異世界に召喚されたらなぜか呪われていた上にクラスメートにも殺されかけたので好き勝手生きることにしました

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第一章 呪われた男

23. 『恵みの森』の男

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『恵みの森』の最奥部に足を踏み入れた者は少ない。それは魔物の狩りを生業にしている冒険者においてもそうだ。理由は単純で、リスクとリターンが見合ない事だった。
 確かに、森の入り口に比べれば手ごわい魔物の群生地だ。だが、その魔物達も強いというだけで、希少というわけではなく、その素材も有用とは言い難い。もっと言ってしまえば、苦労して森の深くまで足を運ばなくても、もっとお手軽にその魔物達を狩れる場所などいくらでもあった。それ故に人の手が殆ど入っていない地であり、生息する魔物の数については目を見張るものがある。それなりのレベルの魔物がうんざりするほどに数多く存在する、それこそが『恵みの森』の最奥部という場所であった。
 そんな魔物達の楽園が、今真っ赤な血に染まっている。

「ウーグルル……!!」

 ブラックウルフの群れの一匹が、こちらに向かってゆっくりと歩いてくる男に向かって唸り声をあげた。それは決して威勢のいいものではない。むしろ怯えすら感じるものであった。それもそのはず、男の後ろに転がっている無数のむくろを見れば、魔物といえど恐怖を感じざるを得ない。

「…………ぶつぶつ…………」

 唸り声を向けられた颯空は顔を下に向けたまま、何かを呟きながらじわじわとブラックウルフの群れに近づいていく。その体には無数の傷が刻まれており、顔には血の気がなく、その瞳は虚空を見つめていた。

「グールルル……ギャオウ!!」

 恐怖心に耐えきれなくなったのか、ただ単に颯空が自分の射程にはいいたからなのか、ブラックウルフ達が示し合わせたように一斉にとびかかる。それを、颯空は手に持つ黒くぼやけた双剣で斬り捨てていった。そこに一切の感情はない。慈悲もない。流れ作業のように襲い掛かってくるブラックウルフの命を奪っていった。
 五分後、この場が静寂に包まれる。ブラックウルフの群れは一匹も漏らすことなく颯空の餌食となった。それに関して何のリアクションも見せずに、むせ返るような血の匂いの中、颯空は再び歩き始める。

「……邪魔者は排除する……」

 壊れた機械のようにそう呟きながら、森の奥に向かって進んでいった。目的などない。強いて言うなら、自分の前が森の最奥部に向かっていただけだ。まっすぐ突き進む。ただそれだけ。その道を邪魔する者は容赦しない。

「――どんな魔物が暴れているのか気になって見に来てみれば……これは驚きだ」

 ピタッ。

 颯空が足を止め振り返った。こんな場所で人の声が聞こえるなんて、と正常であればそう思っただろう。だた、颯空は音がしたからそちらに視線を向けただけだ。今の彼には人の言葉も魔物の雄たけびも全てが等しく聞こえている。
 ただ、思考能力は奪われてはいても、感覚だけは研ぎ澄まされていた。数日間、休みなく魔物と戦い続けた結果、爆発的に戦闘経験値を得ている。だからこそ、目の前にいる男の強さに、颯空の本能が全力で警鐘を鳴らしていた。

「……邪魔者は排除する……!!」

 だが、今の颯空に逃走の選択肢はない。やられる前にやれ。危険な相手であればなおさらだ。
 双剣を構え、獣のように飛び掛かる。そのスピードはもはや人間のもとは思えないほどであった。だが、目の前に立つ男に慌てた様子はない。

「まさかこんなところで呪い持ちに出会う事になろうとは……これも運命か?」

 そんな言葉が背後から聞こえた瞬間、颯空の意識は刈り取られたのだった。



 暖かな熱気が体を包み込んでいく。目を開けると、燃え上がる焚き火が飛び込んできた。思わず目が眩み、瞼を固く閉じる。
 どうして目の前にたき火があるのだろうか。いや、それどころか自分は今まで何をしていたのだろうか。頭がぼーっとして何も思い出すことができない。確か、騎士団と一緒に『恵みの森』の異変の調査を……。

「……ようやく目が覚めたか」

 ――邪魔者ハ全テ排除シロ。

 脊髄反射的に体を起こした颯空は、脳を介さずに声のした方へと襲い掛かった。そこで悠々とたき火に当たっていた男が、流れるような動作で颯空の腕をつかみ、その体を地面に押し付ける。

「随分と寝起きが悪いようだな」

 組み伏せられた颯空が必死に抵抗するが、腕をとられ頭を押さえつけられている以上、相手の顔を拝む事すらできなかった。

「落ち着け。お前が暴れなければ、こちらは何もしない」
「フーッ!! フーッ!!」
「……自我はない、か。かなり深いところまで'呪い'に侵食されていたようだから、仕方がないか」

 ピクッ。
 男の言葉に颯空が反応を見せる。霧が晴れるように徐々に意識がはっきりしてきた。同時に、記憶も少しずつ戻ってくる。クラスメートの手により川へと落とされた自分は、グリズリーベアから致命傷を受けた。そこからは、魔物相手に暴れ狂う自分を、内から他人事のように眺めていただけだった。

「……'呪い'について知ってんのか?」
「ん? 自分を取り戻したのか?」
「とりあえず放してくれ」
「放した瞬間また襲い掛かられでもしたら面倒なのだが……まぁ、問題ないだろう」

