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バフーン
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今より少し前のことだ。
ある都内の雑居ビル。深夜すぎの誰もいない薄暗い廊下に一枚のカードが落ちていた。『運命の輪』だった。と、薄暗い廊下にフワっと明かりが灯った。廊下の壁に火影が揺れ、ランプを持った人影が写し出された。それからひっそりカンと静まりかえった廊下にカツカツと足音が響き始めた。
その雑居ビルのドアの表札にごくありふれた文字で「向星鏡」と書かれてある部屋がある。そのドアにはクローズの看板が掛かっていた。ドアを開けると、そこは待合室になっていてソファなどが置かれていた。その待合室の奥にドアがあった。星鏡の占室だった。
占室では先ほどから星鏡が小乙女の行方の手がかりを求めて『原初世界』第八巻、『Tの書』、エリファス・レヴィやアイスター・クロウリーの著書などの古い魔術書をひっくり返し、読み漁っていた。深夜もすぎたころ、占室のドアをノックする音がした。前触れもなく深夜すぎに訪れてくる依頼者は珍しくない。こういった依頼者はみな一様に追いつめられた表情をしているものだ。だが、今夜はもう表にクローズの看板を出してあるし、表ドアのカギは交ったはずだが……。不可解に思いながらドアを開けると、『隠者』のような出で立ちの男が暗闇の中にランプを手にし立っていた。
男はランプを顔の前へ掲げると、ランプの灯を吹き消した。その途端、フッと黒い服が赤茶色の服に変わった。それから、男は頭と腰を屈めて言った。
「このような夜分にお訪ねして申しわけないが、さるやんごとなき方からあなたの元へ遣わされて……」
「夜分にクローズの看板を出しても訪ねてくる依頼人はたまにいます」
そう言って、星鏡は幽霊みたいに現れたこの男を占室へ招き入れ、占いテーブルに着くようにうながした。星鏡がその向かい側に座った。
男は鷹揚にテーブルに着くと、さっそく口を開いた。
「単刀直入に申し上げます」
「わかってます。何か占って欲しいというのでしょう。ここへ来られる方はみんなそうです」
深夜に人目をはばかって、しかも代理人を寄こすような依頼者は正体を明かせない事情がある人物ばかりだ。このような依頼人や依頼のされ方も珍しくない。
「それはそうなのですが…、一つ条件があります」
そう言いながら男は懐に手を突っ込みガサガサと探った。それから、懐からカード・デッキを取り出した。それを テーブルの中央に置き、こう言った。
「我が主があなたにこのデッキで占って欲しいことがあると申しております」
この言葉に星鏡は当惑をした。星鏡はそれまでに半生を通じて霊感を磨いてきたいくつかのタロット・デッキを所有していた。それらのデッキはどれも特有のスピリットを帯び、星鏡のサイキックな能力を引き出してくれる。星鏡は、それらのデッキを依頼者から発せられるスピリタスによって使い分けていた。これらの自らの分身ともいえるデッキ以外で、また、依頼者とスピリタスの合わないデッキで占うことはできない。いや、というよりもそのような行為は星鏡と依頼者の心と未来に重大な危険を及ぼしかねなかった。まれにデッキを持参してきてそれで占ってくれという依頼者は他にもいる。しかし、星鏡はその申し出をみな丁重に断っていた。そのことを男に伝えようとすると、先に男が「だが、その前に……」と言葉を続けていた。
男は星鏡の当惑など杞憂であるといわんばかりにそれから無言になり、手でデッキの上三分の二ほどを取り上げると、それをテーブルの隅へ置き、残った三分の一のカードを両手でゆっくりと崩していった。それから、男は手をまんべんなくテーブルの四隅へ動かしていく。それにつれ、カードがテーブル全体へ配られていった。配っていく最中、男の手がカードから離れると、それまで裏を向いていたカードが表向きになっていく。男のカードさばきは見事で奇術でも見せられているようだった。カードを配りきると男は星鏡へこう言った。
「このデッキの大黙示です」と、男は節くれだった指先でテーブルに配ったカードを示した。
星鏡はカードを見渡した。
『女装者』『詐欺師』『操り人形』『ネメシス』『クラカトア』『アジテーター』『アヘン』『黒死病』等。
