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正義の使者〈2〉
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明日、水野さんに相談してみよう。水野さんも鳥宮のサンダルに疑問を持っていたし、何か気づくことがあるかもしれない。
俺はそう決めると、緑署を出て寮に向かった。寮は徒歩十分の近場にある。住宅の並ぶ道には人影がなく、冷たい雨が降り続いていた。
「ホントに今年は雨が多いな。温暖化の影響か」
独り言をつぶやいていると携帯電話が鳴った。発信者を確かめて「あっ」と思う。今の今まですっかり忘れていた。
寮はすぐそこだが、立ち止まって応答する。
『こんばんは、東松。今日はお休みだったみたいね。何して遊んだの!?』
いきなり突っ込んできた。この勢いで犯人を追い詰めているのだろうなと、変に感心する。
「すみません、瀬戸さん。わざわざ署にいらしたそうで。さっき同僚から聞きました」
『えっ、休みじゃなかったの?』
「いえ、今日は買い物に出かけてました。途中で少し気になることがあったんで署に寄ったんです」
『ふうん。買い物は一人で?』
まるで取り調べだ。答える義務もないので、逆に用件を聞く。
「そんなことより、何か用事でもあったんですか」
まさか同僚の軽口どおり、俺をデートに誘うために来たのではあるまい。瀬戸さんはふざけているようで、線引きはきちんとする人だ。
『そうそう。あのさ、この前の話、思い出したよ』
「この前の話?」
『ほら、城田町のアパートで起きた転落事故よ。亡くなった男が隣室の女性に出したっていう苦情の紙! 証拠品の写真を私に見せたでしょ』
俺ははっとする。一条春菜から預かった苦情の紙だ。そういえば、瀬戸さんがどこかで見たことがあると言っていた。
「どこで見たのか思い出したんですか」
『うん。正確に言うと、見たのではなく聞いたんだけど。B5のレポート用紙に殴り書きの文字で、「うるさいぞ」って書いてあったのよね。赤色のペンで』
「そうです」
傘を叩く雨の音がじゃまだ。俺は携帯を構え直し、耳に神経を集中させる。
『二年くらい前に、捜査のことで群馬県警の所轄を訪ねたことがあるの。そのときお世話になった人から聞いたのよ。見たのではなく、聞いた話だったからすぐに思い出せなかったわけ』
瀬戸さんの口調が興奮してきた。俺も釣られてそわそわしてくる。
『その人は当時、アパートの隣人トラブルが原因で起きた殺人事件を担当してたのね。私は自分の仕事で頭がいっぱいだったから半分聞き流してたんだけど、記憶の底に残ってたみたい。今思い出すとシチュエーションがよく似てるんだわ』
「城田町の、鳥宮の件にですか?」
『うん。でも、たまたま状況が似てただけかもしれない。隣人トラブルによる事件なんて珍しくもないし。だから、東松に報告するほどでもないかなと思ったんだけど、一応確かめてみたわよ』
「えっ? その、所轄の担当者にですか?」
『ええ。事件の詳しい話と、苦情の紙についてね』
この人は根っからの捜査員気質なのだ。俺は感心するとともに、先輩刑事としての親切をありがたく思った。
『事件が起きたのは二年前の春。被疑者は大学生で、被害者は会社員の若い女性。大学生は隣人の生活音がうるさいといって、事件前に苦情を入れていた。その方法が、レポート用紙に文句を書いてポストに入れるっていうやり方で、しかも真っ赤なペンを使ってたらしいのよ』
「B5のレポート用紙に赤色のペンで、うるさいぞと、殴り書きで……」
「ええ。そして被疑者は被害者の部屋に、ベランダから侵入している」
鼓動が速くなる。
一体、どういうことだ。
二年前に別の場所で発生した殺人事件と、鳥宮の転落死が関係あるということか。だけど、なぜそんなシンクロが起きるのだろう。
『東松。これは偶然じゃないよ。鳥宮の転落死はどう考えてもただの事故とは思えない』
瀬戸さんの厳しい声音が、俺を緊張させた。
「瀬戸さん。実は俺、鳥宮の転落死に、とある人物が関わっているのではないかと疑っています。突飛な話なんですが、よければ今度聞いてもらえませんか」
俺の発言に瀬戸さんが黙り込む。何か考えているのだ。じっと待っていると……
『時と場所を隔てた類似事件か。今すごく忙しいんだけど、興味があるし、何より東松の頼みだからねえ……いいよ、一度会って話しましょう』
「ありがとうございます!」
携帯を強く握りしめる。瀬戸さんに協力してもらえるなら百人力だ。
『ま、最初からそのつもりで、わざわざ会いに行ったんだけどね』
「えっ?」
『ううん、何でもない。ところで水野さんには相談したの?』
瀬戸さんは声の調子を変えて、話を続けた。
「あ、いえ、まだです。明日相談しようと思ってたところなんで」
『そっか。なら、水野さんにも声をかけてくれる? 初動捜査は彼が担当したのよね』
「はい。水野さんは初めから関わってるし、俺と同じく、鳥宮の転落死に疑問を持っています」
『よし、三人で会って情報を共有しましょう。その上で捜査の必要があるかどうか判断すればいいわ』
日時が決まったら連絡してと瀬戸さんが言い、通話を切った。
「群馬県で起きた殺人事件か」
思いもよらないところから、重要な情報がもたらされた。
