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「一条さん、お昼ご一緒しませんか」
昼休憩に行こうとする私に、古池店長が声をかけた。
「あれっ、今日は珍しいですね」
店長は手にコンビニ袋を提げている。いつもは奥さんの手作り弁当を持参し、事務所で食事するのが彼の習慣だ。
「妻が風邪を引いて、寝込んでしまって。鬼の霍乱というやつです」
「またまた、何を仰いますやら」
店長が愛妻家なのは、スタッフから聞いてよく知っている。奥さんは家庭的で、優しい人だそうだ。
「そんなわけで、今日は休憩室で食べようかなと。再来月のフェアについて、一条さんに相談したいことがありますし」
「分かりました。では、行きましょうか」
私と店長は連れ立って事務所を出た。
休憩室は、わりとこみ合っていた。私はいつものくせで水樹さんを探すが、見当たらなかった。
水樹さんは休憩室を使わないのかもしれない。今まで一度も会ったことがないのだ。それどころか、出勤初日に出会ったきりで、行き帰りもすれ違いが続いている。
(まるで避けられてるような……)
いや、そんなことはない。水樹さんは私に好意的だし、避ける理由がない。
おかしな考えは一笑に付し、店長とテーブルで向き合う。
「えっ、ライトノベルのフェアですか」
「はい。創刊五周年を迎えるガッツノベルを中心に、大規模に催すつもりです。どんな構成にすればいいのか、一条さんのアイデアをお聞きしたいなあと思って」
店長は美味しそうにカツサンドを頬張る。何のこだわりもない、明るい表情だ。
「でも、ライトノベルは土屋さんの担当ですよね。まず、チーフの意見を聞いてみないことには」
「もちろん、土屋さんにも企画を出してもらいます。だけど、ここのところ彼女のアイデアはマンネリ気味で、売上げがさほど伸びないんです」
私は箸を止めて、店長のにこやかな顔を見返す。この人は、見かけによらず策士である。
「私と競合させて、刺激を与えるわけですね」
「さすが、はっきり言いますねえ」
負けず嫌いの土屋さんのことだ。ライバル視する私のアイデアなど認めず、もっと斬新な発想を打ち出すだろう。
「他のスタッフにも、良い影響が出ると思います。若い副店長ならではの、フレッシュな改革を期待していますよ」
「はあ」
なるほど、そうきたか。
しかし、あの土屋さんを刺激するのは、正直気が進まない。ただでさえ彼女は、何かと張り合ってくるのだ。いちいち反発してくるし、無駄に疲れてしまう。
「お願いできませんかねえ」
面倒見の良い店長に、普段助けてもらっている。こんな風に頼まれては、嫌と言えない。
「承知しました。アイデアを練って、土屋さんと相談してみます」
「ありがとう! 一条さんなら引き受けてくれると、信じていましたよ」
店長は喜び、テーブル越しに私の手を握った。
「お、大げさですよ。仕事ですから、引き受けるに決まってます」
私は周りの目を気にして、それとなく手を引っ込めた。店長に他意はないだろうが、ちょっと恥ずかしい。
「あっ、ちょっと失礼」
店長のスマートフォンが鳴った。
奥さんからの電話のようで、具合はどう? などと話している。優しい口ぶりから、妻を労わる気持ちが伝わってくる。
「えっ、また102号室の富田さんから電話? 夜中に騒ぐ隣の学生がうるさいと……最近苦情が多くて、親父も大変だなあ」
会話の内容に、おやっと思う。気になるフレーズが聞こえた。
「どうもすみません、食事中に」
「いえ、もう食べ終わりましたので……奥様からですか」
「はい。熱が下がって、だいぶ具合が良くなったみたいです。事務所から電話してきました」
「事務所?」
古池店長の父親は、アパートを複数経営する大家さんだそうだ。実家に同居する奥さんは、事務員とのこと。
「事務所といっても、居間の隅に事務机を置いただけのものですが」
店長は決まり悪そうに頭を掻いた。
「そうだったんですか。知りませんでした」
「私は経営に関っていませんからね。スタッフも一部の者しか知りません」
空の弁当箱をバッグに仕舞いながら、私は考える。
アパート経営に関わっていなくとも、何かアドバイスがもらえるかもしれない。大家を父親に持つ彼なら……
「店長、あのう……少し、聞いていただきたいことが」
「はい?」
私は、まだ誰にも話したことのない現状を、店長に相談した。
隣人からクレームをもらった件について。
