一億円の花嫁

藤谷 郁

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守ってあげたい

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「雪の湖で奈々子と出会い、あのつぶやきがきっかけで関心を持った。しかし、その時点ではまだ、君のことを何も知らない。だからディナーに誘ったのさ」

『キング』と遭遇した私は気を失い、彼に運ばれてホテルに戻った。
 そして、キングと同一人物だと気づかぬまま、織人さんと夕食をともにしたのだ。
 私も、何も知らなかった。

「で、奈々子は俺のわがままで強引な誘いを受け入れ、部屋に来てくれたわけだが、怖がっているように見えた。まあ、俺の全裸に腰を抜かすくらいだから、純情なのは分かってたけどね。それにしてもオドオドしてるから、可愛いと感じたよ」
「可愛い?」
「うん。頼りなさそうなところが、俺の保護欲を刺激した。守ってあげたいってね」
「あ……」

 織人さんはヒーロー体質だと翼さんが言っていた。それに、羽根田社長も……

ーー『守ってあげたくなるような、可愛らしい女性だ』
 
 そんな風に見られていたとは、なんだか照れてしまう。あの時の私は、ただただ織人さんに見惚れていた。

「だが話してみると、意外なほど手応えがある。物知りだし、ロマンス小説だけでなく、本をたくさん読んでるのが想像できた。あと、会話が途切れないのは君が聞き上手だからだと気づいて、感心したなあ」
「そんな……織人さんがリードしてくれたからです」
「いや、リードしなくても会話が弾んだ。いずれにせよ、俺たちは相性が良い」

 織人さんがにこりとする。
 私は嬉しくなり、釣られて微笑む。

「でも、奈々子は楽しそうにしながら、どこか元気がなかった。ふとした仕草に表れるというか」
「えっ」

 そういえば、彼は翌日のデートで、元気のない私に気づいてボディガードを申し出たと打ち明けてくれた。
 
「そんなにも、私のことを見ていてくれたんですね」

 感激する私に、織人さんがうなずく。

「たぶん、その時にはもう奈々子に惚れていた。ほんの数時間、食事をともにしただけの相手に心を持っていかれるなんて初めてで、かなり動揺したよ。まだ離れたくない。このままお別れなんて絶対にダメだ。悩みを抱えているなら俺が取り除いてやる。こんなに可愛い人を放っておけない……あれこれ考えるうちに、守ってあげたくてたまらなくなった」
「織人さん……」

 そんなにも早い段階で、私のことを?
 目で問うと、彼は続けた。

「惚れた……って言うか、もう結婚だろこれって考えてたな」
「ええっ?」

 またしても驚かされる。
 私には想像もつかないようなスピード。織人さんの気持ちは、計測不可能な速さで進んでいたのだ。

「でさ、次の日、ロビーに現れた奈々子を見て、あまりにも可愛くて……この思いはホンモノだと確信したわけよ」

 思い返せば、織人さんは何度も「可愛い」と呟いていた。私はでも、聞き間違いか、動物を可愛いというのと同義だと思い込んだ。
 だって、あり得ないから。
 
「本当に私を、か……可愛いと感じたのですか?」

 思わず確かめると、織人さんが目をキッとさせて、

「決まってるだろう! 奈々子が可愛すぎて、俺はデートの最中、鼻血が出そうなのをずーっと堪えてたんだぞ?」
「は、鼻血?」

 そんな風にぜんぜん見えなかった。織人さんは完璧な王子様だったから。

「それは、えっと……大変でしたね」
「ああ、大変だったぜ。でもな、最高の気分だった。可愛い君とデートしながらボディガードも出来て、マジで最高の気分! だから暗くなっても帰りたくなくてさ、山の上に誘ったんだ。見せたいものがあったし」

 鮮やかに蘇る。
 ゴンドラで山に上り、イルミネーションの遊歩道を寄り添い歩いた。それから、満天の星を眺め、絶景温泉を見せてくれて……

 織人さんも記憶をたどり、当時の心境を教えてくれた。

「奈々子はゴンドラに乗って、嬉しそうだったなあ。高いところは平気とか、意外な一面がまた可愛くてさ。そうそう、スポーツが苦手なところにも保護欲をそそられて堪らなかったよお。とにかく奈々子のやることなすこと全部が、可愛くて可愛くて」
「そ、そうだったんですね」

 なんだかもう、織人さんの愛情に溺れそう。全肯定もここまで来ると、怖いくらい。

「でも、二人で星を見ながら、焦ってきたんだ。このまま呑気にデートして終わるわけにいかない。プロポーズするつもりだったからな」
「プロ……」

 ということは、本当に結婚すると決めていたのだ。好きになってくれたのと、ほぼ同時に。

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