が、手に自分の尻尾を乗せ確認する。ひっくり返して確かめても、血は一滴もついていない。
「明蔵ー!」
遠くの家族に呼ばれた竜が思わず振り返る、
「もう大丈夫ですよ」
深幸は柔らかく微笑んだ。
「今日という日を、思い切り楽しんでくださいね」
竜は少し迷って
「あの、ごめんなさい!」
と尻尾を両手で持ったまま、大きく頭を下げた。
そしてやはり尻尾を両手で持ったまま、深幸に背を向け、走りにくそうにバタバタと去っていく。
前に座り直すと、深幸の皿以外の全ての料理を食べ終えた柴犬が、頬杖をついてこちらを見ていた。
「今使ったの『チモドル薬』でしょう?便利だけど高いですよね。お金くらい請求しても、罰は当たんないと思うけど」
柴犬が「なんならオレが取立ててきましょうか」と笑う。
「いいんですよ、私も友達に髪の毛でビンタしちゃったことがありますし」
「へー、じゃあ、いんがおーほーっすね」
「そうかも知れません」
笑い合う2人の横で、鈴木くんが音も無く立ち上がった。
「ごめんなさい」
そして深幸に向かって深く頭を下げる。
「えっと、鈴木さんの所為では、ありませんよ」
そう言っても、彼は頭を上げない。
「俺の所為なんです」
その内容に疑問を感じる前に、震えた余裕の無い声に深幸の心が痛む。
(何か事情があるのかな)
彼の心を軽くしたい。御幸の心がそう願った。
「全然平気です。もう痛くもないし」
そう言っても、彼は頭を上げない。
(今の私じゃ力不足かも)
深幸は柴犬の瞳を見た。
彼はとても冷静な目でこちらを観察していた。
深幸と目が合うと、柴犬はあっさりと立ち上がり、気安く鈴木くんの肩を叩く。
「ほら、深幸ちゃんもこう言ってるし」
彼はそれでも、顔を上げなかった。
「ごめんなさい」
深刻な様子でそう言うと、フラフラとテーブルから離れていく。
人にぶつかりながらも、レストランの外に向かうようだ。
思わず立ち上がる深幸に、柴犬は声をかけた。
「深幸さんはお気になさらず、鈴木くんは定期的にこーなるんですよ」
軽やかに立ち上がると、ニコリと笑う。
「オレが追うんで、ゆっくり食べちゃってください」
そして手をヒラヒラと振った。
「それじゃあ、良い1日を」
その冷静な様子に、深幸は頷いた。
「良い1日を」
深幸は柴犬の背を見送ると、鈴木くんを心配する事をやめた。
1人にできることは、少ないのだ。
そしてその代わりに、2人の友人と、柴犬と鈴木くんと、小さな竜の幸運を祈った。
華やかで賑やかなテーマパークの一角で、鈴木は壁の隅にしゃがんで縮こまっていた。
「いやー、大変っすねえ」
深幸は太陽の似合う、爽やかな笑みを広げた。
「繊細な完璧主義者ってやつは!」
鈴木がその言葉に反応して、僅かに顔を上げる。
深く被ったフードから、弱々しい瞳がのぞく。
「だから俺は嫌だったんだ。直接話すなんて」
と陰気に呟く。
「えー、オレのせいにするんすか」
「いや、違う俺の所為だ」
鈴木が深く頭を下げる。
「俺が接触した所為で深幸さんの未来が変わったんだ」
「そうなんすか?」
柴犬が首を傾げる。
「…基本的に占い師は、占う相手と接触するべきではない」
重々しい声に、軽く応える。
「えー、なんでっすか?」
「占いは不覚的要素に弱い、そして不覚的要素の最たる例こそが占い師なんだ」
鈴木は深幸と離れて少し落ち着いたのか、ボソボソと話し出した。
「占い師が自分の未来を見ても、殆ど何も映らない。それは未来が見えた場合、その未来が見えた事で、その後の行動が変わり、未来が変わってしまうからだ」
「よって大半の占い師は占い師の、特に自身の未来を占うことができない。この現象を『占い師のパラドックス』と言う」
「だから」
一気に話した後、鈴木が小さく息を吸う。
「一緒に居ると守れないんだ」
その声には確信がこもっていた。
鈴木の声が
「今回は大した事にならなかった」
と少しの安堵を見せ、
「でも次回がどうなるのか分からない」
と恐怖に震えた。
項垂れる鈴木に、柴犬は訳知り顔でウンウンと頷いた。
「占い師のジレンマっすねー」
「…そんな用語は無い」
鈴木の雰囲気が微かに軽くなる。
「じゃあ教科書に載せといてください」
柴犬が鈴木の肩に手を乗せると、鈴木はため息をついてそれをかわす。
