4 / 5
第四話:回収員の流儀、即興の戦場
しおりを挟む
ジャンク・バードが実家の残骸から離脱した直後、漆黒の虚空を三条の熱線が切り裂いた。
「ゼン、左舷から攻撃! 回避能力を四パーセント超過しています!」
ポッドの警告と同時に、機体が激しく震えた。軍の最新鋭高速艦による包囲網だ。向こうの演算装置は、こちらの型落ちしたポッドを遥かに凌駕している。彼らは数手先の「最適解」を計算し、逃げ道を完璧に塞いでいた。
「計算通りに動くから当たるんだよ。ポッド、演算対象を絞れ。俺が勘である程度は勝手に回避するから、その分は計算から外していい。お前はデブリの『回転角』と『衝突係数』だけ見てろ」
「正気ですか?無茶を言いますね。私の演算能力を予測ではなく、物理現象の観測に全振りしろというのですか?あなたの『勘』を信じろと?」
「ああ。あいつらに綺麗な訓練場じゃ味わえない、このゴミ捨て場の緊張感ってやつを教えてやるよ」
ゼンは操縦桿を叩き込むように倒した。慣性制御を無視した強引な制動により、機体が悲鳴を上げる。ジャンク・バードは、かつてビルの一部だった巨大なコンクリート塊の死角へと、滑るように潜り込んだ。直後、さっきまで自機がいた空間を、軍の追尾弾が猛烈な勢いで突き抜けていく。
「今だ、ポッド! 跳ね返る破片の軌道を割り出せ!」
「ああもう!分かりましたよ! 破片の質量と衝突エネルギーを算出。三秒後、右後方三十度……そこです!」
ゼンはポッドが弾き出した「点」に向けて、回収用のワイヤーアンカーを射出した。アンカーは跳ね返った鉄骨に絡みつき、機体を支点にして強引に旋回させる。
軍のパイロットたちにとって、ここは予測不能な障害物の塊に過ぎない。しかし、ゼンにとっては二十年間向き合い続けた仕事場だ。どのゴミがどう弾け、どの破片がどれだけの重さを持つか、その手触りは体に染み付いている。
「おい、エリートさんよ。ゴミで埋めつくされた宇宙で踊るのだって、悪くないだろ?」
ゼンはあえて敵艦の正面へと突き進んだ。
「ゼン、自殺行為です! 敵の主砲、チャージ中!」
「ポッド、前方三時の方向に漂っている『赤い鉄板』に磁力ネットを最大出力で叩き込め!」
「了解!──何がしたいか知りませんが、あなたの最期は『赤い屋根と心中した』と記録しておきますよ。末代までの恥ですね」
ポッドが瞬時にネットを射出。捉えたのは、先ほどまでゼンのいた、あの家の屋根だった赤い鋼板だ。ゼンは磁力ネットでその屋根を引き寄せ、機体の前面に盾として掲げた。直後、敵艦のレーザーが赤い屋根を直撃する。
かつて家族の団欒を守っていた屋根が、激しい火花を散らして蒸発していく。
「……悪りぃな、最後の一仕事だ」
ゼンが短く呟いた瞬間、屋根を焼いたエネルギーがジャンク・バードを激しく震わせ、爆縮にも似た凄まじい反動で機体を背後へと弾き飛ばした。
「ぐっ……!ポッド、計算しろ!今の反動で、俺たちはどこに飛ぶ?」
「左舷後方! 速度、秒速百二十メートル! 敵艦の死角へ直結します!」
「はっ……そいつは運がいい……っ!」
敵艦からの衝撃を利用した、計算外の急加速。ジャンク・バードは敵艦が予測した回避軌道を大きく外れ、敵艦の真下、排熱ダクトが剥き出しの急所に潜り込んだ。
ゼンは躊躇なく、残された全てのアンカーと磁力ワイヤーを、敵艦の推進ノズルに叩き込んだ。
「ゴミの詰まったエンジンじゃ、ワープはできねえぞ!」
絡みついた鉄屑とワイヤーが高速回転するエンジンに巻き込まれ、敵艦の一隻が激しい火を吹いて沈黙した。連鎖する爆発。それを見た残りの二隻が、一瞬の困惑を見せる。
「今のうちに逃げるぞ! ポッド、キャメロットへの最短帰還ルートだ。……ただし、一番デブリが濃い場所を通るコースを選べ。あいつらに追いつかせないためにな」
「了解。任せてください。今の私は、軍のどの人工知能よりも『効率的で泥臭い』演算に特化していますから」
『ジャンク・バード』はボロボロになりながらも、星々の墓場を鮮やかに駆け抜けていった。背後からは依然として二隻の高速艦が、執念深く熱線を放ちながら追ってくる。
機体は限界だった。姿勢制御スラスターの半分が死に、装甲は摩擦と熱で赤く焼けている。銀河の境界線に到達し、『セクター:032』まであと僅かというところで、敵の主砲がすでにゼンの背中を捉えていた。