タロットではない。オラクルでもルノルマンでもない、はじめて見るカードだった。占星術やカバラをカード化したものかとも思ったが、星座にもセフィロトにも関連した絵はなかった。
ある都内の雑居ビル。深夜すぎの誰もいない薄暗い廊下に一枚のカードが落ちていた。『運命の輪』だった。と、薄暗い廊下にフワっと明かりが灯った。廊下の壁に火影が揺れ、ランプを持った人影が写し出された。それからひっそりカンと静まりかえった廊下にカツカツと足音が響き始めた。
その雑居ビルのドアの表札にごくありふれた文字で「向星鏡」と書かれてある部屋がある。そのドアにはクローズの看板が掛かっていた。ドアを開けると、そこは待合室になっていてソファなどが置かれていた。その待合室の奥にドアがあった。星鏡の占室だった。
占室では先ほどから星鏡が小乙女の行方の手がかりを求めて『原初世界』第八巻、『Tの書』、エリファス・レヴィやアイスター・クロウリーの著書などの古い魔術書をひっくり返し、読み漁っていた。深夜もすぎたころ、占室のドアをノックする音がした。前触れもなく深夜すぎに訪れてくる依頼者は珍しくない。こういった依頼者はみな一様に追いつめられた表情をしているものだ。だが、今夜はもう表にクローズの看板を出してあるし、表ドアのカギは交ったはずだが……。不可解に思いながらドアを開けると、『隠者』のような出で立ちの男が暗闇の中にランプを手にし立っていた。
男はランプを顔の前へ掲げると、ランプの灯を吹き消した。その途端、フッと黒い服が赤茶色の服に変わった。それから、男は頭と腰を屈めて言った。
「このような夜分にお訪ねして申しわけないが、さるやんごとなき方からあなたの元へ遣わされて……」
「夜分にクローズの看板を出しても訪ねてくる依頼人はたまにいます」
そう言って、星鏡は幽霊みたいに現れたこの男を占室へ招き入れ、占いテーブルに着くようにうながした。星鏡がその向かい側に座った。
男は鷹揚にテーブルに着くと、さっそく口を開いた。
「単刀直入に申し上げます」
「わかってます。何か占って欲しいというのでしょう。ここへ来られる方はみんなそうです」
深夜に人目をはばかって、しかも代理人を寄こすような依頼者は正体を明かせない事情がある人物ばかりだ。このような依頼人や依頼のされ方も珍しくない。
「それはそうなのですが…、一つ条件があります」
そう言いながら男は懐に手を突っ込みガサガサと探った。それから、懐からカード・デッキを取り出した。それを テーブルの中央に置き、こう言った。
「我が主があなたにこのデッキで占って欲しいことがあると申しております」
この言葉に星鏡は当惑をした。星鏡はそれまでに半生を通じて霊感を磨いてきたいくつかのタロット・デッキを所有していた。それらのデッキはどれも特有のスピリットを帯び、星鏡のサイキックな能力を引き出してくれる。星鏡は、それらのデッキを依頼者から発せられるスピリタスによって使い分けていた。これらの自らの分身ともいえるデッキ以外で、また、依頼者とスピリタスの合わないデッキで占うことはできない。いや、というよりもそのような行為は星鏡と依頼者の心と未来に重大な危険を及ぼしかねなかった。まれにデッキを持参してきてそれで占ってくれという依頼者は他にもいる。しかし、星鏡はその申し出をみな丁重に断っていた。そのことを男に伝えようとすると、先に男が「だが、その前に……」と言葉を続けていた。
男は星鏡の当惑など杞憂であるといわんばかりにそれから無言になり、手でデッキの上三分の二ほどを取り上げると、それをテーブルの隅へ置き、残った三分の一のカードを両手でゆっくりと崩していった。それから、男は手をまんべんなくテーブルの四隅へ動かしていく。それにつれ、カードがテーブル全体へ配られていった。配っていく最中、男の手がカードから離れると、それまで裏を向いていたカードが表向きになっていく。男のカードさばきは見事で奇術でも見せられているようだった。カードを配りきると男は星鏡へこう言った。
「このデッキの大黙示です」と、男は節くれだった指先でテーブルに配ったカードを示した。
星鏡はカードを見渡した。
『女装者』『詐欺師』『操り人形』『ネメシス』『クラカトア』『アジテーター』『アヘン』『黒死病』等。
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