「でも、会えない理由はそれだけじゃ無いすよねぇ」
その声に鈴木の小さくなっていた背中がビクンと揺れる。
「オレ、段々分かってきましたよー」
そのニヤついた声に、悪い予感がジワリと冷たく広がる。
「君ってやつは『激キモストーカー占い師』でなおかつ」
思わず瞳を覗かせた鈴木を、名探偵のようにビシッと指差した。
「『好きな子とは目を合わす事すらできない、超絶シャイなヘタレ人間』、ですね!」
「そんな事」
鈴木は再び、顔を伏せた。
「何の問題にもならない」
そして脱力したように笑う。
「会わない方が守れる」
物具漱瑛の通信機から静かな警告音が鳴った瞬間、漱瑛の手が反射で動いた。
「食べてて」
そう言うが早いか、漱瑛は素早く通信に応答する。
「はい物具です、今ですか、問題ありません」
同席する水戸千家と小町深幸は敢えて食事を再開し、『貴方のことを気にせずに楽しんでいますよ』と健気なアピールをする。
それでも二人は目を見合わせた。そして千家は深幸の耳へ、大きく顔を寄せる。
そうしないと、ごった返すレストラン内では、小さい声で会話できないのだ。
「あいつが帰っても、オレらは残ろーぜ」
千家が寂しさが色濃く映る瞳で言う。
「そうしないと、アイツが気にするだろ」
深幸はハンバーグを味わいながら頷いた。
「悪い、呼ばれた」
漱瑛は短く告げると、立ち上がった。
「気をつけてね」
と深幸に言われ、素直に頷くと
「お前もな」
と真剣に言う。
「ソウの分も食べれてラッキー」
とピースサインを見せる千家に、ほんの僅かに口元が柔らぐ。
「また学校で」
その一言を置いて、足早にレストランを立ち去った。
二人の間に一瞬の沈黙が走る。
「オレの方が通信取るのが速かったらさー」
千家が自棄になったように、声のボリュームをあげた。
「『漱は遊ぶので忙しいので、応答できません!』とか言えるのになー」
そして漱瑛が頼んだチョコレートケーキに、ナポリタンに使ったフォークを向けた。
「あめえ」
と文句をこぼす。
(漱くんが居たら、文句を言うだろうな)
そう思いながらチェリージュースに口をつける。
「どうする?ジェットコースターとか乗る?」
深幸の心は千家程落ち込んではいなかった。確かに寂しいが、3人には3人の、2人には2人の楽しみ方がある。
「確かに、もう嫌がる奴もいないもんなー」
千家と寂しそうに言って、またチョコレートケーキを口に運んだ。
まずそうな顔をした後、突然フォークを置く。
「オレ、やっぱり行くわ」
千家は焦ったように立ち上がった、それでも一歩踏み出した足に迷いはなかった。そして歩きながら、思い出したように深幸を振り返る。
「ごめん」
決意のこもった一言に、深幸は頷いた。
「前を見ないとぶつかるよ」
深幸は少し席から乗り出してそう言うと、大きく笑った。
「はーい」
千家も笑って応えるとすぐに前を向き、大勢の人混みに流されながらも一直線に漱瑛を追った。
(さて)
深幸は落ち込んではいなかった。1人には1人の楽しみ方がある。
今回は寂しさも感じなかった。寧ろ彼女たちが一緒に居ると思うと、安心できた。
(しかし)
深幸は目の前の現実を受け止める。テーブルの上には、3人分の料理がテーブルを埋めるように鎮座している。
席を探している人々が、深幸1人しかいないテーブルに期待して近づいた後に、テーブルの上の料理を見て悲しげに去っていく。
(どうしたものかな)
深幸は糖分を欲してチョコレートケーキに手を出したが、彼女には甘すぎた。
思わずこめかみがピクリと動く。
「オネーサン」
その声に振り向くと、背中合わせで違うテーブルについていた男がニコリと愛想よく笑った。
「お手伝いしましょうか」
「オレ、柴犬って言います。そんでコイツが」
柴犬は自分の右隣りに座った、怪しげなローブの男を指差す。
「鈴木くんです」
鈴木くんが固い動作で、礼をする。
ローブのフードを深く被っているせいで、顔が全く見えない。
「こんにちは、小町深幸と申します」
深幸は控えめな笑顔を浮かべながら、二人を観察する。
(鈴木さん、暑くないのかな)
少し心配になってしまうが、何か理由があるのかもしれないから、取り敢えずそっとしておこう。
「うーん、このガトーショコラ、美味しいっすね!舌触りが滑らかで濃厚っす!」
