一億円の花嫁

藤谷 郁

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夢の時間

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 なぜ総支配人が?
 よく分からないが、由比さんはよほど信頼されていないらしい。
 実は問題を抱えた人なのかしらと不安になるが、すぐに否定した。

 三保コンフォートのトップともあろう人が、不埒な人物のはずがない。
 それに昨夜、彼は紳士だと関根さん自身が保証したではないか。強引なやり方で客を困らせていないか、心配なだけなのだ。

「それでは予定どおりに、9時にロビーでお待ち合わせということで。実はつい先ほど、アポを確認しておくようにとCEOから電話がありまして、その時に初めて大月様とのお約束を知らされたのです」
「そうなんですね」
「はい……」

 前もって知っていたら止めていた。と言いたげな様子。またしても不安になりかけるが、振り払った。
 とにかくもう、ことは決まったのだ。

「ところで大月様」

 関根さんがワゴンを押して部屋を出ていこうとして、こちらに向き直った。あらたまった口調にドキッとする。

「な、なんでしょうか」
「ウーチューブをご覧になられますか?」
「?」

 唐突な質問に、一瞬ぽかんとした。

「あ、ウーチューブ……動画配信アプリですか?」
「はい」

 意図は図りかねるが、彼女の真顔に応じて真面目に答える。

「旅行関係の動画をたまに見るくらいですが、あの……それがなにか?」
「あ、いえ、すみません。失礼いたします」
「??」

 関根さんはお辞儀をして、そそくさと出て行ってしまった。


「由比さんの話とウーチューブに、何の関係が??」

 一人きりになった部屋に、コーヒーの香りが漂う。
 テーブルの上には、ベーコンチーズのフレンチトーストと温かなスープ。ビタミンたっぷりサラダに、季節のフルーツが並んでいる。

「よく分からないけど……腹が減っては戦ができぬ。うん、とりあえず食べよう」
 
 なんだか急にお腹が空いて、はてなマークを頭に乗っけたまま朝食を頬張った。




 待ち合わせ時間の5分前にロビーに行くと、由比さんが既に待っていた。
 すぐ私に気が付き、爽やかな笑顔で近づいてくる。

「大月さん、おはようごさいます」
「お、おはようございます!」

 シンプルな柄のニットに黒のパンツ。ジャケットを手にした彼は、昨夜とは異なりカジュアルなスタイルだ。
 
 CEOとしてのパリッとしたスーツ姿も素敵だが、ラフな魅力を感じさせる服装もカッコよくて、私はドキドキした。

「お待たせしてすみません」
「いえ、まだ5分前ですし、私も今来たところなんですよ」
「そ、そうなんですね」

 由比さんが私を見つめ、嬉しそうにうなずく。

「ふふっ、今朝はまたいちだんと可愛らしい」
「……えっ?」

 聞き逃しそうな小さな声だったが、ロビーが静かなためちゃんと聞き取れた。
 今、「可愛らしい」と言った?

 私の戸惑いを知ってか知らずか、由比さんは微笑んでいる。

「さあ、行きましょう。大月さんが望まれる場所へ、ご案内いたします」
「あ、は、はいっ」

(か、可愛らしいって、どういう意味だろう)

 よもや、顔のことではあるまい。とすると、髪型とか服装についてだろうか。

 髪は後ろにまとめてシュシュで結んだ。ふわっとした白いセーターに、グレイ地にピンクチェックのパンツを合わせている。
 昨夜のワンピースも似たような色みだったし、同じようなテイストだ。

 だけど、全体的に地味なコーディネートだし、由比さんのように華やかでスタイリッシュな男性が、こういった服をお好きだなんて意外だ。

 いやいや、そんなはずがない。

 可愛らしいというのは、子どもっぽいという意味だ。都合よく受け取ってはいけない。

「大月さん?」
「あ、すみませんっ」

 あれこれ考えるうちに足が止まっていた。自意識過剰な自分に呆れ、それを見抜かれた気がして汗が出てくる。

「慌てなくても大丈夫です。今日は一日、ゆっくり過ごしましょう。ご気分がすぐれなければ、すぐに教えてください。私が、お守りいたします」
「は、はい……」

 王子様の優しさに、私は返事するのがやっと。ちょっとした言葉へのこだわりなど、吹き飛んでしまった。

 由比さんが寄り添うように、だけど適切な距離感を保って私を導く。油断すると転んでしまいそうで、慎重な足取りで玄関へと進んだ。
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