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駅前のスーパーは閉まっているので、向かいのコンビニで買い物した。
「朝食用のクロワッサンと、牛乳と……」
最後にデザートを選ぶ。好物のみかんゼリーは売り切れだった。仕方ないのでぶどうゼリーをカゴに入れて、レジに向かう。
「あっ……」
弁当コーナーの前に、大柄な男が立っている。ぼさぼさ頭とくたびれたジャンパーを見て私は反射的に身構えるが、すぐに力を抜いた。
てっきりあの男だと思った。
でもよく見ると違う。ぼさぼさ頭は一致するが、ジャンパーに柄が入っている。このデザインは、二年ほど前に大ヒットし、今も熱狂的なファンを持つアニメのキャラクターだ。関連書籍の売上げが半端なかったので、よく覚えている。
そしてこの人は、作業着ではなく黒のスウエットを内側に着て、眼鏡をかけている。
がっしりコワモテ男の対極に位置する、ぽっちゃりオタクというタイプだ。
驚いた反動で、ついじろじろと眺め回してしまった。
オタク風の男性は視線を感じたのか、困ったように顔を背け、横歩きで移動していく。
「すっ、すみません」
私は無礼を詫びると、慌ててレジに並んだ。
神経質になりすぎて、挙動不審になっている。自覚するよりもずっと、不安が大きいのだ。
明るい店内から外に出ると、思いのほか暗い夜が広がっていた。私は孤独感に襲われ、ふたたび心細くなる。
アパートへと続く道をとぼとぼ歩き出し、気が付くと水樹さんに電話をかけていた。
『はい、水樹です』
彼はすぐに応答した。あまりの早さに、私はうろたえてしまう。
「あっ、あの、突然すみません。私、一条春菜ですっ」
『こんばんは。電話、待ってたよ』
低く、囁くような声。
私は目の前が一気に明るくなるのを感じた。まぶしくて、何も見えないくらいに――
『もしもし、一条さん?』
「は、はいっ。ごめんなさい」
夜の住宅街。家々の窓から漏れる明かりが、道を淡く照らす。
心細さはたちまち消え去り、希望が湧いてきた。
水樹さんの声を聞いただけなのに。
「今、仕事の帰り道なんです」
『そうなんだ。遅くまでお疲れ様です。そういう僕も、今帰ったところだけど』
どうやら彼のシフトは遅番だ。だから、今朝会えなかったのだと納得する。
「水樹さんも、お疲れ様です。えっと……」
私は、いざ話そうとして口ごもる。
どうしていきなり電話をかけたのだろう。何も考えず、まったくの無意識だった。
食事の約束をしようにも、シフト表を確認しなければ、はっきりとした日時を伝えられない。
もっと落ち着いてから連絡するつもりだったのに。
(ううっ……私ったら)
他の用件を思い付かず焦っていると、水樹さんが話し始めた。とても優しい口調で。
『一条さんは電車通勤だよね。家は遠いの?』
「えっ? いえ、最寄り駅は城田町の緑大学前駅ですから、近いです」
『ふうん。僕は徒歩通勤なんだ。本町駅から十分くらいのマンションに住んでる』
「そうなんですね」
私は興奮した。
知りたかった彼の個人情報を、本人が教えてくれている。
「ほっ、本町駅の近くというのは、いいですね。通勤に便利だし、街だから夜も明るくて、スーパーも遅くまで開いてるだろうし」
自分が何を喋っているのか分からない。水樹さんと話せることが嬉しすぎて、舞い上がってしまう。
『まあ、そうだな。でも、城田町も大学の町って感じで、賑やかなイメージがあるけど』
水樹さんは、城田町をよく知らないようだ。彼も転勤して間もないのかなと、ふと思った。
『ところで一条さん。今、帰り道と言ったね。ひょっとして、駅からアパートまで歩いてるところかな』
「ええ、実はそうなんです。あの……」
「……」
水樹さんは黙った。私が何か言うのを待つように。
メゾン城田が見えてきた。
公園の脇に、車が一台停まっている。ナンバープレートの数字は「・810」
私は、集合ポストのダイヤルを連想した。
数秒の沈黙の後、水樹さんの真面目な声が耳に響いた。
『君が電話してきたのは、食事の約束をするためじゃない。何かあったのか?』
エントランスの前で立ち止まる。
バッグの中の、レポート用紙を強く意識した。
「それは……」
苦情の件を、言ってしまいたい衝動に駆られる。水樹さんなら、助けてくれるかもしれない。でも――
すんでのところで思いとどまる。
付き合ってもいない男性に頼るのは、さすがに気が引けた。それに、私は一人前の大人であり、まず、自力で解決する努力をするべきだ。
「いえ 、特に何も。すみません、シフト表をもらったので、食事の予定はまたメールで連絡しますと、お伝えしたかったのです」
不自然な理由だが、他に思い付かなかった。
水樹さんはしかし深く追及せず、しばし間を開けてから「分かった」と、返事してくれた。
