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宇宙の中で
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良樹はアパートに帰ると、久しぶりに鉱物標本の整理をした。
実家から持ち出した石を、ひとまとめにしてある。それらを格子の仕切りが付いた箱に収め、標本シールを貼っていくのだ。
「結構時間がかかるな……」
ようやく作業を終えて、一休みするため畳にひっくり返る。うつらうつらして、気が付くと夢を見ていた。
彩子の夢だ。
映画館での触れ合いが微かな刺激となり、体に残っている。女の柔らかな肌と髪の香りが、彼を甘い夢に誘った。
良樹は目を覚ますと、畳の上にあぐらをかいた。ずいぶん長い時間眠ったらしい。
(腹が減った……)
夕食を済ませたあと、彩子がくれた “厳選チョコ” の箱を開けてみた。見かけはシンプルだが、口に含むと味わい深く、なるほどその辺のチョコレートとは一線を画している。
2個目を摘もうとすると、スマートフォンが鳴った。通知を見れば後藤からだ。
(なんだ? こんな時間に)
時刻は午後10時を過ぎている。
(またどうでもいい電話だろう……どうするかな)
後藤は最近、大した用事もなく電話をかけてくる。そして、一方的に喋って通話を終わるという行為が続いていた。
――原田さんのことが好きなんだと思います。
――かなり気に入ってると思いますよ。
良樹は彩子の言葉を思い出し、しぶしぶ応答した。
『原田、頼みがある!』
いきなり大声が聞こえた。
「……どうしたんだ」
『迎えに来てくれ~』
良樹はうんざりした。やっぱり出るんじゃなかった。
「迎えに来いって、どこにいるんだお前」
『7丁目の居酒屋。早く帰らなきゃ、智子に怒られちまうんだよお。他の皆は帰っちまったし、タクシーはつかまらないし』
良樹は顔をしかめた。
あきらめたように電話を切ると、上着を羽織って部屋を出る。
「俺が好きなら迷惑をかけるな!」
また降りだした雨の中、後藤のもとへ車を走らせた。
後藤怜人は、居酒屋の軒下で良樹を待っていた。
「原田~、すまねえ……はっくしょい!」
長いこと外にいたらしく、かなり寒そうだ。良樹はとにかく、酔っ払いに肩を貸して車に運んだ。
車を出す前に、智子に電話を入れた。マンションで待機する彼女は、良樹の声を聞いて驚いていた。
「連絡してなかったのか。まったく、しょうがない奴だ」
助手席でぐったりする後藤を横目に、良樹はため息をつく。
マンションの部屋に着くと、智子がぺこぺこと頭を下げた。
「原田さん、本当にごめんなさい。もう、怜人ったら!」
ぷんぷん怒る智子と一緒に、後藤をベッドに寝かせた。良樹はすぐに帰ろうとするが、智子に引き止められる。
「原田さん、上着を乾かすから少し寄っていって。今、お茶を淹れるわ」
雨に濡れた上着を、半ば強引に脱がされた。原田は苦笑しつつ、リビングのソファに座った。
智子とコーヒーを飲んでいると、後藤がノソノソと起きだしてきた。
「後藤、寝てなくて大丈夫なのか」
「おお……原田、すまん。う~、まいった」
「いやあね、もう」
智子は水の入ったコップを、荒っぽい仕草で後藤に渡した。
「飲んだ後、置いてけぼりになったの?」
「トイレに行って戻ったら、誰もいなかったんだもん」
「人望がないわね」
智子は辛らつだ。
「だからって、原田さんを呼ぶなんて」
「原田なら来てくれると思ったんだもん」
良樹は一言もない。実際に迎えに来たのだから。
後藤はソファに寝そべり、目を閉じたと思ったら、いびきをかき始めた。
智子はふうっと息をつく。
