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第一話:日常と異変
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超光速航法、通称「ワープ航法」。目的地までの空間を圧縮して一瞬で移動するこの技術は便利だが、完璧ではない。ワープの際、艦内でベルト固定されていない物品は、空間の歪みに引きずり込まれて消えてしまう。
そうして持ち主の元を離れ、次元の隙間を漂流した末にこのセクターへ流れ着くものを、人々は『宇宙遺失物』と呼んだ。
星々の輝きすら届かない銀河の最果て。その暗黒の領域には、潮目に捕らわれた流木のごとく、宇宙遺失物が流れ着く場所が存在する。 ここ『遺失物回収セクター:032』も、その一つだった。
「ゼン、いい加減に認めなさい。それは二十年前に生産が止まった、ただの『自動洗浄機』のスクラップです。お宝ではありません」
小型回収艇『ジャンク・バード』の操縦席の傍らで、浮遊する球体の人工知能、ポッドが冷ややかに告げた。センサーの青い発光が、呆れたように点滅している。
操縦席に座り、操縦桿を握りながら器用に『お宝』を細かく確認する男、ゼンは、使い古された宇宙服のバイザーを指で弾いた。
「バカ言うな。これは歴史的価値があるんだ。いいか、これを使えば俺たちの薄汚れた住処も、あっという間に新築同然になる。……動けばの話だがな」
「その『動けば』という仮定が、宇宙が膨張する速度と同じくらい、天文学的な低確率だと言っているんです。まったく、私の名前の由来並みに適当な思考回路ですね」
「おいおい、まだ根に持ってるのか? 『ポッド型だからポッド』だ。合理的で覚えやすい、最高にいい名前だろ」
「機能美を追求した私の人工知能が、その投げやりな命名に納得したことは一度もありません」
ゼンは苦笑しながら、古びた操縦レバーを繊細な指先で操作した。彼の仕事は、このセクターに漂着した遺失物を回収することだ。
宇宙遺失物には二種類ある。一つは、持ち主が「遺失届」を出しているもの。これが見つかれば報酬が出る。もう一つは、届出のない、あるいは所有者不明となった「帰る場所のないゴミ」だ。
所有者不明の遺失物は回収員が各自処分することになっているが、ゼンはその中からまだ使えそうな機械や珍しい品を拾い上げ、闇市で売ることで小銭を稼いでいた。
目の前には、広大な宇宙のゴミ捨て場が広がっている。 ひしゃげたコンテナ、ひび割れた観測衛星、そして誰かがワープ中にうっかり固定し忘れたであろう、中身の入っていない保存食の缶から、片方だけの靴下まで。本当に様々だ。 ゼンは、機体の姿勢を細かく制御しながら、作業用のアームを伸ばした。
「左舷、三十度。三秒後に大きな鉄塊が通過するぞ。ポッド、網の準備だ」
「指示されるまでもありません。磁力ネット、展開します」
ゼンは、飛来する破片の間を縫うように機体を滑らせた。秒速数キロで飛び交うデブリ(宇宙ゴミ)を回避するのは至難の業だが、彼は慣性を見事に手懐けている。まるで宇宙そのものとダンスを踊っているかのような流麗さで、狙った獲物をネットへと放り込んでいく。
元軍のエリートパイロットとしての腕は、今やこうした「ゴミ拾い」に費やされている。二十年前、故郷の星が消滅したという知らせを受けたとき、ゼンは軍の最前線にいた。
彼は上層部に、救助艦の派遣と原因究明を涙ながらに訴えた。しかし、返ってきたのは「管轄外の自然災害であり、軍の資産を割く価値はない」との冷徹な回答と、出撃を禁じる命令だけだった。
故郷を失い、それを「価値がない」と切り捨てた組織の歯車でいることに、ゼンは耐えられなかった。彼はその日のうちに勲章をゴミ箱へ投げ捨て、軍を去った。
それ以来、彼は空虚なこの場所を、誰からも命令されない安住の地として選んだのだ。
「……本日、十七件目の回収を完了。中身は、旧式の記録媒体と、カビの生えたシーツ、そしてあなたの固執しているガラクタです」
「ガラクタじゃない、掘り出し物だ。ほら帰るぞ、ポッド。母艦のコーヒーの匂いが恋しい」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『遺失物回収セクター:032』を管轄している、宇宙空母『キャメロット』。ここが、ゼンたち回収員の拠点だ。それは、巨大な金属の塊のような、ツギハギの見た目をした船だった。