 そう言うと、男が颯空の体を開放する。関節を極められた肩のあたりを手で押さえながら、颯空はその辺に転がっている丸太の上に腰を下ろし、謎の男に目を向けた。
 奇麗に整った顔、月のように美しい銀色の長髪。年齢は五十代にも見えるし、二十代にも見える。その人間離れした雰囲気はどこか創作物のキャラクターのようにも思えた。
 ただ一つはっきりしている事がある。間違いなくこの男は異次元の強さを持っている。無意識ながら大量の魔物を虐殺し、大幅に成長をした颯空だからこそ、その強さを肌で感じ取ることができた。

「さて……お互いに色々と聞きたい事はあるだろうが、コミュニケーションを円滑に図るためには自己紹介体からだ。俺の名はシフ。さすらいの研究者だ」
「……颯空だ」

 名乗られた以上、名乗り返さないわけにはいかない。渋々といった感じで颯空が答える。

「サク……珍しい名だな」
「名前に文句があるなら親に言ってくれ」
「いや、そういうつもりで言ったわけではない。この辺りの生まれか?」
「…………あぁ」

 一瞬、どう答えるべきか迷った颯空だったが、話を合わせる事にした。シフの素性がわからない以上、余計な情報を与えるべきではない。ましてや召喚された異世界人など、言わない方がいいに決まっている。

「……どうしてこんな場所にいたんだ?」

 このまま質問攻めにされれば相手のペースに乗せられてしまう、と考えた颯空が尋ねた。

「先ほど研究者だと言っただろ? そんな男がこんな森の奥にいる理由なんて一つしかない。この森の調査だ」
「調査?」
「あぁ。この森は生物で溢れかえっている。それが『恵みの森』と呼ばれる所以ではあるのだが、他にも緑が豊富な森はごまんとあるというのに、ここほど多様な生態系を築いていない。何か理由があるのか、と調査をしていたら、無茶苦茶に暴れている不届き者を見つけた、というわけだ」

 シフがちらりと視線を向けると、颯空が苦い顔で閉口する。確かに、あの暴れぶりはめちゃくちゃだと言われても仕方がなかった。目に入る魔物を一匹残らず駆逐していたのだから。

「……と、世間話をしている暇などなかったな。呪い持ちであるお前にはとにかく時間がない」
「呪い持ち?」

 聞き慣れない言葉に、颯空が眉をひそめる。

「呪われたギフトを持つ者達の呼称だ。……まぁ、俺が勝手にそう呼んでいるだけではあるがな」

 木の棒で薪を突っつきながらシフが言った。

「時間がないってどういう事だよ?」
「一度'呪い'を発現させた以上、もう逃げる事は出来ないという事だ」
「…………」
「'呪い'に食い殺されるか、'呪い'に打ち勝つか……お前が辿る事の出来る道は二つしかない」

 淡々とした口調でシフが言う。'呪い'……もう一人の自分。あの男に勝たなければ未来はないという事か。

「さっきは'呪い'の侵食が浅かったから何とかなったが、二度目はないだろう。そんなに生易しものではないからな」
「……あんたが助けてくれたのか?」
「まぁ、そういう事になるか」

 つまり、この男がいなければ自分は今でも意識のない殺戮マシーンだったというわけだ。その恐ろしい事実に、颯空が僅かに顔を歪める。

「……礼を言う」
「なに、助けたといっても意識を刈り取っただけだがな。元に戻れるかは五分五分だった」
「それでも救われたのには変わりねぇ。ありがとう」

 颯空が素直に頭を下げた。それを見てシフが少し意外そうな顔をする。

「そんな殊勝な男には見えなかったから少し驚きだ」
「助けてもらえばお礼くらいするだろ。……だが、なんで助けてくれたのかわからねぇ。こんな厄介そうな奴、関わるだけ損だろ?」
「ふむ、普通ならそうだな。まぁ、同族のよしみというやつだ」
「同族?」
「俺も呪い持ちだ」

 あっさりと告げられた予想外の事実に颯空が大きく目を見開いた。

「とはいえ、呪い持ちは少ない。この広い世界を旅して自分以外で呪い持ちを見たのはお前で二人目だ」
「二人目……ってことは、俺とあんた以外で呪い持ちがもう一人いるってことか?」
「そういう事だ。……まぁ、あいつは自分の居場所に閉じこもっている奴だから、出会う事もないだろう」

 ……'呪いの双剣士'。それが自分の持つギフトだ。そんな異世界の人間ですら知らなかった不気味なギフトを持つ者が自分以外にも存在する。それだけで颯空は少しだけ救われた気分になった。

 ドクンッ!!

 呪いのギフトについてもっと情報を、と思った矢先、颯空の心臓が一際大きな音を上げる。苦しさのあまり、颯空は胸を押さえながら体をくの字に曲げた。

「……来たか」

 シフが真剣な表情を見せる。血管をマグマが通っているのではないかと疑いたくなるほどに体が熱い。鼓動も加速し続けていた。

「はぁはぁはぁ……!!」
「自分に巣くう'呪い'と対峙する時だ。負ければどうなるか……お前が一番よくわかっているだろう?」

 かろうじてシフの声が聞こえる。その余裕も失われかけていた。

「アドバイスできる事があるとすれば、自分を見失うな、という事ぐらいか」

 意識が朦朧とする。座っている事すらままならない。自分の胸を押さえながら、颯空はその場に倒れこんだ。

「もう一度俺の前に立つことができたら先達としてお前に色々教えてやろう。……'呪い'に勝つことができたら、の話だがな」

 もはや断片的にしか言葉が耳に入ってこない。視界が徐々に狭まっていく。まさに業火に包まれているようだった。意識が溶解していく。

「――行ってこい、サク。お前の答えを見せてみろ」

 それが颯空の耳に届いた最後の言葉だった。
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