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Crime Story
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春菜と出会った次の日。
僕は早めに仕事を切り上げ、駅ビルの通用口から彼女が出てくるのを待ち伏せした。あとをつけて、自宅をつきとめるためだ。転勤初日から残業したようで、出てきたのはかなり遅い時間だった。
彼女は駅の忘れ物センターに立ち寄り、傘を受け取ってから改札口へ向かった。途中、急に振り向いた時はどきっとしたが、僕に気づかなかったようで、すぐに前を向き、さっさと歩いていく。僕も急いであとを追い、彼女と同じ電車に乗り込んだ。
彼女が降りたのは、本町から数えて三つ目の緑大学前駅。降りる人はまばらだが、雨の夜なので、楽にあとをつけることができた。
一戸建の他にアパートが目立つ。大学があるので学生向けだろう。防犯カメラが少ないのは、この時点で分かっていた。不用心な町だが、これからのことを考えると都合がいい。
あれこれ考えるうちに、春菜が立ち止まった。家に着いたようだ。
メゾン城田――五階建ての古いアパートを見て、ハッとする。陽向が住んでいた『ハイツ松本』も、似たような外観だった。
春菜はなぜか立ちすくんでいたが、じきにエントランスに入った。エレベーターに乗るのを確かめてから、僕は駐車場に回り、傘の陰から建物を見上げた。
しばらくすると、5階の一番奥の部屋の明かりが点いた。あれが春菜の部屋。陽向の部屋も5階だったと思い出し、息を呑む。
しかし、さらに驚いたのはその後。
隣の部屋の窓が開き、人が出てきた。ずんぐりとした体型の男だ。そいつが辺りをうかがったあと、戸境の仕切り板から身を乗り出したのだ。
春菜の部屋を覗き込んでいる。
『嘘だろ……』
自分の目を疑った。まさか、ここまで偶然が揃うわけがない。
だが、事実、春菜はアパートの五階に住み、隣の男に干渉されている。あの男は大学生かもしれない。陽向を殺した男も大学生だった。
傘の柄を握りしめ、男の動きに注目する。春菜の部屋に侵入するつもりなら、止めなければならない。
しかし男は、5分ほど覗いたあと部屋に引っ込んだ。
僕は息をつき、額の汗を拭った。鼓動がありえないほど速くなっている。ただの偶然とは思えない、奇跡の符合だった。
『そうとも、ただの偶然じゃない。一条春菜は、神様が与えてくれた実験材料だ』
僕は喜びに震えた。
あの男を使えば、高崎の事件を再現できるかもしれない。
しかしどうすればいい? どうやってあの男と接触する?
考えあぐねていると、男の部屋の明かりが消えた。もしやと思い、エントランスに回り込んでみる。ほどなくしてエレベーターが開き、男が降りてきた。ボサボサ頭によれたジャンパーという、いかにも貧しい風体である。
いちかばちかだ。
僕は決意し、のろのろと歩く背中に声をかけた。それが鳥宮優一朗との、最初の接触だった。
鳥宮はオドオドしていた。
なぜなら、僕がいきなり『君、さっき隣の部屋を覗いてたよね』と切りだしたから。
『ちょっと話があるんだけど、いいかな』
『あ、あの……ボク、さっきのは、その……』
気弱で大人しく、強く出られると逆らえないタイプと見た。足もとは量産品のスニーカー。履き物にこだわらない人間のようだ。年齢は25、6か。大学生ではなさそうだが、若い男には違いない。
『通報なんかしないよ。その代わり、頼みを聞いてほしくて声をかけたんだ』
『は、はい……?』
僕はその時点で、高崎の事件を再現する方法を思いついていた。この男なら、思い通りに動いてくれそうだ。
目の前に小さな公園があった。外灯が暗く、防犯カメラも設置されていない。ここなら誰にも見られずに話ができる。
鳥宮を促して公園に入り、仕事を依頼した。
『実は、君の隣人は僕の妹でね』
『えっ……い、妹さん!?』
鳥宮は狼狽した。眼鏡が半分、曇っている。