外装はあちこちが補修の跡だらけで、軍艦というよりは宇宙に浮かぶ貧民街だ。しかし、エアロックを抜けた瞬間に漂ってくるのは、重油と、煮詰まったコーヒーと、誰かの部屋から漏れ出す洗濯用洗剤の混ざった、妙に落ち着く「生活の匂い」だった。
通路を歩けば、アウトローな技術者たちが火花を散らして溶接を行い、船に戻ってきた回収員たちがその日の戦利品を巡って騒がしく笑っている。
「よう、ゼン! 今日もガラクタを抱えて戻ってきたか?」
「へっ、お前さんの給料三ヶ月分より価値のある『宝物』だぜ。せいぜい羨ましがれよ」
「へいへい。そんな『宝物』なんかより、お前さんのその希望でいっぱいな頭が羨ましいよ。ま、今日もお疲れさん」
軽口を叩きながら歩くゼンの足取りは軽いが、その意識は時折、居住空間の喧騒や船の古い壁に向けられる。ここは掃き溜めだが、ここ以外に居場所がない者たちの、最後の砦だ。絶対に守らなくてはならない。
居住区へ戻る途中、ゼンの端末が不規則な音を鳴らした。発信元は艦橋。このキャメロットを統べる、ハリス艦長からだった。
「ゼン、戻ったか。不真面目なお前に、少しばかり『真面目』な仕事が入った」
通信越しに聞こえるハリスの声は、いつになく低く、冷徹な響きを帯びていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ハリスに呼ばれてゼンが艦橋に足を踏み入れると、ハリスは無言でメインモニターを指し示した。そこには、不気味にうねる空間の歪みと、そこから弾き出されようとしている圧倒的な質量の塊が映し出されていた。
「先ほど、セクターの最外縁部で膨大な次元の揺らぎを観測した。波長を見るに、恐らくワープ事故によるものに間違いないんだが、そんな簡単に流せるほど生易しいものじゃない。時空の壁が無理やりこじ開けられようとしている」
「……随分と荒っぽい話だな。で、それが俺と何の関係がある?」
「……計算によれば、数分後にそこから特大の残骸が吐き出される。恐らく超光速状態で事故が発生、速度を維持したまま、機体ごと時空の歪みに巻き込まれたんだろう。で、その膨大な放出ベクトルが問題なんだが──真っ直ぐこのキャメロットに向いてやがるんだ。このままでは、その鉄屑の山に激突して、俺たちの家は木っ端微塵だ」
ハリスが語った想定外の状況に、ゼンは少し動揺を見せながら答える。
「……い、いや、キャメロットには防護壁があるだろう?見た目はボロいが、腐っても宇宙空母だ。それくらいは──」
「無理だな。完全に許容できる範囲を超えてる。防護シールドだけじゃ、まず防ぎきれねぇ」
ハリスの言葉に、ゼンは顔をしかめた。
「冗談じゃない。俺のヴィンテージ品が全部パーになる。……他の連中は?なんで俺なんだ?」
「このレベルの重力波に飛び込んで、残骸の軌道を変えられるような芸当が可能なのはお前だけだ。他の連中が飛び込めばおそらく……いや、想像すらしたくない。なあゼン、頼む」
ゼンは意を決した。自分のために。そして、ここにいる連中にとっての、最後の砦を守るために。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
再び『ジャンク・バード』を駆り、ゼンは漆黒の宇宙へと飛び出した。指定された座標に近づくにつれ、空間が物理的に捻じ曲がっていくのが肉眼でも分かった。
「ゼン、空間密度が急上昇しています。磁場が完全に狂っている。この先に進むのは自殺行為です」
「理屈はいい。俺の、俺たちの家が壊されるのを黙って見てられるかよ。ポッド、最大出力で突っ込むぞ!」
「了解。機体がバラバラになった際の、残骸の飛散シミュレーションを開始しておきます……と言いたいところですが、あいにく私も一蓮托生でした。……臨界値到達まで、三、二、一……来ます!」
ポッドがカウントを終えた瞬間、虚無だった空間に、青白い亀裂が走り、宇宙空間では本来聞こえるはずのない轟音が鳴り響いた。
それは獣が鋭利な爪で宇宙を切り裂いたかのような、おぞましい光景だった。その裂け目から、巨大な金属の残骸が、凄まじい勢いで「吐き出された」。