昼休憩に行こうとする私に、古池店長が声をかけた。
「あれっ、今日は珍しいですね」
店長は手にコンビニ袋を提げている。いつもは奥さんの手作り弁当を持参し、事務所で食事するのが彼の習慣だ。
「妻が風邪を引いて、寝込んでしまって。鬼の霍乱というやつです」
「またまた、何を仰いますやら」
店長が愛妻家なのは、スタッフから聞いてよく知っている。奥さんは家庭的で、優しい人だそうだ。
「そんなわけで、今日は休憩室で食べようかなと。再来月のフェアについて、一条さんに相談したいことがありますし」
「分かりました。では、行きましょうか」
私と店長は連れ立って事務所を出た。
休憩室は、わりとこみ合っていた。私はいつものくせで水樹さんを探すが、見当たらなかった。
水樹さんは休憩室を使わないのかもしれない。今まで一度も会ったことがないのだ。それどころか、出勤初日に出会ったきりで、行き帰りもすれ違いが続いている。
(まるで避けられてるような……)
いや、そんなことはない。水樹さんは私に好意的だし、避ける理由がない。
おかしな考えは一笑に付し、店長とテーブルで向き合う。
「えっ、ライトノベルのフェアですか」
「はい。創刊五周年を迎えるガッツノベルを中心に、大規模に催すつもりです。どんな構成にすればいいのか、一条さんのアイデアをお聞きしたいなあと思って」
店長は美味しそうにカツサンドを頬張る。何のこだわりもない、明るい表情だ。
「でも、ライトノベルは土屋さんの担当ですよね。まず、チーフの意見を聞いてみないことには」
「もちろん、土屋さんにも企画を出してもらいます。だけど、ここのところ彼女のアイデアはマンネリ気味で、売上げがさほど伸びないんです」
私は箸を止めて、店長のにこやかな顔を見返す。この人は、見かけによらず策士である。
「私と競合させて、刺激を与えるわけですね」
「さすが、はっきり言いますねえ」
負けず嫌いの土屋さんのことだ。ライバル視する私のアイデアなど認めず、もっと斬新な発想を打ち出すだろう。
「他のスタッフにも、良い影響が出ると思います。若い副店長ならではの、フレッシュな改革を期待していますよ」
「はあ」
なるほど、そうきたか。
しかし、あの土屋さんを刺激するのは、正直気が進まない。ただでさえ彼女は、何かと張り合ってくるのだ。いちいち反発してくるし、無駄に疲れてしまう。
「お願いできませんかねえ」
面倒見の良い店長に、普段助けてもらっている。こんな風に頼まれては、嫌と言えない。
「承知しました。アイデアを練って、土屋さんと相談してみます」
「ありがとう! 一条さんなら引き受けてくれると、信じていましたよ」
店長は喜び、テーブル越しに私の手を握った。
「お、大げさですよ。仕事ですから、引き受けるに決まってます」
私は周りの目を気にして、それとなく手を引っ込めた。店長に他意はないだろうが、ちょっと恥ずかしい。
「あっ、ちょっと失礼」
店長のスマートフォンが鳴った。
奥さんからの電話のようで、具合はどう? などと話している。優しい口ぶりから、妻を労わる気持ちが伝わってくる。
「えっ、また102号室の富田さんから電話? 夜中に騒ぐ隣の学生がうるさいと……最近苦情が多くて、親父も大変だなあ」
会話の内容に、おやっと思う。気になるフレーズが聞こえた。
「どうもすみません、食事中に」
「いえ、もう食べ終わりましたので……奥様からですか」
「はい。熱が下がって、だいぶ具合が良くなったみたいです。事務所から電話してきました」
「事務所?」
古池店長の父親は、アパートを複数経営する大家さんだそうだ。実家に同居する奥さんは、事務員とのこと。
「事務所といっても、居間の隅に事務机を置いただけのものですが」
店長は決まり悪そうに頭を掻いた。
「そうだったんですか。知りませんでした」
「私は経営に関っていませんからね。スタッフも一部の者しか知りません」
空の弁当箱をバッグに仕舞いながら、私は考える。
アパート経営に関わっていなくとも、何かアドバイスがもらえるかもしれない。大家を父親に持つ彼なら……
「店長、あのう……少し、聞いていただきたいことが」
「はい?」
私は、まだ誰にも話したことのない現状を、店長に相談した。
隣人からクレームをもらった件について。
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