55 / 198
私以外、みんな幸せ
3
しおりを挟む
「おお、いらっしゃったぞ!」
父が弾むようにソファを立った。
午後8時ちょうど。由比さんの来訪である。
「皆でお出迎えしよう。初めての顔合わせだからな、お前たち、失礼のないように」
「はい、あなた」
「マジで三保コンフォートの御曹司なのよね。さすがに緊張するわ」
母も姉もバタバタと父を追いかけ、リビングを出て行ってしまう。興奮状態の彼らを、私はオロオロと見送るのみ。
身体が震えて、足に力が入らず。
「ど、どうしよう……」
開けっぱなしのドアから、大仰に出迎える父の大きな声が聞こえる。それから、母と姉の笑い声も。私以外の家族が揃って、彼を歓迎していた。
リビングにいるのは私一人。
いっそこのまま逃げてしまおうかと一瞬考えるが、すぐにあきらめる。
もう、観念するほかないのだ。
由比さんの正体がなんであれ、家族は受け入れる……というか、あの動画を単なる「趣味」として解釈している。
ちょっと変わった趣味だが、事業と関係ないし、無問題。お金持ちなら構わないってこと。
「それに……」
そもそも大月家と彼の間には、既に契約が交わされている。
私は大月家の娘であり、不本意であろうと、今回の件には責任を持たねばならない。家族だけでなく、父の会社と従業員。その家族に対しても。
もし私が逃げたら、ただでは済まない。由比さんに何をされるか……
「そんなの、絶対に後悔する」
逃げられない現実を、あらためて認めた。
腹を括る。
私に残されたのは、その決意だけ。
由比さんの望むままに――
「奈々子、なにをボケッとしてるんだ。早く客間に来て、由比さんにご挨拶しなさい」
父がドアから顔を出し、私に命じた。人の気も知らないで、ご機嫌な様子である。
「ほら、早く早く!」
「わ、分かりました。すぐに行きます」
みんなの幸せのために。
ついに私は、腹を決めた。
私が客間に入ったとたん、由比さんが大きく腕を広げ、近づいて来た。
「おおっ、こんばんは奈々子さん! 約束どおり、ご挨拶に伺いましたよ」
「ひっ……」
抱きつかんばかりの勢いにうろたえるが、彼は寸前でストップした。家族の前なので、さすがにセーブしたようだ。
そういえば、昼間より落ち着いた色のスーツを着て、言葉遣いもよそゆきである。彼は「キング」ではなく、「由比織人」として家族と接するつもりだ。
つまり、真の姿はこちらで、キングは「趣味」……仮の姿ですと、そういう体である。
本当は逆なのに。
しかしそれを訴えても、家族は信じないだろう。というより、どちらでもいいのだ。
なにしろ「由比織人」は大企業のCEOであり由比家の御曹司。
そして、大金持ちだから。
「こ、こんばんは。今日はその……ありがとうございました」
びくつきながらも、お見合いについて礼を言った。私も家族の前なので、理性が働いている。
「いえいえ、こちらこそ楽しい時間をありがとうございます。その上、私のプロポーズを快く受けていただき、これ以上の幸せはありません」
「えっ?」
由比さんがにこりと微笑む。
「そうですよね。奈々子さん?」
「は、はい」
口調は穏やかだが眼差しは強く、余計なことを言うなと、有無を言わせぬ圧力が私を黙らせる。
「いやあ、奈々子のほうこそ世界一の幸せ者です。由比さんのような素晴らしい方に望まれるとは、想像もしませんでした。なあ、みんな」
父の言葉に母も姉もうなずき、同意を示した。皆、喜びに満ち溢れた表情で、由比さんと私を見つめている。
「あ、関根さん」
由比さんの背後に、関根さんが立っていることに気づいた。秘書として、彼に付き添って来たのだ。
「あの、こんばんは……お疲れ様です」
「おじゃましております。奈々子様も、本日はお疲れ様でございました」
挨拶すると、彼女は丁寧にお辞儀をした。本当に疲れた顔に見えて、私ははっとする。私だけでなく、彼女も由比さんに振り回されているのだ。
父が弾むようにソファを立った。
午後8時ちょうど。由比さんの来訪である。