「いくぞ!ポッド、一番大きな塊にワイヤーを撃ち込め! あいつがキャメロットに接触するのはマズい!横っ面を引っ叩いて、軌道を逸らす!」
ゼンは重力波に翻弄される機体を、神業のごときレバー操作でねじ伏せた。強烈な加速が体にかかり、バイザー越しに火花が散る。
機体が激しく振動し、様々な警告音が鳴り響く。あと数秒で残骸がキャメロットに向かって加速し始める、その時だった。
荒れ狂うデブリの嵐の中に、ゼンは「それ」を見た。
巨大な残骸の影に隠れるようにして漂う、一つの小さな銀色の箱。 それは、周囲のゴミとは明らかに違う光を放っていた。鈍く、重々しく、まるでゼンが来るのを待っていたかのような、奇妙な存在感。
(……なんだ、あれは。ただのゴミじゃない)
回収員としての、いや、ひとりの男としての強烈な直感が、ゼンの全身を貫いた。母艦を守るという目的を超えて、指先が勝手に動く。
「ゼン! 何をしているんですか!残骸の回避が先です!」
「わかってる! だが、あれを逃したら……俺は一生、自分を許せない気がするんだ!」
ゼンはあえて、最も危険な裂け目の中心部へと機体を滑り込ませた。機体が悲鳴を上げ、装甲が剥がれ飛ぶ。だがゼンは、まるで針の穴を通すような精密さで作業用アームを伸ばした。
ガツッ、という鈍い衝撃。銀色の箱をキャッチすると同時に、ゼンは反転噴射を全開にした。その勢いを利用して残骸の横腹に機体をぶつけ、強引にその進路を逸らす。
直後、時空の裂け目が再び轟音を響かせながら閉じていく。山のような残骸は、キャメロットの数キロ横をかすめ、虚空の彼方へと消えていった。
「……ハァ、ハァ……。生きてるか、ポッド」
「あなたの無謀さに付き合わされる、私の身にもなってください。……ですが、残骸の回避には成功しました。母艦は無事です」
ゼンは荒い息を整えながら、手の中にある銀色の箱をモニターに映し出した。これは、傷だらけの、しかし重厚な造りのフライトレコーダー。通信履歴や航行データが記録されている。恐らく、先ほどの粉々になっていた残骸が搭載していたものだろう。
よく見ると、傷ついて消えかけだが軍の紋章が刻印されている。そしてそのすぐ横。「それ」を見た瞬間、ゼンの思考が止まった。
レコーダーの端には、二十年間、一瞬たりとも忘れたことのない、あの人の識別番号が刻まれていた。
「レイモンド……教官……?」
震える声が、狭いコックピットに虚しく響いた。
銀河の最果てに届いたのは、二十年前の「遺失物」だけではなかった。それは、止まっていたゼンの運命を動かす、死者からの呼び声だった。
そうして持ち主の元を離れ、次元の隙間を漂流した末にこのセクターへ流れ着くものを、人々は『宇宙遺失物』と呼んだ。
星々の輝きすら届かない銀河の最果て。その暗黒の領域には、潮目に捕らわれた流木のごとく、宇宙遺失物が流れ着く場所が存在する。 ここ『遺失物回収セクター:032』も、その一つだった。
「ゼン、いい加減に認めなさい。それは二十年前に生産が止まった、ただの『自動洗浄機』のスクラップです。お宝ではありません」
小型回収艇『ジャンク・バード』の操縦席の傍らで、浮遊する球体の人工知能、ポッドが冷ややかに告げた。センサーの青い発光が、呆れたように点滅している。
操縦席に座り、操縦桿を握りながら器用に『お宝』を細かく確認する男、ゼンは、使い古された宇宙服のバイザーを指で弾いた。
「バカ言うな。これは歴史的価値があるんだ。いいか、これを使えば俺たちの薄汚れた住処も、あっという間に新築同然になる。……動けばの話だがな」
「その『動けば』という仮定が、宇宙が膨張する速度と同じくらい、天文学的な低確率だと言っているんです。まったく、私の名前の由来並みに適当な思考回路ですね」
「おいおい、まだ根に持ってるのか? 『ポッド型だからポッド』だ。合理的で覚えやすい、最高にいい名前だろ」
「機能美を追求した私の人工知能が、その投げやりな命名に納得したことは一度もありません」
ゼンは苦笑しながら、古びた操縦レバーを繊細な指先で操作した。彼の仕事は、このセクターに漂着した遺失物を回収することだ。
宇宙遺失物には二種類ある。一つは、持ち主が「遺失届」を出しているもの。これが見つかれば報酬が出る。もう一つは、届出のない、あるいは所有者不明となった「帰る場所のないゴミ」だ。
