自由に自在に

もずく

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てっかい

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 翌朝。
 僕は一度部屋に戻ったあと、ネル山河朝食を用意しようかと聞いてくれたけど、それを断って温泉の川まで行った。
 朝から温泉に浸かれるなんて贅沢だ。
 前の世界では朝まで飲み会に付き合わされて、そのまま着替えもせずに仕事をしたことがあった。
 それに比べたら、完全にフリーフレックスで自己採算のこの環境は素晴らしいものだ。
 となると、この世界に呼んだ挙げ句にポイ捨てしてくれた男爵には感謝すべきなのか?
 いやそれはないな。
 そんな風にどうでもいいことを考えながらゆっくりと温泉を満喫してから僕は部屋に戻って寝りについた。

 午後になって起きた僕は、ランチタイムを過ぎて客のいない店のテーブルで食事をいただくことななった。
 ハワードさん、ネルさんはお茶菓子を食べながらの同席で。仕事関連以外で人と何かを食べる機会がなかった僕は、一人で食事をするのが好きだと思っていたのだけど、こうやってお二人と食事をするのは楽しいと感じている。
 ゆっくりとした昼ごはんが終わったあと、昨日、一羽だけ獲っていたウサギを渡した。鮮度が良くないもので申し訳ないのだけど。
 でも、ハワードさんは、「教えた通りにちゃんと血抜きをしてくれたんだね」と喜んでくれた。
 ここだけは優しい世界だ。

 食後に、腹ごなしを兼ねて外に出る。
 温泉エリアを抜けて南西の門に行ってみた。そこから初めて街の外に出てみる。
 ここから外壁沿いに西門まで歩くつもりだ。途中に丁度いいサイズの石があれば拾う予定。
 リュックに道具を入れておいて、アポートで取り出してサイコキネシスで飛ばせば、見た目はロックブラストになるだろうからその為の採取だ。
 なるべく重くて硬そうな石を探してみたけど、なかなかいいサイズの物がない。結局、少し小さ目の尖った石をいくつか拾えただけだった。
 やっぱり、鍛冶屋とかに行って鉄の塊を買うのが一番簡単かな。

 西門に着いたあと、僕は南東エリアに向かった。東門前の通りにはダンジョン挑戦者チャレンジャーの為の施設がたくさんあるけど、鍛冶屋的な建物が見当たらなかったので、まずは南側から探してみることにしたのだ。
 北側はちょっと裕福層がいる雰囲気だから、音や煙の出る施設はないかなという予想もあって行き先を決めた。
 ライセン堂では鍛冶屋を紹介してくれそうになかったし……とはいえ、鍛冶屋が見つかっても思ったような物が手に入らない可能性もあるし、その時はライセン堂か似たような店に頼むしかないかな。

 夕方。
 二軒の鍜冶屋を見つけたけど、商人ギルドのルールに引っ掛かりそうな取引はしたくないと断られてしまった。
 ただ、欲しい物のイメージを伝えたところ、どこかの武器屋で注文すれば対応可能だと言ってもらえた。
 他にも鍛冶屋は何件かあるらしいので、話ができた人に依頼が行くかは分からないけど。そもそも武器や防具はオーダーメイドが当たり前の物なので、普通に注文すればいいだろうと諭されてしまった。
 確かに。

 ということで、薄暗くなってきて灯りが点き始めた東門付近の武器屋のショーウインドウを見ながら歩いているところだ。
 すると、知ってる人がクレアボヤンスの画面に映り込んできた。僕はショーウインドウに集中している振りをして気付かない振りをする。
「よかった~。フトウさ~ん生きてたんっすね!」
 残念、気付かれていたか。
「あ、熊野君、久しぶりですね」
 声を掛けてきたのは熊野君だった。
「久しぶり、じゃないっすよ~。宿屋の女将さんに聞いたら暫く泊まりに来てないって聞いて、もしかしたらなんか合ったんじゃないかって心配してたんすよ~?」
「あ~、安く寝れる場所が見つかってね。今は違う所にお世話になってるんですよ。顔を合わせるタイミングがなくてそのままになっちゃってましたね」
 まあ、顔を合わせないようにタイミングをずらしてたんだけどね。すまんね。
「そうだったんすか。でも元気そうでよかったっす」
「熊野君も元気そうでよかった。どうやら順調そうですね」
 彼の装備は一週間前よりも少し良い物に変わっているように見える。僕は彼の背中から飛び出てる短剣を見ながら言った。
「おお、気が付いてくれたっすか。あ~~……すんません。魔鉱窟は危ないってフトウさんにアドバイスもらってたんすけど、ジリ貧だなってことで結局入ってみたんすよ。そしたら結構うまくいったんす」
「それは……すみませんでした。僕が聞いた話が間違ってたみたいで申し訳ない」
「いやいやいや、全然っす。フトウさんは全然悪くないっすから。俺らを心配してくれて教えてくれたんだと分かってるんで。フトウさんは魔鉱窟にはまだ入ってないっすか?」
「ですね。そも……その内、もっと強くなれたら、ですかね」
 正式なギルドカードがないから、そもそも入ることもできない、と言おうとしてなんとか踏み止まることができた。まだギルドに所属してないと言ったら冒険者ギルドに誘われてしまうかも知れない。いや、もう僕なんていなくても大丈夫か。
「慎重っすね。でもフトウさんらしいっす」
 ゴーンと鐘の音が一回鳴り響いた。
「あ、すんません! 待ち合わせしてるんで失礼するっす! 会えてよかったっす!」
 彼は東門の方に慌ただしく駆けて行った。
 これから魔鉱窟ダンジョンに入るんだろうか。女性二人について何も聞けなかったけど、彼のあの様子を見る限り大丈夫なんだろう。
 袖擦れ合っただけの分の付き合いはこれで終わったかな。
 僕も彼らも、無事にこの世界でやっていけますように。
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