「皆でお出迎えしよう。初めての顔合わせだからな、お前たち、失礼のないように」
「はい、あなた」
「マジで三保コンフォートの御曹司なのよね。さすがに緊張するわ」
母も姉もバタバタと父を追いかけ、リビングを出て行ってしまう。興奮状態の彼らを、私はオロオロと見送るのみ。
身体が震えて、足に力が入らず。
「ど、どうしよう……」
開けっぱなしのドアから、大仰に出迎える父の大きな声が聞こえる。それから、母と姉の笑い声も。私以外の家族が揃って、彼を歓迎していた。
リビングにいるのは私一人。
いっそこのまま逃げてしまおうかと一瞬考えるが、すぐにあきらめる。
もう、観念するほかないのだ。
由比さんの正体がなんであれ、家族は受け入れる……というか、あの動画を単なる「趣味」として解釈している。
ちょっと変わった趣味だが、事業と関係ないし、無問題。お金持ちなら構わないってこと。
「それに……」
そもそも大月家と彼の間には、既に契約が交わされている。
私は大月家の娘であり、不本意であろうと、今回の件には責任を持たねばならない。家族だけでなく、父の会社と従業員。その家族に対しても。
もし私が逃げたら、ただでは済まない。由比さんに何をされるか……
「そんなの、絶対に後悔する」
逃げられない現実を、あらためて認めた。
腹を括る。
私に残されたのは、その決意だけ。
由比さんの望むままに――
「奈々子、なにをボケッとしてるんだ。早く客間に来て、由比さんにご挨拶しなさい」
父がドアから顔を出し、私に命じた。人の気も知らないで、ご機嫌な様子である。
「ほら、早く早く!」
「わ、分かりました。すぐに行きます」
みんなの幸せのために。
ついに私は、腹を決めた。
私が客間に入ったとたん、由比さんが大きく腕を広げ、近づいて来た。
「おおっ、こんばんは奈々子さん! 約束どおり、ご挨拶に伺いましたよ」
「ひっ……」
抱きつかんばかりの勢いにうろたえるが、彼は寸前でストップした。家族の前なので、さすがにセーブしたようだ。
そういえば、昼間より落ち着いた色のスーツを着て、言葉遣いもよそゆきである。彼は「キング」ではなく、「由比織人」として家族と接するつもりだ。
つまり、真の姿はこちらで、キングは「趣味」……仮の姿ですと、そういう体である。
本当は逆なのに。
しかしそれを訴えても、家族は信じないだろう。というより、どちらでもいいのだ。
なにしろ「由比織人」は大企業のCEOであり由比家の御曹司。
そして、大金持ちだから。
「こ、こんばんは。今日はその……ありがとうございました」
びくつきながらも、お見合いについて礼を言った。私も家族の前なので、理性が働いている。
「いえいえ、こちらこそ楽しい時間をありがとうございます。その上、私のプロポーズを快く受けていただき、これ以上の幸せはありません」
「えっ?」
由比さんがにこりと微笑む。
「そうですよね。奈々子さん?」
「は、はい」
口調は穏やかだが眼差しは強く、余計なことを言うなと、有無を言わせぬ圧力が私を黙らせる。
「いやあ、奈々子のほうこそ世界一の幸せ者です。由比さんのような素晴らしい方に望まれるとは、想像もしませんでした。なあ、みんな」
父の言葉に母も姉もうなずき、同意を示した。皆、喜びに満ち溢れた表情で、由比さんと私を見つめている。
「あ、関根さん」
由比さんの背後に、関根さんが立っていることに気づいた。秘書として、彼に付き添って来たのだ。
「あの、こんばんは……お疲れ様です」
「おじゃましております。奈々子様も、本日はお疲れ様でございました」
挨拶すると、彼女は丁寧にお辞儀をした。本当に疲れた顔に見えて、私ははっとする。私だけでなく、彼女も由比さんに振り回されているのだ。
15
あなたにおすすめの小説
27歳女子が婚活してみたけど何か質問ある?
藍沢咲良
恋愛
一色唯(Ishiki Yui )、最近ちょっと苛々しがちの27歳。
結婚適齢期だなんて言葉、誰が作った?彼氏がいなきゃ寂しい女確定なの?
もう、みんな、うるさい!