所有者不明の遺失物は回収員が各自処分することになっているが、ゼンはその中からまだ使えそうな機械や珍しい品を拾い上げ、闇市で売ることで小銭を稼いでいた。
目の前には、広大な宇宙のゴミ捨て場が広がっている。 ひしゃげたコンテナ、ひび割れた観測衛星、そして誰かがワープ中にうっかり固定し忘れたであろう、中身の入っていない保存食の缶から、片方だけの靴下まで。本当に様々だ。 ゼンは、機体の姿勢を細かく制御しながら、作業用のアームを伸ばした。
「左舷、三十度。三秒後に大きな鉄塊が通過するぞ。ポッド、網の準備だ」
「指示されるまでもありません。磁力ネット、展開します」
ゼンは、飛来する破片の間を縫うように機体を滑らせた。秒速数キロで飛び交うデブリ(宇宙ゴミ)を回避するのは至難の業だが、彼は慣性を見事に手懐けている。まるで宇宙そのものとダンスを踊っているかのような流麗さで、狙った獲物をネットへと放り込んでいく。
元軍のエリートパイロットとしての腕は、今やこうした「ゴミ拾い」に費やされている。二十年前、故郷の星が消滅したという知らせを受けたとき、ゼンは軍の最前線にいた。
彼は上層部に、救助艦の派遣と原因究明を涙ながらに訴えた。しかし、返ってきたのは「管轄外の自然災害であり、軍の資産を割く価値はない」との冷徹な回答と、出撃を禁じる命令だけだった。
故郷を失い、それを「価値がない」と切り捨てた組織の歯車でいることに、ゼンは耐えられなかった。彼はその日のうちに勲章をゴミ箱へ投げ捨て、軍を去った。
それ以来、彼は空虚なこの場所を、誰からも命令されない安住の地として選んだのだ。
「……本日、十七件目の回収を完了。中身は、旧式の記録媒体と、カビの生えたシーツ、そしてあなたの固執しているガラクタです」
「ガラクタじゃない、掘り出し物だ。ほら帰るぞ、ポッド。母艦のコーヒーの匂いが恋しい」
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外装はあちこちが補修の跡だらけで、軍艦というよりは宇宙に浮かぶ貧民街だ。しかし、エアロックを抜けた瞬間に漂ってくるのは、重油と、煮詰まったコーヒーと、誰かの部屋から漏れ出す洗濯用洗剤の混ざった、妙に落ち着く「生活の匂い」だった。
通路を歩けば、アウトローな技術者たちが火花を散らして溶接を行い、船に戻ってきた回収員たちがその日の戦利品を巡って騒がしく笑っている。
「よう、ゼン! 今日もガラクタを抱えて戻ってきたか?」
「へっ、お前さんの給料三ヶ月分より価値のある『宝物』だぜ。せいぜい羨ましがれよ」
「へいへい。そんな『宝物』なんかより、お前さんのその希望でいっぱいな頭が羨ましいよ。ま、今日もお疲れさん」
軽口を叩きながら歩くゼンの足取りは軽いが、その意識は時折、居住空間の喧騒や船の古い壁に向けられる。ここは掃き溜めだが、ここ以外に居場所がない者たちの、最後の砦だ。絶対に守らなくてはならない。
居住区へ戻る途中、ゼンの端末が不規則な音を鳴らした。発信元は艦橋。このキャメロットを統べる、ハリス艦長からだった。
「ゼン、戻ったか。不真面目なお前に、少しばかり『真面目』な仕事が入った」
通信越しに聞こえるハリスの声は、いつになく低く、冷徹な響きを帯びていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ハリスに呼ばれてゼンが艦橋に足を踏み入れると、ハリスは無言でメインモニターを指し示した。そこには、不気味にうねる空間の歪みと、そこから弾き出されようとしている圧倒的な質量の塊が映し出されていた。
「先ほど、セクターの最外縁部で膨大な次元の揺らぎを観測した。波長を見るに、恐らくワープ事故によるものに間違いないんだが、そんな簡単に流せるほど生易しいものじゃない。時空の壁が無理やりこじ開けられようとしている」
「……随分と荒っぽい話だな。で、それが俺と何の関係がある?」
「……計算によれば、数分後にそこから特大の残骸が吐き出される。恐らく超光速状態で事故が発生、速度を維持したまま、機体ごと時空の歪みに巻き込まれたんだろう。で、その膨大な放出ベクトルが問題なんだが──真っ直ぐこのキャメロットに向いてやがるんだ。このままでは、その鉄屑の山に激突して、俺たちの家は木っ端微塵だ」
ハリスが語った想定外の状況に、ゼンは少し動揺を見せながら答える。