だが、その瞬間。全域に轟くような広域通信が、敵味方問わず全艦のスピーカーを震わせた。
『──あー、こちら「セクター:032」を管轄する、宇宙空母「キャメロット」艦長のハリスだ。現在、当宙域では回収員の操縦技術向上を目的とした「デブリ回避演習」の準備中である』
ゼンの視界の先、キャメロットから射出された無数の貨物コンテナや廃材が、まるで防波堤のように展開された。
『おい、そこにいる所属不明艦。演習用に大量の模擬機雷とダミーデブリを散布した直後の場所に、武装状態で突っ込んでくるとは何事だ。非常に危険であるため、直ちに退去せよ。当方の演習に支障をきたす場合は、事故として処理せざるを得ない』
通信越しに聞こえるハリスの声は、官僚的なまでに平坦で、それゆえに酷くわざとらしかった。
ゼンの行く手を阻むように見えて、その実、背後の追っ手を物理的に遮断する完璧なタイミング。軍の最新鋭艦といえど、この露骨な「事故物件」の山に突っ込んで、セクター責任者と正面衝突するリスクを冒すわけにはいかない。
「……演習準備、ね。ははっ、相変わらず嘘が下手だな、艦長は」
ゼンは笑い、ハリスが用意したデブリのカーテンの向こう側へと、滑り込むように帰還した。
「ゼン、左舷から攻撃! 回避能力を四パーセント超過しています!」
ポッドの警告と同時に、機体が激しく震えた。軍の最新鋭高速艦による包囲網だ。向こうの演算装置は、こちらの型落ちしたポッドを遥かに凌駕している。彼らは数手先の「最適解」を計算し、逃げ道を完璧に塞いでいた。
「計算通りに動くから当たるんだよ。ポッド、演算対象を絞れ。俺が勘である程度は勝手に回避するから、その分は計算から外していい。お前はデブリの『回転角』と『衝突係数』だけ見てろ」
「正気ですか?無茶を言いますね。私の演算能力を予測ではなく、物理現象の観測に全振りしろというのですか?あなたの『勘』を信じろと?」
「ああ。あいつらに綺麗な訓練場じゃ味わえない、このゴミ捨て場の緊張感ってやつを教えてやるよ」
ゼンは操縦桿を叩き込むように倒した。慣性制御を無視した強引な制動により、機体が悲鳴を上げる。ジャンク・バードは、かつてビルの一部だった巨大なコンクリート塊の死角へと、滑るように潜り込んだ。直後、さっきまで自機がいた空間を、軍の追尾弾が猛烈な勢いで突き抜けていく。
「今だ、ポッド! 跳ね返る破片の軌道を割り出せ!」
「ああもう!分かりましたよ! 破片の質量と衝突エネルギーを算出。三秒後、右後方三十度……そこです!」
ゼンはポッドが弾き出した「点」に向けて、回収用のワイヤーアンカーを射出した。アンカーは跳ね返った鉄骨に絡みつき、機体を支点にして強引に旋回させる。
軍のパイロットたちにとって、ここは予測不能な障害物の塊に過ぎない。しかし、ゼンにとっては二十年間向き合い続けた仕事場だ。どのゴミがどう弾け、どの破片がどれだけの重さを持つか、その手触りは体に染み付いている。
「おい、エリートさんよ。ゴミで埋めつくされた宇宙で踊るのだって、悪くないだろ?」
ゼンはあえて敵艦の正面へと突き進んだ。
「ゼン、自殺行為です! 敵の主砲、チャージ中!」
「ポッド、前方三時の方向に漂っている『赤い鉄板』に磁力ネットを最大出力で叩き込め!」
「了解!──何がしたいか知りませんが、あなたの最期は『赤い屋根と心中した』と記録しておきますよ。末代までの恥ですね」
ポッドが瞬時にネットを射出。捉えたのは、先ほどまでゼンのいた、あの家の屋根だった赤い鋼板だ。ゼンは磁力ネットでその屋根を引き寄せ、機体の前面に盾として掲げた。直後、敵艦のレーザーが赤い屋根を直撃する。
かつて家族の団欒を守っていた屋根が、激しい火花を散らして蒸発していく。
「……悪りぃな、最後の一仕事だ」
ゼンが短く呟いた瞬間、屋根を焼いたエネルギーがジャンク・バードを激しく震わせ、爆縮にも似た凄まじい反動で機体を背後へと弾き飛ばした。
「ぐっ……!ポッド、計算しろ!今の反動で、俺たちはどこに飛ぶ?」
「左舷後方! 速度、秒速百二十メートル! 敵艦の死角へ直結します!」
「はっ……そいつは運がいい……っ!」
敵艦からの衝撃を利用した、計算外の急加速。ジャンク・バードは敵艦が予測した回避軌道を大きく外れ、敵艦の真下、排熱ダクトが剥き出しの急所に潜り込んだ。
