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正義の使者〈3〉
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病室を出たあと、急いで車に戻った。高崎に行く前に検討しなければならない。
「山賀さんは水樹の信奉者だけど、同じくらい一条さんを慕っている。実は気になっていたのよ」
「意味が分からなかったでしょうね。山賀さんは水樹の過去を知りませんから」
「でも、女の直感で気づいた。彼が一条さんに重ねている『誰か』に」
俺は手帳を開き、書き留めた言葉を読む。
『またハルを失うことになったら僕は終わりだ。もう、耐えられない』
普通に解釈すれば、ハルというのは一条さんのことだ。しかし、また失うとは、つまり……
「考えたんだけどさ、東松」
「はい」
「斉藤陽向の『陽』って、『はる』とも読むよね」
「俺もそう思いました」
水樹はもしかして、斉藤陽向をハルと呼んでいたのかもしれない。
またハルを失うことになったら。
「辻褄が合う。一条さんには酷な話だけど、仮説が成立する」
「水樹は、やはり……」
斉藤陽向の事件にこだわっていた。悲しみを乗り越えるために一条さんを利用して、過去を上書きした。
「鳥宮はその犠牲になり、殺されたんです」
どうしてそこまでするのか、俺には分からない。水樹のやり方はあまりにも身勝手であり、常軌を逸している。
他者を犠牲にして人生をやり直すなど、勝手な思い込みで斉藤陽向を手にかけた犯人と同じだ。
「本部には私が報告する。終わったら高崎に向かうよ」
「望月さんにも」
「ええ、あんたから話しておいて」
やはり、水樹にとって一条さんは身代わりに過ぎなかったのか。彼女を見つめる優しい眼差しは、一体……
俺はこれまでになく重い気持ちで、仕事を続けた。
高崎署に着いたのは正午過ぎ。
刑事課の望月警部補が、事件資料を揃えて待っていてくれた。水樹の元恋人が殺された事件。【A町アパート隣人トラブル・女性会社員殺人事件】の簿冊や証拠品である。
「しかし水樹は、とんでもないことをやったもんだ」
望月さんはネクタイを緩めながら、ふうっと息をついた。
ワインレッドのシャツに、イタリアブランドのスーツ。同じ刑事とは思えない出で立ちの彼は、一見ホストか遊び人である。しかし警察官としてはとても優秀だと水野さんが言っていた。瀬戸さんと同じくスタミナ抜群で、機動力はもちろん情報収集力に長けていると。
「二人が来る前に、俺もいろいろ調べておいたよ。これから現場を回りつつ、水樹について説明させてもらう」
「ありがとうございます」
瀬戸さんが礼を言い、俺も頭を下げた。水樹の過去を知る上で、高崎の事件を担当した望月さんは頼みの綱だ。
「俺は飯を食ってくる。君らはこれでもつまんでくれ」
資料の横にコンビニ袋を置き、彼は会議室を出た。
「東松。袋の中身は?」
「菓子パンとコーヒー牛乳です」
「あはは、やっぱりね。水野さんの言ったとおりだわ」
張り込みにおける望月さんの定番メニューだそうだ。つまり、片手間に食べられるってこと。
「飯を用意してもらえただけ、ありがたいっす」
「そうね。ちょっと量が足りないけど贅沢は言わない。いただきまーす!」
俺と瀬戸さんはエネルギーを補充し、資料を読み込んだ。
30分後――
望月さんが戻ってきた。事件の中身についていくつか質問してから、資料を片付けた。
「お二人さん、そろそろ行きますか」
「はい。あっ、少しお待ちください」
瀬戸さんの電話が鳴った。
おそらく捜査本部からだ。何か進展があったのかもしれないと、俺は身構える。
「ノートパソコンの解析が終わったって。ただ、例のファイルは抽象的な部分があって読解が難しいみたい。データを送るからすぐに見てほしいと言われた」
水樹の日記、【恋の記録】である。
「その上で、私が一条さんの聴取をすることになったわ。東松を補助に付けて」
「俺、ですか?」
突然の指名に驚くが、考えてみれば当然の配置だ。日記はプライベートな記録。水樹と一条さんの関係を把握していないと聴取するのは無理だ。
「捜査会議に間に合うよう、本部に戻らなきゃ」
「よーし、分かった。じゃあ瀬戸ちゃんはここに残ってデータの確認。東松くんと俺は水樹の調査ってことでいいかな」
