一億円の花嫁

藤谷 郁

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守ってあげたい

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 ~一生に一度、ロマンス小説のような恋愛ができたら――例えば、彼のような人と。一夜限りでもいいから、忘れられない経験をこの身に刻んで~

 『まゆき』のラウンジで初めて彼を見たとき、そんな妄想をした。
 まさか、本当に結ばれる日が来るなんて思ってもみず。

 今、私は満たされている。
 ロマンス小説の王道ではなく、理想どおりの王子様とも少し違うけれど、妄想を超えるときめきがあった。


 時計を見ると、午前4時。
 まだ外は暗い。

 望みを果たした彼が、寝息を立てている。
 淡い照明に浮かぶ、美しく完璧な鼻梁。呼吸に合わせて上下する厚い胸板。
 私は隣に横たわり、永遠に見惚れてしまいそうになる。

「織人さん……」

 絶対に無理だと思った。外見と中身のギャップにびっくりして、混乱して……でも、そばにいるといつも明るい気持ちになった。なにより安心できた。
 わがままで、強引で、だけど誰よりあたたかな人。
 野性味あふれる王子様が、今は愛しい。

「ん……」

 寝返りを打ち、こちらを向いた。
 じっと見ていると彼の長い睫毛が震え、ゆっくりと瞼がひらく。

「あれ、奈々子……?」
「おはよう、織人さん」
「……!」

 いきなり起き上がり、目をゴシゴシとこすった。それから、信じられないといった顔になる。

「そ、そうか。俺と奈々子は昨夜、ついに結ばれたんだな。ついに……」
「お、織人さん?」

 再びベッドに倒れ、思いきり私を抱きしめた。

「はあぁ~……夢みたいだ。そうだよなあ、結ばれたんだよ奈々子と。もう可愛くて可愛くて、なかなか終われなくて、でも初めての君が壊れないようセーブするのが大変だった」
「な、何を言って……」

 生々しいセリフに反応し、体が熱くなる。
 
「本当だぜ? 奈々子への愛情は、まだまだあんなものじゃない。覚悟してくれよ?」
「そ……そうなんですか?」

 絹のパジャマ越しに、彼の熱を感じる。私はドキドキしながら思い出した。



 結ばれたあと、織人さんは力尽きたようにぐったりしていた。あれは、セーブによる消耗だったのだ。

 汗をたくさんかいて、二人でお風呂に入って……だけどその頃にはもう、彼は元気を取り戻し、私のことを気遣ってばかりいた。
 たぶん、体への負担を心配してくれたのだろう。
 
 そして寝室に戻ると、織人さんがベッドのシーツをテキパキと交換し、二人くっついて横になった。
 たぶん、睦言を交わしたけれど、よく覚えていない。私はウトウトし始めて、眠ってしまったのだ。



「4時か……起きるには早い時間だな。もう一眠りするか?」

 彼の腕枕に甘えながら、私は「ううん」と首を振る。

「もう眠くない。このまま、お喋りしたい」
「いいね。俺も目が覚めてきた」

 優しく微笑み、額にキスをくれた。
 
「お喋りのテーマは?」
「あのね……」

 私は思い出した。
 さっき後回しにしたこと。やっぱり聞いておきたい。

「テーマは、織人さんの気持ちです。いつ、どのタイミングで私を好きになってくれたのか……結婚すると決めたのか、知りたい」
「えっ?」

 目をぱちくりとさせた。

「い、いいけど。なんでまた……」
「教えて」

 いつになく積極的な私に、彼が戸惑う。無防備な顔が、なんだか可愛い。

「分かった。かなり照れくさいけど、答えてあげよう」

 素直にうなずき、耳を澄ます。
 彼の穏やかな声が私を包み込んだ。

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