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8話 ライオネル様の視線が突き刺さりますわ!②
しおりを挟む次に目を覚ますと、オレンジ色の光が窓から差していた。
喉がカラカラで飲み水がほしい。ゆっくりと起き上がると、歯の痛みは少しマシになっている。
「お嬢様! 目を覚まされたのですね! お水でございますか? すぐにご用意いたします」
そう言って、そばに控えていたメイドが慌ただしくベッドサイドの水差しから、適度に冷やされた果実水を差し出してくれる。
「ああ、よかった。今奥様をお呼びします。旦那様ももうすぐ戻ってこられますから、お待ちくださいね」
メイドから部屋から出ていって、すぐにお母様がやってきた。
「ハーミリア! よかったわ、とても心配したのよ。どこか具合が悪かったの?」
「…………」
痛みはマシになっていたものの、口が開けられない。やはり話すことは難しいようだ。
わたくしはゆっくりと頷いた。
「ハーミリア? もしかして話ができないの?」
もう一度ゆっくりと頷く。
「治癒魔法をかけたのに治らないなんて……まだ痛みはある? どこ?」
優しいお母様の声にそっと左頬を指差した。さすがお母様だ、わたくしを理解してくれるのが早い。
「わかったわ、お父様にも相談するから待っていてね」
優しく頭を撫でられ、その手の温もりに痛みで引き攣っていた心が緩む。思ったよりもダメージが蓄積されていたようだ。
一日中痛みが続くのは拷問を受けているのと同じだと理解した。
その後お父様とお医者様がやってきて問診を受けた。お父様の伝手で懇意にしている伯爵家に上級治癒魔法を使える医者がいたので、特別に派遣してもらったのだ。
「うーん、この治癒魔法でも痛みはなくなりませんか……ではせめて痛みを軽減する治癒魔法をかけましょう。お役に立てず申し訳ない」
「いや、無理を聞いてくれて感謝している。家令が治療費を用意しているから受け取ってくれ」
「あ、いや、なにもできなかったから受け取れません。それでは」
お医者様はとても誠実な方で、本当に治療費を受け取らず帰ってしまった。
痛みを軽減する魔法のおかげで少し楽になった気がする。でもやっぱり痛みはなくならないので完治はしていない。
「仕方ないわね。痛みがなくなるまでは、学院はお休みよ。ライオネル様には知らせを出しておくわ」
こくりと頷いて、夕食に用意してくれたスープを口に流し込む。ポタージュやゼリー、プリンなら食べられるので、そういった食事だけでなんとかやり過ごしていた。
* * *
婚約者の様子がおかしいと気が付いたのは、学院に一緒に通うために馬車で迎えにいった時だった。
いつも「ライオネル様」と嬉しそうに声をかけてきて、さまざまな話をしてくるのに、口を開かなかった。
いつもと明らかに違うハーミリアの様子に、普段は決して視線を向けることはないのに思わずじっくりと観察してしまった。
もしかしたら体調がすぐれないのか? そうだとしたら、早々に送り届けて休ませないといけない。
そうなれば僕の婚約者なのだから、当然送っていくつもりだった。
でもハーミリアはまるで完璧な淑女のようにアルカイックスマイルを貼りつけて、静かに座っている。
僕の視線に気づいて目が合ったけど、すぐに逸らされてしまった。
どういうことだろう。今までまともにハーミリアの顔を見てこなかったから、なにか気付かぬうちに見落としたことでもあるのだろうか?
そうだとしたら、本来不器用な僕には気付くことができないだろう。
授業などまったく耳に入ってこなかった。
学院で学ぶ内容はすでに履修していて、ここでは人脈づくりや王太子殿下の側近としての役割がメインだから、そこは問題ない。
大問題なのは、僕が婚約者としての役割を果たしていない可能性があるということだ。
しかもその原因に気付けない。原因がわからなければ対処もできない。
八方塞がりだ。
ランチの時間もハーミリアはアルカイックスマイルを貼り付け、野菜ジュースを飲んだだけだった。
いろいろと聞きたいのに、うまく言葉が出てこなかった。
帰りの馬車でもなにも話さないから、思い切って声をかけてみたけど、朝から一ミリも変わらない笑顔を返されただけだった。
これは、まずいかもしれない。
婚約者としての役目すら果たせないとなると、今後の僕の未来は明るいものではないだろう。今でさえすでに危ういというのに。
僕はハーミリアを送り届けた後、タックス侯爵邸に戻ってきて真っ先に侍従のジークに声をかけた。
「ジーク、頼む。力を貸してくれ」
僕の真剣な様子に、侍従はしっかりと頷いてくれる。
まるで暗闇の中を手探りで進むような感覚に、不安が込み上げた。
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