「この人、赤ちゃんができたってわかった時は、凄く喜んでたのよ。なのに、だんだん不安定になってきたの」
「後藤がですか?」
良樹は意外に思った。
「普段は豪傑だけど、案外怖がりなのよね」
「……うるさいぞ」
後藤は寝言をつぶやき、またうとうとする。
智子と良樹は目を合わせ、クスッと笑った。
「親になるのが怖いのかな?」
「そう。あと、こんな調子のいい性格だから、本当に相談できる相手っていないのよ」
「なるほど」
「原田さんのことは、信頼してるみたい。アイツはすかしてる~なんて言ってるけど、あなたのことを話す時は、顔が嬉しそうなんだもの」
「そ、そうなのか……」
こんな熊のような男に慕われ、男として複雑なものがあった。
「人は、自分にない魅力を持つ人に惹かれるの。彩子も、だからあなたに惹かれた」
「えっ……」
唐突に彩子の名前が出て、良樹は動揺する。
「彩子は幸せだわ。原田さんみたいな人と一緒になれて」
「……いや、後藤こそラッキーでしょう」
智子が言わんとすることを、良樹は理解した。二人は微笑み合い、後藤のいびきを聞きながら、しばらく話をした。
「そうだ。原田さんに会ったら、言おうと思ってたんだ」
智子は急に真顔になり、良樹に教えた。
「佐伯君ね、まだ彩子を忘れてないみたい」
「……」
「あの二人は、初恋同士なの」
良樹は薄々分かっていた……だけど、はっきり聞かされると、心にひんやりとしたものを感じる。
「彩子にとっては、もう昔の話。でも、佐伯君は再会した彩子にあらためて恋しちゃったみたい」
「……そうなんですか」
そう答えるほかなかった。
「彩子を離さないでね」
「もちろんです」
良樹の眼差しは、智子をどきりとさせた。
「佐伯だろうが誰であろうが、渡しませんよ」
彩子への気持ちは揺るぎない。この想いを、彼女にしっかり伝えたいと思う。
「ありがとう、智子さん。それじゃ、22日に……」
乾いた上着を受け取ると、良樹はマンションを後にした。
実家から持ち出した石を、ひとまとめにしてある。それらを格子の仕切りが付いた箱に収め、標本シールを貼っていくのだ。
「結構時間がかかるな……」
ようやく作業を終えて、一休みするため畳にひっくり返る。うつらうつらして、気が付くと夢を見ていた。
彩子の夢だ。
映画館での触れ合いが微かな刺激となり、体に残っている。女の柔らかな肌と髪の香りが、彼を甘い夢に誘った。
良樹は目を覚ますと、畳の上にあぐらをかいた。ずいぶん長い時間眠ったらしい。
(腹が減った……)
夕食を済ませたあと、彩子がくれた “厳選チョコ” の箱を開けてみた。見かけはシンプルだが、口に含むと味わい深く、なるほどその辺のチョコレートとは一線を画している。
2個目を摘もうとすると、スマートフォンが鳴った。通知を見れば後藤からだ。
(なんだ? こんな時間に)
時刻は午後10時を過ぎている。
(またどうでもいい電話だろう……どうするかな)
後藤は最近、大した用事もなく電話をかけてくる。そして、一方的に喋って通話を終わるという行為が続いていた。
――原田さんのことが好きなんだと思います。
――かなり気に入ってると思いますよ。
良樹は彩子の言葉を思い出し、しぶしぶ応答した。
『原田、頼みがある!』
いきなり大声が聞こえた。
「……どうしたんだ」
『迎えに来てくれ~』
良樹はうんざりした。やっぱり出るんじゃなかった。
「迎えに来いって、どこにいるんだお前」
『7丁目の居酒屋。早く帰らなきゃ、智子に怒られちまうんだよお。他の皆は帰っちまったし、タクシーはつかまらないし』
良樹は顔をしかめた。
あきらめたように電話を切ると、上着を羽織って部屋を出る。
「俺が好きなら迷惑をかけるな!」