だけど、あの男が関わっているかどうか分からない。俺はまだ彼について、「ともやさん」という名前以外、何も知らないのだ。
俺はそう決めると、緑署を出て寮に向かった。寮は徒歩十分の近場にある。住宅の並ぶ道には人影がなく、冷たい雨が降り続いていた。
「ホントに今年は雨が多いな。温暖化の影響か」
独り言をつぶやいていると携帯電話が鳴った。発信者を確かめて「あっ」と思う。今の今まですっかり忘れていた。
寮はすぐそこだが、立ち止まって応答する。
『こんばんは、東松。今日はお休みだったみたいね。何して遊んだの!?』
いきなり突っ込んできた。この勢いで犯人を追い詰めているのだろうなと、変に感心する。
「すみません、瀬戸さん。わざわざ署にいらしたそうで。さっき同僚から聞きました」
『えっ、休みじゃなかったの?』
「いえ、今日は買い物に出かけてました。途中で少し気になることがあったんで署に寄ったんです」
『ふうん。買い物は一人で?』
まるで取り調べだ。答える義務もないので、逆に用件を聞く。
「そんなことより、何か用事でもあったんですか」
まさか同僚の軽口どおり、俺をデートに誘うために来たのではあるまい。瀬戸さんはふざけているようで、線引きはきちんとする人だ。
『そうそう。あのさ、この前の話、思い出したよ』
「この前の話?」
『ほら、城田町のアパートで起きた転落事故よ。亡くなった男が隣室の女性に出したっていう苦情の紙! 証拠品の写真を私に見せたでしょ』
俺ははっとする。一条春菜から預かった苦情の紙だ。そういえば、瀬戸さんがどこかで見たことがあると言っていた。
「どこで見たのか思い出したんですか」
『うん。正確に言うと、見たのではなく聞いたんだけど。B5のレポート用紙に殴り書きの文字で、「うるさいぞ」って書いてあったのよね。赤色のペンで』
「そうです」
傘を叩く雨の音がじゃまだ。俺は携帯を構え直し、耳に神経を集中させる。
『二年くらい前に、捜査のことで群馬県警の所轄を訪ねたことがあるの。そのときお世話になった人から聞いたのよ。見たのではなく、聞いた話だったからすぐに思い出せなかったわけ』
瀬戸さんの口調が興奮してきた。俺も釣られてそわそわしてくる。
『その人は当時、アパートの隣人トラブルが原因で起きた殺人事件を担当してたのね。私は自分の仕事で頭がいっぱいだったから半分聞き流してたんだけど、記憶の底に残ってたみたい。今思い出すとシチュエーションがよく似てるんだわ』
「城田町の、鳥宮の件にですか?」
『うん。でも、たまたま状況が似てただけかもしれない。隣人トラブルによる事件なんて珍しくもないし。だから、東松に報告するほどでもないかなと思ったんだけど、一応確かめてみたわよ』
「えっ? その、所轄の担当者にですか?」
『ええ。事件の詳しい話と、苦情の紙についてね』
この人は根っからの捜査員気質なのだ。俺は感心するとともに、先輩刑事としての親切をありがたく思った。
『事件が起きたのは二年前の春。被疑者は大学生で、被害者は会社員の若い女性。大学生は隣人の生活音がうるさいといって、事件前に苦情を入れていた。その方法が、レポート用紙に文句を書いてポストに入れるっていうやり方で、しかも真っ赤なペンを使ってたらしいのよ』
「B5のレポート用紙に赤色のペンで、うるさいぞと、殴り書きで……」
「ええ。そして被疑者は被害者の部屋に、ベランダから侵入している」
鼓動が速くなる。
一体、どういうことだ。
二年前に別の場所で発生した殺人事件と、鳥宮の転落死が関係あるということか。だけど、なぜそんなシンクロが起きるのだろう。
『東松。これは偶然じゃないよ。鳥宮の転落死はどう考えてもただの事故とは思えない』
瀬戸さんの厳しい声音が、俺を緊張させた。
「瀬戸さん。実は俺、鳥宮の転落死に、とある人物が関わっているのではないかと疑っています。突飛な話なんですが、よければ今度聞いてもらえませんか」
俺の発言に瀬戸さんが黙り込む。何か考えているのだ。じっと待っていると……
『時と場所を隔てた類似事件か。今すごく忙しいんだけど、興味があるし、何より東松の頼みだからねえ……いいよ、一度会って話しましょう』
「ありがとうございます!」
携帯を強く握りしめる。瀬戸さんに協力してもらえるなら百人力だ。
『ま、最初からそのつもりで、わざわざ会いに行ったんだけどね』
「えっ?」
『ううん、何でもない。ところで水野さんには相談したの?』
瀬戸さんは声の調子を変えて、話を続けた。
「あ、いえ、まだです。明日相談しようと思ってたところなんで」
『そっか。なら、水野さんにも声をかけてくれる? 初動捜査は彼が担当したのよね』
「はい。水野さんは初めから関わってるし、俺と同じく、鳥宮の転落死に疑問を持っています」
『よし、三人で会って情報を共有しましょう。その上で捜査の必要があるかどうか判断すればいいわ』
日時が決まったら連絡してと瀬戸さんが言い、通話を切った。
「群馬県で起きた殺人事件か」
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だけど、あの男が関わっているかどうか分からない。俺はまだ彼について、「ともやさん」という名前以外、何も知らないのだ。
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