「……い、いや、キャメロットには防護壁があるだろう?見た目はボロいが、腐っても宇宙空母だ。それくらいは──」
「無理だな。完全に許容できる範囲を超えてる。防護シールドだけじゃ、まず防ぎきれねぇ」
ハリスの言葉に、ゼンは顔をしかめた。
「冗談じゃない。俺のヴィンテージ品が全部パーになる。……他の連中は?なんで俺なんだ?」
「このレベルの重力波に飛び込んで、残骸の軌道を変えられるような芸当が可能なのはお前だけだ。他の連中が飛び込めばおそらく……いや、想像すらしたくない。なあゼン、頼む」
ゼンは意を決した。自分のために。そして、ここにいる連中にとっての、最後の砦を守るために。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
再び『ジャンク・バード』を駆り、ゼンは漆黒の宇宙へと飛び出した。指定された座標に近づくにつれ、空間が物理的に捻じ曲がっていくのが肉眼でも分かった。
「ゼン、空間密度が急上昇しています。磁場が完全に狂っている。この先に進むのは自殺行為です」
「理屈はいい。俺の、俺たちの家が壊されるのを黙って見てられるかよ。ポッド、最大出力で突っ込むぞ!」
「了解。機体がバラバラになった際の、残骸の飛散シミュレーションを開始しておきます……と言いたいところですが、あいにく私も一蓮托生でした。……臨界値到達まで、三、二、一……来ます!」
ポッドがカウントを終えた瞬間、虚無だった空間に、青白い亀裂が走り、宇宙空間では本来聞こえるはずのない轟音が鳴り響いた。
それは獣が鋭利な爪で宇宙を切り裂いたかのような、おぞましい光景だった。その裂け目から、巨大な金属の残骸が、凄まじい勢いで「吐き出された」。
「いくぞ!ポッド、一番大きな塊にワイヤーを撃ち込め! あいつがキャメロットに接触するのはマズい!横っ面を引っ叩いて、軌道を逸らす!」
ゼンは重力波に翻弄される機体を、神業のごときレバー操作でねじ伏せた。強烈な加速が体にかかり、バイザー越しに火花が散る。
機体が激しく振動し、様々な警告音が鳴り響く。あと数秒で残骸がキャメロットに向かって加速し始める、その時だった。
荒れ狂うデブリの嵐の中に、ゼンは「それ」を見た。
巨大な残骸の影に隠れるようにして漂う、一つの小さな銀色の箱。 それは、周囲のゴミとは明らかに違う光を放っていた。鈍く、重々しく、まるでゼンが来るのを待っていたかのような、奇妙な存在感。
(……なんだ、あれは。ただのゴミじゃない)
回収員としての、いや、ひとりの男としての強烈な直感が、ゼンの全身を貫いた。母艦を守るという目的を超えて、指先が勝手に動く。
「ゼン! 何をしているんですか!残骸の回避が先です!」
「わかってる! だが、あれを逃したら……俺は一生、自分を許せない気がするんだ!」
ゼンはあえて、最も危険な裂け目の中心部へと機体を滑り込ませた。機体が悲鳴を上げ、装甲が剥がれ飛ぶ。だがゼンは、まるで針の穴を通すような精密さで作業用アームを伸ばした。
ガツッ、という鈍い衝撃。銀色の箱をキャッチすると同時に、ゼンは反転噴射を全開にした。その勢いを利用して残骸の横腹に機体をぶつけ、強引にその進路を逸らす。
直後、時空の裂け目が再び轟音を響かせながら閉じていく。山のような残骸は、キャメロットの数キロ横をかすめ、虚空の彼方へと消えていった。
「……ハァ、ハァ……。生きてるか、ポッド」
「あなたの無謀さに付き合わされる、私の身にもなってください。……ですが、残骸の回避には成功しました。母艦は無事です」
ゼンは荒い息を整えながら、手の中にある銀色の箱をモニターに映し出した。これは、傷だらけの、しかし重厚な造りのフライトレコーダー。通信履歴や航行データが記録されている。恐らく、先ほどの粉々になっていた残骸が搭載していたものだろう。
よく見ると、傷ついて消えかけだが軍の紋章が刻印されている。そしてそのすぐ横。「それ」を見た瞬間、ゼンの思考が止まった。
レコーダーの端には、二十年間、一瞬たりとも忘れたことのない、あの人の識別番号が刻まれていた。
「レイモンド……教官……?」
震える声が、狭いコックピットに虚しく響いた。
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