また降りだした雨の中、後藤のもとへ車を走らせた。
後藤怜人は、居酒屋の軒下で良樹を待っていた。
「原田~、すまねえ……はっくしょい!」
長いこと外にいたらしく、かなり寒そうだ。良樹はとにかく、酔っ払いに肩を貸して車に運んだ。
車を出す前に、智子に電話を入れた。マンションで待機する彼女は、良樹の声を聞いて驚いていた。
「連絡してなかったのか。まったく、しょうがない奴だ」
助手席でぐったりする後藤を横目に、良樹はため息をつく。
マンションの部屋に着くと、智子がぺこぺこと頭を下げた。
「原田さん、本当にごめんなさい。もう、怜人ったら!」
ぷんぷん怒る智子と一緒に、後藤をベッドに寝かせた。良樹はすぐに帰ろうとするが、智子に引き止められる。
「原田さん、上着を乾かすから少し寄っていって。今、お茶を淹れるわ」
雨に濡れた上着を、半ば強引に脱がされた。原田は苦笑しつつ、リビングのソファに座った。
智子とコーヒーを飲んでいると、後藤がノソノソと起きだしてきた。
「後藤、寝てなくて大丈夫なのか」
「おお……原田、すまん。う~、まいった」
「いやあね、もう」
智子は水の入ったコップを、荒っぽい仕草で後藤に渡した。
「飲んだ後、置いてけぼりになったの?」
「トイレに行って戻ったら、誰もいなかったんだもん」
「人望がないわね」
智子は辛らつだ。
「だからって、原田さんを呼ぶなんて」
「原田なら来てくれると思ったんだもん」
良樹は一言もない。実際に迎えに来たのだから。
後藤はソファに寝そべり、目を閉じたと思ったら、いびきをかき始めた。
智子はふうっと息をつく。
「この人、赤ちゃんができたってわかった時は、凄く喜んでたのよ。なのに、だんだん不安定になってきたの」
「後藤がですか?」
良樹は意外に思った。
「普段は豪傑だけど、案外怖がりなのよね」
「……うるさいぞ」
後藤は寝言をつぶやき、またうとうとする。
智子と良樹は目を合わせ、クスッと笑った。
「親になるのが怖いのかな?」
「そう。あと、こんな調子のいい性格だから、本当に相談できる相手っていないのよ」
「なるほど」
「原田さんのことは、信頼してるみたい。アイツはすかしてる~なんて言ってるけど、あなたのことを話す時は、顔が嬉しそうなんだもの」
「そ、そうなのか……」
こんな熊のような男に慕われ、男として複雑なものがあった。
「人は、自分にない魅力を持つ人に惹かれるの。彩子も、だからあなたに惹かれた」
「えっ……」
唐突に彩子の名前が出て、良樹は動揺する。
「彩子は幸せだわ。原田さんみたいな人と一緒になれて」
「……いや、後藤こそラッキーでしょう」
智子が言わんとすることを、良樹は理解した。二人は微笑み合い、後藤のいびきを聞きながら、しばらく話をした。
「そうだ。原田さんに会ったら、言おうと思ってたんだ」
智子は急に真顔になり、良樹に教えた。
「佐伯君ね、まだ彩子を忘れてないみたい」
「……」
「あの二人は、初恋同士なの」
良樹は薄々分かっていた……だけど、はっきり聞かされると、心にひんやりとしたものを感じる。
「彩子にとっては、もう昔の話。でも、佐伯君は再会した彩子にあらためて恋しちゃったみたい」
「……そうなんですか」
そう答えるほかなかった。
「彩子を離さないでね」
「もちろんです」
良樹の眼差しは、智子をどきりとさせた。
「佐伯だろうが誰であろうが、渡しませんよ」
彩子への気持ちは揺るぎない。この想いを、彼女にしっかり伝えたいと思う。
「ありがとう、智子さん。それじゃ、22日に……」
乾いた上着を受け取ると、良樹はマンションを後にした。
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