遺失物回収セクター:032

結城ロジカ

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第四話:回収員の流儀、即興の戦場

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 ジャンク・バードが実家の残骸から離脱した直後、漆黒の虚空を三条の熱線が切り裂いた。

「ゼン、左舷から攻撃! 回避能力を四パーセント超過しています!」

 ポッドの警告と同時に、機体が激しく震えた。軍の最新鋭高速艦による包囲網だ。向こうの演算装置は、こちらの型落ちしたポッドを遥かに凌駕している。彼らは数手先の「最適解」を計算し、逃げ道を完璧に塞いでいた。

「計算通りに動くから当たるんだよ。ポッド、演算対象を絞れ。俺が勘である程度は勝手に回避するから、その分は計算から外していい。お前はデブリの『回転角』と『衝突係数』だけ見てろ」

「正気ですか?無茶を言いますね。私の演算能力を予測ではなく、物理現象の観測に全振りしろというのですか?あなたの『勘』を信じろと?」

「ああ。あいつらに綺麗な訓練場じゃ味わえない、このゴミ捨て場の緊張感ってやつを教えてやるよ」

 ゼンは操縦桿を叩き込むように倒した。慣性制御を無視した強引な制動により、機体が悲鳴を上げる。ジャンク・バードは、かつてビルの一部だった巨大なコンクリート塊の死角へと、滑るように潜り込んだ。直後、さっきまで自機がいた空間を、軍の追尾弾が猛烈な勢いで突き抜けていく。

「今だ、ポッド! 跳ね返る破片の軌道を割り出せ!」

「ああもう!分かりましたよ! 破片の質量と衝突エネルギーを算出。三秒後、右後方三十度……そこです!」 

 ゼンはポッドが弾き出した「点」に向けて、回収用のワイヤーアンカーを射出した。アンカーは跳ね返った鉄骨に絡みつき、機体を支点にして強引に旋回させる。

 軍のパイロットたちにとって、ここは予測不能な障害物の塊に過ぎない。しかし、ゼンにとっては二十年間向き合い続けた仕事場だ。どのゴミがどう弾け、どの破片がどれだけの重さを持つか、その手触りは体に染み付いている。

「おい、エリートさんよ。ゴミで埋めつくされた宇宙で踊るのだって、悪くないだろ?」

 ゼンはあえて敵艦の正面へと突き進んだ。

「ゼン、自殺行為です! 敵の主砲、チャージ中!」

「ポッド、前方三時の方向に漂っている『赤い鉄板』に磁力ネットを最大出力で叩き込め!」

「了解!──何がしたいか知りませんが、あなたの最期は『赤い屋根と心中した』と記録しておきますよ。末代までの恥ですね」

 ポッドが瞬時にネットを射出。捉えたのは、先ほどまでゼンのいた、あの家の屋根だった赤い鋼板だ。ゼンは磁力ネットでその屋根を引き寄せ、機体の前面に盾として掲げた。直後、敵艦のレーザーが赤い屋根を直撃する。

 かつて家族の団欒を守っていた屋根が、激しい火花を散らして蒸発していく。

「……悪りぃな、最後の一仕事だ」

 ゼンが短く呟いた瞬間、屋根を焼いたエネルギーがジャンク・バードを激しく震わせ、爆縮にも似た凄まじい反動で機体を背後へと弾き飛ばした。

「ぐっ……!ポッド、計算しろ!今の反動で、俺たちはどこに飛ぶ?」

「左舷後方! 速度、秒速百二十メートル! 敵艦の死角へ直結します!」

「はっ……そいつは運がいい……っ!」

 敵艦からの衝撃を利用した、計算外の急加速。ジャンク・バードは敵艦が予測した回避軌道を大きく外れ、敵艦の真下、排熱ダクトが剥き出しの急所に潜り込んだ。

 ゼンは躊躇なく、残された全てのアンカーと磁力ワイヤーを、敵艦の推進ノズルに叩き込んだ。

「ゴミの詰まったエンジンじゃ、ワープはできねえぞ!」

 絡みついた鉄屑とワイヤーが高速回転するエンジンに巻き込まれ、敵艦の一隻が激しい火を吹いて沈黙した。連鎖する爆発。それを見た残りの二隻が、一瞬の困惑を見せる。

「今のうちに逃げるぞ! ポッド、キャメロットへの最短帰還ルートだ。……ただし、一番デブリが濃い場所を通るコースを選べ。あいつらに追いつかせないためにな」

「了解。任せてください。今の私は、軍のどの人工知能よりも『効率的で泥臭い』演算に特化していますから」

 『ジャンク・バード』はボロボロになりながらも、星々の墓場を鮮やかに駆け抜けていった。背後からは依然として二隻の高速艦が、執念深く熱線を放ちながら追ってくる。

 機体は限界だった。姿勢制御スラスターの半分が死に、装甲は摩擦と熱で赤く焼けている。銀河の境界線に到達し、『セクター:032』まであと僅かというところで、敵の主砲がすでにゼンの背中を捉えていた。

 だが、その瞬間。全域に轟くような広域通信が、敵味方問わず全艦のスピーカーを震わせた。

『──あー、こちら「セクター:032」を管轄する、宇宙空母「キャメロット」艦長のハリスだ。現在、当宙域では回収員の操縦技術向上を目的とした「デブリ回避演習」の準備中である』

 ゼンの視界の先、キャメロットから射出された無数の貨物コンテナや廃材が、まるで防波堤のように展開された。

『おい、そこにいる所属不明艦。演習用に大量の模擬機雷とダミーデブリを散布した直後の場所に、武装状態で突っ込んでくるとは何事だ。非常に危険であるため、直ちに退去せよ。当方の演習に支障をきたす場合は、事故として処理せざるを得ない』

 通信越しに聞こえるハリスの声は、官僚的なまでに平坦で、それゆえに酷くわざとらしかった。

 ゼンの行く手を阻むように見えて、その実、背後の追っ手を物理的に遮断する完璧なタイミング。軍の最新鋭艦といえど、この露骨な「事故物件」の山に突っ込んで、セクター責任者と正面衝突するリスクを冒すわけにはいかない。

「……演習準備、ね。ははっ、相変わらず嘘が下手だな、艦長は」

 ゼンは笑い、ハリスが用意したデブリのカーテンの向こう側へと、滑り込むように帰還した。
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