と笑う柴犬は鈴木くんとは対照的に、半袖半ズボンととても動きやすそうな格好をしている。
身のこなしを見るに、運動も得意そうだ。
さっきから食レポを頻繁に挟みながらも、とんでもないスピードで料理を平らげている。
そこも、一口も食べないどころか、何かを飲むそぶりさえ見せない鈴木くんと対照的だ。
(喋るのも速いし、一口も大きいし、噛むのも速いな)
と思いながら、深幸はハンバーグを口に運んだ。
牛肉のジューシーでどこかスモーキーな旨味と、ポン酢のかかった大根おろしの爽やかが合わさり、脳の上の方が刺激される。深幸は目を閉じて、味覚だけに意識を集中させた。
「美味しそうっすねー」
柴犬がハンバーグをジッと見つめる。明らかに物欲しそうな瞳だ。
鈴木は無言で柴犬の箸を持つ右手を抑える。
「ちょっと~、いくら俺でも人の物取ったりしませんよー」
「信用できない」
初めて聞いた鈴木さんの声はザラついていた。
「余計な事をするな」
「だから~、鈴木くん早とちりだってー」
喧嘩が始まってしまった。
でも2人の仲は、思ったより良さそうだ。
「一口ぐらいなら構いませんよ。半分食べられたら怒りますが」
本心だ。深幸は大きい支障の無い場合、本心を言うようにしている。
嘘ばかり言っていると、自分が悲しくなってしまうからだ。
「えー、いいんすか?」
柴犬の瞳が店内の明るい照明に、キラキラと輝く。
「おい」
柴犬が鈴木くんに抑えられた右手から箸を放すと、左手に持ち替える。そしてその素速い行動についていけない鈴木くんを置き去りにして、御幸の皿からハンバーグを持ち出すと
「いただきまーす」
と幸せそうに口に入れた。
「うーん、ジューシーで爽やかで美味しい!」
(この人器用だな)
そう思いながら微笑む。
「美味しいですよね」
「はい!」
柴犬は短く笑うと箸を置き、紅茶に口をつけながら自身のスマホをチェックした。
「お、ラッキー」
と呟く。
「バンドの席当たりましたよ。2時間後のやつ」
「は?」
鈴木がようやく柴犬の右手から手を放した。
「遊びにきたんじゃない」
「そーんな事言っちゃっていいかなぁ。鈴木くん」
ニヤリと笑う柴犬に、鈴木くんが言葉も無く俯く。
(何か事情がありそうだな。視察とか?スパイ活動?)
物語が好きな深幸は、少し想像力を働かせる。
柴犬は熟練のスパイで、鈴木くんは巻き込まれた一般人。2人は大きな使命を帯びて、このテーマパークに忍び込み、紆余曲折の末に、世界の危機を救うのだ。
(クライマックスにはあの観覧車が壊れて、地面を転がり出すんだろうな)
深幸が自分の荒唐無稽な想像に笑みをこぼしかけたその時、突然痛みに襲われた。
バシンと大きな音が響く。
深幸が体勢を崩しながら振り向くと、キョトンとした竜の子供と目が合った。
何度か見た光景である。
(成程)
すぐ合点がいった。
竜の子供が勢い良く振り返った際に、その突起のついた尻尾が、深幸の左頬に当たってしまったのだ。
誰しもが一回は経験がある、よくある不幸な出来事だ。
(尻尾カバーをつけるという手もあるが、子供は成長が速く、すぐサイズが合わなくなってしまうのだ)
竜の子供が深幸の頬に伝う血を、瞼の無い目で見つめる。
そして自分の尻尾についた赤い血を確認した。竜の瞳孔が大きくなる。
「あ、あの。ごめんなさい」
竜の子供は瞳を彷徨わせた。
頑丈な鱗を持つ竜は、血に慣れていない。
「大丈夫だよ」
深幸は自身の大きい鞄から、小さい壺を取り出した。
壺の中から多めの塗り薬を手に乗せると、自分の左頬に滑らせる。
すると薬が深幸の血に反応して青く輝いた。次に床にしたった血や竜の尻尾にこびりついた血までも青く光る。
次の瞬間には血も傷も一切が消えていた。
瞬きをせずに見つめていた竜が、手に自分の尻尾を乗せ確認する。ひっくり返して確かめても、血は一滴もついていない。
「明蔵ー!」
遠くの家族に呼ばれた竜が思わず振り返る、
「もう大丈夫ですよ」
深幸は柔らかく微笑んだ。
「今日という日を、思い切り楽しんでくださいね」
竜は少し迷って
「あの、ごめんなさい!」
と尻尾を両手で持ったまま、大きく頭を下げた。
そしてやはり尻尾を両手で持ったまま、深幸に背を向け、走りにくそうにバタバタと去っていく。