ゼンは躊躇なく、残された全てのアンカーと磁力ワイヤーを、敵艦の推進ノズルに叩き込んだ。
「ゴミの詰まったエンジンじゃ、ワープはできねえぞ!」
絡みついた鉄屑とワイヤーが高速回転するエンジンに巻き込まれ、敵艦の一隻が激しい火を吹いて沈黙した。連鎖する爆発。それを見た残りの二隻が、一瞬の困惑を見せる。
「今のうちに逃げるぞ! ポッド、キャメロットへの最短帰還ルートだ。……ただし、一番デブリが濃い場所を通るコースを選べ。あいつらに追いつかせないためにな」
「了解。任せてください。今の私は、軍のどの人工知能よりも『効率的で泥臭い』演算に特化していますから」
『ジャンク・バード』はボロボロになりながらも、星々の墓場を鮮やかに駆け抜けていった。背後からは依然として二隻の高速艦が、執念深く熱線を放ちながら追ってくる。
機体は限界だった。姿勢制御スラスターの半分が死に、装甲は摩擦と熱で赤く焼けている。銀河の境界線に到達し、『セクター:032』まであと僅かというところで、敵の主砲がすでにゼンの背中を捉えていた。
だが、その瞬間。全域に轟くような広域通信が、敵味方問わず全艦のスピーカーを震わせた。
『──あー、こちら「セクター:032」を管轄する、宇宙空母「キャメロット」艦長のハリスだ。現在、当宙域では回収員の操縦技術向上を目的とした「デブリ回避演習」の準備中である』
ゼンの視界の先、キャメロットから射出された無数の貨物コンテナや廃材が、まるで防波堤のように展開された。
『おい、そこにいる所属不明艦。演習用に大量の模擬機雷とダミーデブリを散布した直後の場所に、武装状態で突っ込んでくるとは何事だ。非常に危険であるため、直ちに退去せよ。当方の演習に支障をきたす場合は、事故として処理せざるを得ない』
通信越しに聞こえるハリスの声は、官僚的なまでに平坦で、それゆえに酷くわざとらしかった。
ゼンの行く手を阻むように見えて、その実、背後の追っ手を物理的に遮断する完璧なタイミング。軍の最新鋭艦といえど、この露骨な「事故物件」の山に突っ込んで、セクター責任者と正面衝突するリスクを冒すわけにはいかない。
「……演習準備、ね。ははっ、相変わらず嘘が下手だな、艦長は」
ゼンは笑い、ハリスが用意したデブリのカーテンの向こう側へと、滑り込むように帰還した。
0
あなたにおすすめの小説
サイレント・サブマリン ―虚構の海―
来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。
科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。
電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。
小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。
「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」
しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。
謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か——
そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。
記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える——
これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。
【全17話完結】
せんせいとおばさん
悠生ゆう
恋愛
創作百合
樹梨は小学校の教師をしている。今年になりはじめてクラス担任を持つことになった。毎日張り詰めている中、クラスの児童の流里が怪我をした。母親に連絡をしたところ、引き取りに現れたのは流里の叔母のすみ枝だった。樹梨は、飄々としたすみ枝に惹かれていく。
※学校の先生のお仕事の実情は知りませんので、間違っている部分がっあたらすみません。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる