一億円の花嫁

藤谷 郁

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絶体絶命

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 古ぼけた倉庫の壁は脆い。ダンプカーに破壊されて、大きく崩れ落ちた。
 雪と風がまともに吹き込んでくる。

「綾華さん。命令どおり、20人連れて来ましたぜ!」

 運転席から降りた男が、大声で叫んだ。スキンヘッドに顎髭。鋭い目つき。見るからに柄の悪そうな、大男だ。
 そして、助手席や荷台からも次々に男が飛び降り、大男とともにずらりと並ぶ。スポーツウェアからスーツまで格好はさまざまだが、いずれも若く、厳つい体つきだった。
 
「てめえら、なんでここに……!」

 剛田が驚きの声を上げた。
 男たちは彼の知り合いらしく、彼を見て薄笑いを浮かべた。

「おい、なんだよこいつら。まさか助っ人か?」

 キングが私を守りながら、綾華に訊いた。

「そう、さっき呼んだの。だって、あいつじゃ頼りにならないし」

 剛田を顎で指した。綾華の言い方には侮蔑がこもっている。

「綾華……てめぇ、最初から俺をはめるつもりだったのか」

 剛田がよろよろと歩きだす。

「呼ばれてすぐに来れる距離じゃねえ。近くに待機させてやがったな」
「だから、しょうがないでしょ。私、あんたをまあまあ気に入ってたけど、軽蔑もしてたのよね。金のためならババアと寝ちゃうようなやつだし、当てにならない」

 男たちが大笑いする。
 明らかにバカにした笑いだった。

「マジで役立たず! こんなわけのわからないゴリラ野郎にやられるなんて、みっともないったらないわ。しょせん、地下のチャンピオンなんて昔の話。引退した頃から、いつ捨ててやろうかと思ってた。そこのあんたも!」

 綾華の視線が移る。
 ニット帽だ。
 男たちから離れたところに立ち、自撮り棒を握りしめている。

「う、嘘でしょ。もしかして俺も、切り捨てるつもりッスか?」
「と、思ったけど……役に立つなら使ってあげてもいいわ。とりあえず、撮影を続けなさい。面白い動画が撮れるかもしれないから」

 綾華がにこりと微笑む。
 ニット帽は激しくうなずき、言われたとおり撮影を再開した。
 剛田は綾華にたどり着く前に力尽き、膝をついた。

「ケッ、バカが」

 大男が剛田にのしのしと近づき、思いきり蹴り上げた。

「ざまあねぇぜ、このクソ野郎が! 西野さんのお気に入りだからって、地下で俺たちをさんざんコケにしてくれたよな。あとでたっぷり礼をさせてもらうからよ、覚悟しやがれ!!」
「ぐふっ……」

 剛田は起き上がろうとするが、仰向けに倒れた。気絶したかのように、ピクリともしない。

「勝ち逃げしようったって、そうはいかねぇ。金は俺たちで山分けするぜ。綾華さんと切れたてめぇなんぞ、これっぽっちも怖くねえ」

 これは、仲間割れだ。
 話を聞く限り、彼らは地下格闘家であり、剛田にボコボコにされた敗者なのだろう。
 それと、剛田のことを「西野さんのお気に入り」と言った。

(もしかして、綾華の父親?)

 西野社長は、違法なイベントに関わるスポンサーの一人かもしれない。しかも大口の。
 趣味の悪さにゾッとするが、驚きはしなかった。西野社長は、綾華というモンスターを育てた人間である。

「それにしても、20人って言ったか? 助っ人にしちゃあ、ずいぶんな人数じゃねえか」

 キングが呆れたように言った。綾華がこちらに向き直り、男たちも一斉に注目する。

「人質を取って、しかも織人に一人で来いって言ったんだろ? いくらなんでも用心が過ぎるんじゃねえの」
「フン。一人で来いと言われて、一人で来るバカはいない。実際、あんたみたいなバケモンを寄越したじゃない」

 綾華が私を見て、ククッと笑う。

「大事な奥様が誘拐されたって言うのに、自分は安全な場所から指示を出すだけ。由比織人は卑怯者のクズ。優しさがどうのこうの言ってるけど、そんなのぜんぶ嘘。奈々子、結局あんたも政略結婚の道具なんでしょ? ぜーんぜん、愛されていないようね!」
「……!」

 キングの肩が震えた。
 綾華の言い草にカッとなったのだ。

「くそっ……好き勝手言いやがって」

(ダメ、堪えて織人さん。正体がバレたら大変なことになる)

 ニット帽が撮影を続けている。
 キングも気づいたのか、無言で半歩前に出て、私を睨む綾華の視線を遮った。
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