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後篇
しおりを挟む公爵家の別邸に移った頃から、
アマレルス様の様子がどことなく余所余所しくなりました。
以前より増して、出掛けられるようになり、
かと思えば、一日中部屋に籠ったりしています。
私とは言葉だけの関係になり、
あれだけ一緒に過ごす事を楽しみにしておられたのに、
まともに主寝室での相手もしてくれません。
メデスがアマレルス様の執事となり、見張っていてくれているのですが、
肝心なところで外されてしまい、不信感ばかり膨らみます。
問い詰めてもやんわりはぐらかされ、
こっそりアマレルス様の跡をつけた事もありますが、
怪しいお店など行くことはなく、確証は得られませんでした。
「セフォネ、そんなに俺が信じられぬか」
「いえ、そんなことは……
ただ、あまり相手をしてくれないので――」
「子供みたいな事を言うな、俺たちはもう、子供じゃないんだ。
貴族として、やることがいろいろあるだろう」
「でしたら、私にも手伝わせてください。
私たちは婚約者なのですから――」
「いや、君の手を借りる程ではない、メデスがいれば充分だ。
君は君のすべき事をするんだ、たしか美術交流があるんだろう?」
「はい――大任ですが、準備は万全であります」
「それなら良いが――
確かにセフォネ、君の相手はできずにいる。
それは、すまないと思っている……
「いえ……私も、アマレルス様の事を考えずに……」
「いや、いいんだ。
今回の件がひと段落したら、必ずセフォネ、君にに尽くそう」
「アマレルス様――」
「だから、すまん。
セフォネ、もう少しだけ待ってはくれぬか」
「わかりました、アマレルス様、必ずですよ」
しかし、その約束が果たされる事はありませんでした。
ますます関係は冷えきり、婚約どころの話ではありません。
それどころか、女の影がチラつく様になり、
屋敷に出入りする怪しい女がいる始末。
おそらく、私の方から別れ話を切り出す様に仕向け、
別れる事での、公爵家のダメージを最小限にしたいのでしょう。
使用人の殆どが公爵家側なので、
頼りになるメデスも、良い案も浮かばない様子。
今夜も、主寝室に灯りが灯っています――
っと、漏れる光を眺めていた私に近づいて来る者が居ます……
やはり、メデスの思った通り、
私とアマレルス様の出会いは仕組まれたモノだったそうです。
ならば、私も罠を仕掛けたいと思います。
その為には、事の始まりである"劇場"に向かいます。
「――メデス、ご苦労様です」
「お嬢様……本日も、特には――」
「ええ、今さら尻尾を出すことはしないでしょうね。
それより、今夜は頼みますよ」
「はい。 美術交流会でしたね。
私も同行したいのですが……」
「いいえ、アナタもする事があるでしょう。
しっかり、見張りを頼んだわよ――」
突如、鳴り響く騒音、
私は劇場のバルコニーで聞きました。
閑静な貴族地区が騒音の出処ですが、
離れた劇場まで響くのはさすがとしか言えません。
何事かと、多くの衛兵たちが駆けていくのがよく見えます。
行き先は、公爵家の別邸、そうアマレルス様の主寝室です。
さて、私も現場に向かいましょう。
まだ、ブザー音が鳴っています。
昼間かと思わせるくらい、煌々と灯りが焚かれ、
多くの衛兵以外にも、騒ぎを聞きつけた野次馬が大勢います。
人々が私の姿を発見すると、取り囲んでいた輪の一部が崩れ、
自然と屋敷への道が出来ました。
足早に近づいて来る衛兵、階級章を見ると団長クラス。
これは面白くなって来たわね。
「御令嬢、セフォネ様でおられますね。
申し訳ありませんが、今お通しする訳には――」
私を足止めしたいのでしょう、必死になって前に立ち塞がります。
「そこをどきなさい。 私はすべてを知っています」
「し、しかし――」
「このブザー音も、止めないといけませんでしょう。
近所迷惑でしょうから」
困惑する団長の横を通り、屋敷に入りまっすぐ主寝室に向かいます。
通路に、衛兵・使用人が溢れかえり外と同じく、
私の姿を確認すると、みな端に寄り進路を開けます。
主寝室まで来ると、一層ブザー音がうるさく耳を塞ぎたくなります。
扉は開いており、容易に中を見れます。
「まったく、とんだ裏切りですね――」
私が仕掛けた罠は、ベットです。
二人分の体重がかかると、仕掛けが作動し、
ブザー音と共にベット上の二人を特殊なネットで確保します。
刃物でも切れぬネットで、簡単には抜け出させず、
ある種の見せしめ効果もあります。
こんな特殊な仕組みを創れる家具職人はまずいないのですが、
奇しくもリニューアルした劇場を手掛けた、技術者がいました。
大掛かりで複雑な舞台装置を造る腕前ですので、
こんな装置を作るのは難ではありませんでした。
装置が完成すると、アマレルスが出払っている隙に仕掛け、
その夜、私が出掛ける事で油断を誘います。
まぁ、綱渡りの部分もありましたが、
無事に罠に掛かってくれました。
「決定的ですわね、アマレルス」
鳴り響くブザー音を停止させ、
いまだ身動きとれぬ一人目、アマレルスに目を向ける。
「セフォネ――なんだ、これは、なんのつもりだ!」
「つもりもなにも、
自分が置かれた状況が分からないのですか」
下半身を布で隠している無様な格好になっても、
威勢だけはよいアマレルス。
「アナタの失態、どれ程の人が見ていると思いますか?」
屋敷の使用人はもちろん、駆け付けた衛兵たち、
多くの人が目撃した衝撃的なスキャンダル。
いくら公爵家が働きかけても、絶対に漏れ、すぐさま市中に広まるでしょう。
公爵家の恥として後世に残ることでしょう――
そして、囚われてるもう一人に視線を移す。
「まったくこの男の相手が、アナタとはね――メデス」
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