秋色のおくりもの

藤谷 郁

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そして月日は流れ、私は地元の農業大学で食物生産に関する農業科学を学んでいた。

もちろん、その進路選択は透さんと無関係ではない。いや、はっきり言えば直結している。怖いくらい、しつっこく直結している。

思い返せば、透さんはいつも柿畑でお父さんの手伝いをしていた。頭にタオルを巻いて、時には汗だくになって。

剪定に消毒、摘果、収穫。柿作りには様々な作業があるのだと、自分が農大の学生になって、ようやく理解した。

透さんは農家の仕事が大好きなのだ。

私は何を選択するにも、どうしても大曽根透という人を考えてしまう。

会社員の父に志望大学を告げた時、『農業に関心があったのか』と、びっくりされた。しかし母にはばれていた。

『お願い、お母さん。絶対に誰にも言わないで!』

不毛な恋に囚われた娘の心。

透さんの両親と仲の良い母にまじめに頼むと、まじめに『わかった』と約束してくれた。

こんな気持ちを透さんの家族に知られたら、恥ずかしすぎる。


――近所の子どもが、うちの息子を狙ってる。


などと、不気味に思われるかもしれない。もちろん、透さんにも。

だけど、ある日突然、そんなことはどうでもよくなる。

それが19歳の秋だった。

透さんに見合い話があるらしいと母から聞いたのは、いつものように台所の椅子に座り、彼にもらった柿の実を、大事に撫でている時だった。

『透くん、彼女がいなかったのか。もてそうなのに、意外だなあ』

父の台詞はそのまま私の疑問だった。

恋人がいないわけがない。

だから、私は気持ちを知られたくなくて両親に口止めし、ましてや告白なんて大それたことを出来ずにいたのだ。

『大曽根さんもそう思ってたらしくてね。ところがあらためて訊いてみると、付き合ってる人がいないとわかって、見合い相手を探したそうよ。もう30になるんだからって』

母は私をちらりと見る。なぜか父までも、新聞を読むふりでそれとなく窺ってくる。

『透くんのことだから、すぐに決まるかもしれないわねえ。あんな素敵な人をお断りする女性がいたら、馬鹿だわ』

母は、『馬鹿』のところを強調した。

私は何も考えず、外に飛び出していた。


柿畑で会った時、柿の実を手渡しながら、あの人は何も言わず微笑んでいた。

それは、彼にとって私は『近所の子ども』にすぎないから。見合い話なんて『子ども』には関係ないから。

だけど、私には違う。

彼がお見合いして、見知らぬ女性と結婚してしまう。それは世界がひっくり返るほど大変で、深刻で、とんでもないできごとなのだ。

『私と結婚して下さい!』

畑を引き揚げようとする背中に、いきなりぶつけた。

私が透さんに恋して早や11年。

背も伸びたし、大学生だし、今の私は世間的には大人なのだ。そう自分に言い聞かせて、後先など考えず彼にぶつけた。

11年分の、宝物のお返しをするように。

透さんは、びっくりした顔になる。

でもそれは一瞬で、脚立を肩から下ろすと柿の幹に立てかけ、ゆっくりと近付いてきた。大人らしい、余裕いっぱいの足取りに見えた。

だけど、私だって少しは成長してるはず。ぼさぼさの髪でもなく、ジャージでもない。お化粧だってしてる19歳の女だから、もう逃げ出さない。

『桃子ちゃん』

透さんは、なぜかそこで紺色の作業着の、上着を脱ぎ始めた。白いTシャツが、いつか見たのと同じ秋色に染まる。

Tシャツだけじゃなく、柿畑も、田舎道も、小山も、民家も、なにもかもすべてが宝物の色だった。

もちろん、私の頬も――

にこにこと、彼は微笑んでいる。肩で息をする私を面白そうに見下ろして。
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