「朝食用のクロワッサンと、牛乳と……」
最後にデザートを選ぶ。好物のみかんゼリーは売り切れだった。仕方ないのでぶどうゼリーをカゴに入れて、レジに向かう。
「あっ……」
弁当コーナーの前に、大柄な男が立っている。ぼさぼさ頭とくたびれたジャンパーを見て私は反射的に身構えるが、すぐに力を抜いた。
てっきりあの男だと思った。
でもよく見ると違う。ぼさぼさ頭は一致するが、ジャンパーに柄が入っている。このデザインは、二年ほど前に大ヒットし、今も熱狂的なファンを持つアニメのキャラクターだ。関連書籍の売上げが半端なかったので、よく覚えている。
そしてこの人は、作業着ではなく黒のスウエットを内側に着て、眼鏡をかけている。
がっしりコワモテ男の対極に位置する、ぽっちゃりオタクというタイプだ。
驚いた反動で、ついじろじろと眺め回してしまった。
オタク風の男性は視線を感じたのか、困ったように顔を背け、横歩きで移動していく。
「すっ、すみません」
私は無礼を詫びると、慌ててレジに並んだ。
神経質になりすぎて、挙動不審になっている。自覚するよりもずっと、不安が大きいのだ。
明るい店内から外に出ると、思いのほか暗い夜が広がっていた。私は孤独感に襲われ、ふたたび心細くなる。
アパートへと続く道をとぼとぼ歩き出し、気が付くと水樹さんに電話をかけていた。
『はい、水樹です』
彼はすぐに応答した。あまりの早さに、私はうろたえてしまう。
「あっ、あの、突然すみません。私、一条春菜ですっ」
『こんばんは。電話、待ってたよ』
低く、囁くような声。
私は目の前が一気に明るくなるのを感じた。まぶしくて、何も見えないくらいに――
『もしもし、一条さん?』
「は、はいっ。ごめんなさい」
夜の住宅街。家々の窓から漏れる明かりが、道を淡く照らす。
心細さはたちまち消え去り、希望が湧いてきた。
水樹さんの声を聞いただけなのに。
「今、仕事の帰り道なんです」
『そうなんだ。遅くまでお疲れ様です。そういう僕も、今帰ったところだけど』
どうやら彼のシフトは遅番だ。だから、今朝会えなかったのだと納得する。
「水樹さんも、お疲れ様です。えっと……」
私は、いざ話そうとして口ごもる。
どうしていきなり電話をかけたのだろう。何も考えず、まったくの無意識だった。
食事の約束をしようにも、シフト表を確認しなければ、はっきりとした日時を伝えられない。
もっと落ち着いてから連絡するつもりだったのに。
(ううっ……私ったら)
他の用件を思い付かず焦っていると、水樹さんが話し始めた。とても優しい口調で。
『一条さんは電車通勤だよね。家は遠いの?』
「えっ? いえ、最寄り駅は城田町の緑大学前駅ですから、近いです」
『ふうん。僕は徒歩通勤なんだ。本町駅から十分くらいのマンションに住んでる』
「そうなんですね」
私は興奮した。
知りたかった彼の個人情報を、本人が教えてくれている。
「ほっ、本町駅の近くというのは、いいですね。通勤に便利だし、街だから夜も明るくて、スーパーも遅くまで開いてるだろうし」
自分が何を喋っているのか分からない。水樹さんと話せることが嬉しすぎて、舞い上がってしまう。
『まあ、そうだな。でも、城田町も大学の町って感じで、賑やかなイメージがあるけど』
水樹さんは、城田町をよく知らないようだ。彼も転勤して間もないのかなと、ふと思った。
『ところで一条さん。今、帰り道と言ったね。ひょっとして、駅からアパートまで歩いてるところかな』
「ええ、実はそうなんです。あの……」
「……」
水樹さんは黙った。私が何か言うのを待つように。
メゾン城田が見えてきた。
公園の脇に、車が一台停まっている。ナンバープレートの数字は「・810」
私は、集合ポストのダイヤルを連想した。
数秒の沈黙の後、水樹さんの真面目な声が耳に響いた。
『君が電話してきたのは、食事の約束をするためじゃない。何かあったのか?』
エントランスの前で立ち止まる。
バッグの中の、レポート用紙を強く意識した。
「それは……」
苦情の件を、言ってしまいたい衝動に駆られる。水樹さんなら、助けてくれるかもしれない。でも――
すんでのところで思いとどまる。
付き合ってもいない男性に頼るのは、さすがに気が引けた。それに、私は一人前の大人であり、まず、自力で解決する努力をするべきだ。
「いえ 、特に何も。すみません、シフト表をもらったので、食事の予定はまたメールで連絡しますと、お伝えしたかったのです」
不自然な理由だが、他に思い付かなかった。
水樹さんはしかし深く追及せず、しばし間を開けてから「分かった」と、返事してくれた。
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