私は私。好きに生きさせてよね。
この世のしがらみというものは、20代後半女子であっても放っておいてはくれないものだ。
彼氏なんていなくても。結婚なんてしてなくても。楽しければいいじゃない。仕事が楽しくて趣味も充実してればそれで私の人生は満足だった。
私の人生に彩りをくれる、その人。
その人に、私はどうやら巡り合わないといけないらしい。
⭐︎素敵な表紙は仲良しの漫画家さんに描いて頂きました。著作権保護の為、無断転載はご遠慮ください。
⭐︎この作品はエブリスタでも投稿しています。
課長と私のほのぼの婚
藤谷 郁
恋愛
冬美が結婚したのは十も離れた年上男性。
舘林陽一35歳。
仕事はできるが、ちょっと変わった人と噂される彼は他部署の課長さん。
ひょんなことから交際が始まり、5か月後の秋、気がつけば夫婦になっていた。
※他サイトにも投稿。
※一部写真は写真ACさまよりお借りしています。
工場夜景
藤谷 郁
恋愛
結婚相談所で出会った彼は、港の製鉄所で働く年下の青年。年齢も年収も関係なく、顔立ちだけで選んだ相手だった――仕事一筋の堅物女、松平未樹。彼女は32歳の冬、初めての恋を経験する。
You Could Be Mine ぱーとに【改訂版】
てらだりょう
恋愛
高身長・イケメン・優しくてあたしを溺愛する彼氏はなんだかんだ優しいだんなさまへ進化。
変態度も進化して一筋縄ではいかない新婚生活は甘く・・・はない!
恋人から夫婦になった尊とあたし、そして未来の家族。あたしたちを待つ未来の家族とはいったい??
You Could Be Mine【改訂版】の第2部です。
↑後半戦になりますので前半戦からご覧いただけるとよりニヤニヤ出来るので是非どうぞ!
※ぱーといちに引き続き昔の作品のため、現在の状況にそぐわない表現などございますが、設定等そのまま使用しているためご理解の上お読みいただけますと幸いです。
美しき造船王は愛の海に彼女を誘う
花里 美佐
恋愛
★神崎 蓮 32歳 神崎造船副社長
『玲瓏皇子』の異名を持つ美しき御曹司。
ノースサイド出身のセレブリティ
×
☆清水 さくら 23歳 名取フラワーズ社員
名取フラワーズの社員だが、理由があって
伯父の花屋『ブラッサムフラワー』で今は働いている。
恋愛に不器用な仕事人間のセレブ男性が
花屋の女性の夢を応援し始めた。
最初は喧嘩をしながら、ふたりはお互いを認め合って惹かれていく。
距離感ゼロ〜副社長と私の恋の攻防戦〜
葉月 まい
恋愛
「どうするつもりだ?」
そう言ってグッと肩を抱いてくる
「人肌が心地良くてよく眠れた」
いやいや、私は抱き枕ですか!?
近い、とにかく近いんですって!
グイグイ迫ってくる副社長と
仕事一筋の秘書の
恋の攻防戦、スタート!
✼••┈•• ♡ 登場人物 ♡••┈••✼
里見 芹奈(27歳) …神蔵不動産 社長秘書
神蔵 翔(32歳) …神蔵不動産 副社長
社長秘書の芹奈は、パーティーで社長をかばい
ドレスにワインをかけられる。
それに気づいた副社長の翔は
芹奈の肩を抱き寄せてホテルの部屋へ。
海外から帰国したばかりの翔は
何をするにもとにかく近い!
仕事一筋の芹奈は
そんな翔に戸惑うばかりで……
〜仕事も恋愛もハードモード!?〜 ON/OFF♡オフィスワーカー
i.q
恋愛
切り替えギャップ鬼上司に翻弄されちゃうオフィスラブ☆
最悪な失恋をした主人公とONとOFFの切り替えが激しい鬼上司のオフィスラブストーリー♡
バリバリのキャリアウーマン街道一直線の爽やか属性女子【川瀬 陸】。そんな陸は突然彼氏から呼び出される。出向いた先には……彼氏と見知らぬ女が!? 酷い失恋をした陸。しかし、同じ職場の鬼課長の【榊】は失恋なんてお構いなし。傷が乾かぬうちに仕事はスーパーハードモード。その上、この鬼課長は————。
数年前に執筆して他サイトに投稿してあったお話(別タイトル。本文軽い修正あり)
久我くん、聞いてないんですけど?!
桜井 恵里菜
恋愛
愛のないお見合い結婚
相手はキモいがお金のため
私の人生こんなもの
そう思っていたのに…
久我くん!
あなたはどうして
こんなにも私を惑わせるの?
━━ʚ♡ɞ━━ʚ♡ɞ━━ʚ♡ɞ━━
父の会社の為に、お見合い結婚を決めた私。
同じ頃、職場で
新入社員の担当指導者を命じられる。
4歳も年下の男の子。
恋愛対象になんて、なる訳ない。
なのに…?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる