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前篇

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「この巡り合わせは、まさに運命。
 巡り合うべくしての、この出逢い。
 このアマレルス、貴女に交際を申し込む」

こんな歯が浮いたセリフ、三流演劇も使わない。
しかし、奇しくもここは演劇場、それも舞台上。
別に、私は演者でもないし、演劇の関係者でもない。
ただの、後援者、子爵令嬢セフォネと申します。

舞台上にいるのは、
リニューアルした劇場での祝詞を述べる為で、
あのセリフを聞かされる為じゃありません、念のため。
本来であれば、セリフを発した人物は、
衛兵らによって即刻退場になるんだけど、
そうならないのは目の前の男が、公爵のご子息アマレルス様だから。
格上とは言え、私の従者が間に入るべきか、
衛兵共々迷いの表情を浮かべています。

「して、返事を頂きますかな――
 もちろん、もう決まっていると思うけど」

呆れて絶句している私が、どう見えたか理解不能ですが、
ここは一つ、面白そうなので、誘いにのる事にしました。


すったもんだの末、
ようやく帰路についたところで、
従者の一人メデスから、当然な言葉が発せられる。

「お嬢様、よろしいのですか?
 公爵御子息様からの交際を受けるなんて」

「ああいう場で、言われちゃ受けざるおえないわよ」

大勢の民衆がいる手前、
断りでもしたら子息が勝手に起こした行動でも、親である公爵様の恥になる。
となれば、貴族ヒエラルキーの下っ端である我が子爵家は、
即刻、お家取潰しの窮地に陥るだろう。
とはいえ、面目を別にしても、多少は魅かれるトコロがあるので、
御子息アマレルス様の申し入れを受けました。

「しかし、なにかと噂がある方ですよ――」

「メデス、口が過ぎるわよ……貴方が言いたい事は百も承知よ。
 これを機にに、玉の輿に乗るのも悪くはないわ」

「そんなに、旨くいきますでしょうか?
 本日、お嬢様は奥様の代理で参られ、急遽祝辞も述べられました。
 それなのに、御子息様は、予め準備をしていた様子――」

確かに、段取りよくアマレルス様が登場したように思える。

「まさか、仕組まれていたってこと?」

「御子息様はともかく、、父親の公爵様は相当な策士とお聞きします」

「それは私も知っているわ。 じゃあ、公爵様が計画したと?」

「そこまでは、分かりません。
 申し上げにくいのですが――」

「なに、いいわよ。 ウチの参謀の考え聞かせて」

「では、束の間、失礼なお言葉を申します。
 お嬢様とアマレルス様、子爵家と公爵家が付き合っても、
 ただ、お嬢様・子爵家側にメリットがあっても
 公爵家側にメリットがあるとは思えません」
 
「なんとも、否定できないのがイタイわね――」

「失礼いたしました。
 私の考えすぎで、アマレルス様の勝手な行動だったのかもしれません」

「それが一番しっくりするわ。
 まぁ、誰かの意思が働いているってことね」


「なにぃぃぃ!! 
 公爵御子息アマレルス様から交際を申し込まれた?!」

「まぁ、なんてこと! 私の代わりに行ったばかりに――」

一応は、父上母上に報告し、交際申込を受けれた事も言う。

「あ、あの公爵家と……わ、わたしはどうしたらイイ?
 即刻、公爵様にご挨拶に向かわないと――」

「私の愛娘を選ぶなんて、アマレルス様の御目も確かね」

小心者の父上はオロオロ、野心家の母上はウキウキ、
両極端な行動を示しています。

「あのですね―― 二人とも、落ち着いてください」

「「これが、落ち着けるか・落ち着けますか!!」」

「うるさい!」

子どもみたいに騒ぐ大人二人を、一喝で静める。

「交際といっても、お試し?って感じ。
 それも、アマレルス様と二人っきりじゃなくて、
 そこのメデスも同行するわ」

「「えっ?!」」

「二人とも、気が早いです。
 とはいえ、私もできる限りしますので、ご安心を」

ささやかな、決意表明。
期待が大きいことは、両親の表情を見れば一目瞭然。


後日、アマレルス様との交際が始まり、
従者のメデスも少し離れて待機しています。
遊びが過ぎるとの噂でしたが、
多少はその気もある様に感じましたが、
私との交際の間は、特に問題は起きませんでした。
次第に、私にもアマレルス様に気持ちが移り、
恥ずかしながら熱く甘い言葉が出る様になりました。
そうした私の変化と共に、
アマレルス様も誠実さを見せてくれるようになりました。
三ヵ月も過ぎれば、両家の挨拶も済まし、
貴族社交界ではちょっとしたカップルになりました。
その後も、順調に交際を重ね、婚約まで扱ぎ――

「セフォネ、婚約を機に、
 公爵家が保有する屋敷で、この俺と一緒に暮らそう」

「まぁ、アマレルス様、嬉しいですわ。
 しかし、ご実家での方ではなく、なぜ別のお屋敷に?」

「うむ、知っての通り俺は、公爵家の次男だ。
 家督は兄上が継ぐ。
 よって、いづれは家を出なければならない」

「そうでしたわね。
 とは言え、私も少しはご実家に入らなくてよろしいのですか?」

「なに、住む屋敷と実家は近い。
 もしなにかあれば、容易に行き来できる。
 それに、実家に入って、要らぬ苦労もさせられぬ」

「苦労だなんて……公爵家に嫁ぐのですから、
 それに準ずる覚悟はお持ちです」

「ははは、それは頼もしい。
 だが、その覚悟は私の為に使って欲しい」

「それは、もちろんですわ」

「そこでなんだが――」

「はい、なんですか?」

「執事――メデスって言ったな、
 彼も一緒に来てくれないだろうか。
 もちろん、他の使用人たちも」

「使用人たちも、よろしいのでしょうか?」

「彼はすごく有能だし、気の知れた使用人もいたほうが、
 セフォネも気苦労も少ないだろう」

「まぁ、使用人の事も考えてくださるのね。
 是非とも、お願いしますわ」

なにもかも、順調そのもので私は浮かれておりました。
この幸せが続くものだとアマレルス様を信じきっていました――
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