前に座り直すと、深幸の皿以外の全ての料理を食べ終えた柴犬が、頬杖をついてこちらを見ていた。
「今使ったの『チモドル薬』でしょう?便利だけど高いですよね。お金くらい請求しても、罰は当たんないと思うけど」
柴犬が「なんならオレが取立ててきましょうか」と笑う。
「いいんですよ、私も友達に髪の毛でビンタしちゃったことがありますし」
「へー、じゃあ、いんがおーほーっすね」
「そうかも知れません」
笑い合う2人の横で、鈴木くんが音も無く立ち上がった。
「ごめんなさい」
そして深幸に向かって深く頭を下げる。
「えっと、鈴木さんの所為では、ありませんよ」
そう言っても、彼は頭を上げない。
「俺の所為なんです」
その内容に疑問を感じる前に、震えた余裕の無い声に深幸の心が痛む。
(何か事情があるのかな)
彼の心を軽くしたい。御幸の心がそう願った。
「全然平気です。もう痛くもないし」
そう言っても、彼は頭を上げない。
(今の私じゃ力不足かも)
深幸は柴犬の瞳を見た。
彼はとても冷静な目でこちらを観察していた。
深幸と目が合うと、柴犬はあっさりと立ち上がり、気安く鈴木くんの肩を叩く。
「ほら、深幸ちゃんもこう言ってるし」
彼はそれでも、顔を上げなかった。
「ごめんなさい」
深刻な様子でそう言うと、フラフラとテーブルから離れていく。
人にぶつかりながらも、レストランの外に向かうようだ。
思わず立ち上がる深幸に、柴犬は声をかけた。
「深幸さんはお気になさらず、鈴木くんは定期的にこーなるんですよ」
軽やかに立ち上がると、ニコリと笑う。
「オレが追うんで、ゆっくり食べちゃってください」
そして手をヒラヒラと振った。
「それじゃあ、良い1日を」
その冷静な様子に、深幸は頷いた。
「良い1日を」
深幸は柴犬の背を見送ると、鈴木くんを心配する事をやめた。
1人にできることは、少ないのだ。
そしてその代わりに、2人の友人と、柴犬と鈴木くんと、小さな竜の幸運を祈った。
華やかで賑やかなテーマパークの一角で、鈴木は壁の隅にしゃがんで縮こまっていた。
「いやー、大変っすねえ」
深幸は太陽の似合う、爽やかな笑みを広げた。
「繊細な完璧主義者ってやつは!」
鈴木がその言葉に反応して、僅かに顔を上げる。
深く被ったフードから、弱々しい瞳がのぞく。
「だから俺は嫌だったんだ。直接話すなんて」
と陰気に呟く。
「えー、オレのせいにするんすか」
「いや、違う俺の所為だ」
鈴木が深く頭を下げる。
「俺が接触した所為で深幸さんの未来が変わったんだ」
「そうなんすか?」
柴犬が首を傾げる。
「…基本的に占い師は、占う相手と接触するべきではない」
重々しい声に、軽く応える。
「えー、なんでっすか?」
「占いは不覚的要素に弱い、そして不覚的要素の最たる例こそが占い師なんだ」
鈴木は深幸と離れて少し落ち着いたのか、ボソボソと話し出した。
「占い師が自分の未来を見ても、殆ど何も映らない。それは未来が見えた場合、その未来が見えた事で、その後の行動が変わり、未来が変わってしまうからだ」
「よって大半の占い師は占い師の、特に自身の未来を占うことができない。この現象を『占い師のパラドックス』と言う」
「だから」
一気に話した後、鈴木が小さく息を吸う。
「一緒に居ると守れないんだ」
その声には確信がこもっていた。
鈴木の声が
「今回は大した事にならなかった」
と少しの安堵を見せ、
「でも次回がどうなるのか分からない」
と恐怖に震えた。
項垂れる鈴木に、柴犬は訳知り顔でウンウンと頷いた。
「占い師のジレンマっすねー」
「…そんな用語は無い」
鈴木の雰囲気が微かに軽くなる。
「じゃあ教科書に載せといてください」
柴犬が鈴木の肩に手を乗せると、鈴木はため息をついてそれをかわす。
「でも、会えない理由はそれだけじゃ無いすよねぇ」
その声に鈴木の小さくなっていた背中がビクンと揺れる。
「オレ、段々分かってきましたよー」
そのニヤついた声に、悪い予感がジワリと冷たく広がる。
「君ってやつは『激キモストーカー占い師』でなおかつ」
思わず瞳を覗かせた鈴木を、名探偵のようにビシッと指差した。
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