そうするよりほかない。
俺は瀬戸さんと別れ、望月さんと二人で高崎の事件現場へと向かった。
「山賀さんは水樹の信奉者だけど、同じくらい一条さんを慕っている。実は気になっていたのよ」
「意味が分からなかったでしょうね。山賀さんは水樹の過去を知りませんから」
「でも、女の直感で気づいた。彼が一条さんに重ねている『誰か』に」
俺は手帳を開き、書き留めた言葉を読む。
『またハルを失うことになったら僕は終わりだ。もう、耐えられない』
普通に解釈すれば、ハルというのは一条さんのことだ。しかし、また失うとは、つまり……
「考えたんだけどさ、東松」
「はい」
「斉藤陽向の『陽』って、『はる』とも読むよね」
「俺もそう思いました」
水樹はもしかして、斉藤陽向をハルと呼んでいたのかもしれない。
またハルを失うことになったら。
「辻褄が合う。一条さんには酷な話だけど、仮説が成立する」
「水樹は、やはり……」
斉藤陽向の事件にこだわっていた。悲しみを乗り越えるために一条さんを利用して、過去を上書きした。
「鳥宮はその犠牲になり、殺されたんです」
どうしてそこまでするのか、俺には分からない。水樹のやり方はあまりにも身勝手であり、常軌を逸している。
他者を犠牲にして人生をやり直すなど、勝手な思い込みで斉藤陽向を手にかけた犯人と同じだ。
「本部には私が報告する。終わったら高崎に向かうよ」
「望月さんにも」
「ええ、あんたから話しておいて」
やはり、水樹にとって一条さんは身代わりに過ぎなかったのか。彼女を見つめる優しい眼差しは、一体……
俺はこれまでになく重い気持ちで、仕事を続けた。
高崎署に着いたのは正午過ぎ。
刑事課の望月警部補が、事件資料を揃えて待っていてくれた。水樹の元恋人が殺された事件。【A町アパート隣人トラブル・女性会社員殺人事件】の簿冊や証拠品である。
「しかし水樹は、とんでもないことをやったもんだ」
望月さんはネクタイを緩めながら、ふうっと息をついた。
ワインレッドのシャツに、イタリアブランドのスーツ。同じ刑事とは思えない出で立ちの彼は、一見ホストか遊び人である。しかし警察官としてはとても優秀だと水野さんが言っていた。瀬戸さんと同じくスタミナ抜群で、機動力はもちろん情報収集力に長けていると。
「二人が来る前に、俺もいろいろ調べておいたよ。これから現場を回りつつ、水樹について説明させてもらう」
「ありがとうございます」
瀬戸さんが礼を言い、俺も頭を下げた。水樹の過去を知る上で、高崎の事件を担当した望月さんは頼みの綱だ。
「俺は飯を食ってくる。君らはこれでもつまんでくれ」
資料の横にコンビニ袋を置き、彼は会議室を出た。
「東松。袋の中身は?」
「菓子パンとコーヒー牛乳です」
「あはは、やっぱりね。水野さんの言ったとおりだわ」
張り込みにおける望月さんの定番メニューだそうだ。つまり、片手間に食べられるってこと。
「飯を用意してもらえただけ、ありがたいっす」
「そうね。ちょっと量が足りないけど贅沢は言わない。いただきまーす!」
俺と瀬戸さんはエネルギーを補充し、資料を読み込んだ。
30分後――
望月さんが戻ってきた。事件の中身についていくつか質問してから、資料を片付けた。
「お二人さん、そろそろ行きますか」
「はい。あっ、少しお待ちください」
瀬戸さんの電話が鳴った。
おそらく捜査本部からだ。何か進展があったのかもしれないと、俺は身構える。
「ノートパソコンの解析が終わったって。ただ、例のファイルは抽象的な部分があって読解が難しいみたい。データを送るからすぐに見てほしいと言われた」
水樹の日記、【恋の記録】である。
「その上で、私が一条さんの聴取をすることになったわ。東松を補助に付けて」
「俺、ですか?」
突然の指名に驚くが、考えてみれば当然の配置だ。日記はプライベートな記録。水樹と一条さんの関係を把握していないと聴取するのは無理だ。
「捜査会議に間に合うよう、本部に戻らなきゃ」
「よーし、分かった。じゃあ瀬戸ちゃんはここに残ってデータの確認。東松くんと俺は水樹の調査ってことでいいかな」
そうするよりほかない。
俺は瀬戸さんと別れ、望月さんと二人で高崎の事件現場へと向かった。
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