『す、すみません。昨日、お引越しされてきた時にチラッとお見かけして、きれいな人だったので、つい……もう絶対に覗いたりしませんので、許してください』
どうやらこいつは、疑うことを知らないお人好しだ。僕はほくそ笑み、作り話を続ける。
『だから、通報しない代わりに頼みを聞いてくれと言ってるんだ』
『は、はあ……』
鳥宮は眼鏡をこすり、初めてまっすぐに目を合わせる。
『一体、どんなことでしょうか』
『彼女に嫌がらせをしてほしい』
『嫌がらせ?』
驚くのも無理はない。兄の頼みとしては異様である。
『妹はお嬢さん育ちなんだが、どうしても一人暮らしをしたいと言って、家を出てしまったんだ。両親が心配して、実家に戻るよう説得したんだけど、ああ見えて彼女は頑固で、まったく聞く耳を持たない。だから、嫌な目に遭えば考えが変わると思ってね』
『だから、ボクが嫌がらせを? でも、そんなことをしたら、大家さんとか管理会社に通報されるんじゃ……』
『大丈夫。そうなったら僕がわけを話す。悪いようにはしないから、協力してくれないかな』
『はあ、でも……』
鳥宮は困惑顔になった。見知らぬ相手に奇妙な依頼をされて、さすがに戸惑っている。しかし僕は、この機会を逃すつもりはない。
僕は早めに仕事を切り上げ、駅ビルの通用口から彼女が出てくるのを待ち伏せした。あとをつけて、自宅をつきとめるためだ。転勤初日から残業したようで、出てきたのはかなり遅い時間だった。
彼女は駅の忘れ物センターに立ち寄り、傘を受け取ってから改札口へ向かった。途中、急に振り向いた時はどきっとしたが、僕に気づかなかったようで、すぐに前を向き、さっさと歩いていく。僕も急いであとを追い、彼女と同じ電車に乗り込んだ。
彼女が降りたのは、本町から数えて三つ目の緑大学前駅。降りる人はまばらだが、雨の夜なので、楽にあとをつけることができた。
一戸建の他にアパートが目立つ。大学があるので学生向けだろう。防犯カメラが少ないのは、この時点で分かっていた。不用心な町だが、これからのことを考えると都合がいい。
あれこれ考えるうちに、春菜が立ち止まった。家に着いたようだ。
メゾン城田――五階建ての古いアパートを見て、ハッとする。陽向が住んでいた『ハイツ松本』も、似たような外観だった。
春菜はなぜか立ちすくんでいたが、じきにエントランスに入った。エレベーターに乗るのを確かめてから、僕は駐車場に回り、傘の陰から建物を見上げた。
しばらくすると、5階の一番奥の部屋の明かりが点いた。あれが春菜の部屋。陽向の部屋も5階だったと思い出し、息を呑む。
しかし、さらに驚いたのはその後。
隣の部屋の窓が開き、人が出てきた。ずんぐりとした体型の男だ。そいつが辺りをうかがったあと、戸境の仕切り板から身を乗り出したのだ。
春菜の部屋を覗き込んでいる。
『嘘だろ……』
自分の目を疑った。まさか、ここまで偶然が揃うわけがない。
だが、事実、春菜はアパートの五階に住み、隣の男に干渉されている。あの男は大学生かもしれない。陽向を殺した男も大学生だった。
傘の柄を握りしめ、男の動きに注目する。春菜の部屋に侵入するつもりなら、止めなければならない。
しかし男は、5分ほど覗いたあと部屋に引っ込んだ。
僕は息をつき、額の汗を拭った。鼓動がありえないほど速くなっている。ただの偶然とは思えない、奇跡の符合だった。
『そうとも、ただの偶然じゃない。一条春菜は、神様が与えてくれた実験材料だ』
僕は喜びに震えた。
あの男を使えば、高崎の事件を再現できるかもしれない。
しかしどうすればいい? どうやってあの男と接触する?
考えあぐねていると、男の部屋の明かりが消えた。もしやと思い、エントランスに回り込んでみる。ほどなくしてエレベーターが開き、男が降りてきた。ボサボサ頭によれたジャンパーという、いかにも貧しい風体である。
いちかばちかだ。
僕は決意し、のろのろと歩く背中に声をかけた。それが鳥宮優一朗との、最初の接触だった。
鳥宮はオドオドしていた。
なぜなら、僕がいきなり『君、さっき隣の部屋を覗いてたよね』と切りだしたから。
『ちょっと話があるんだけど、いいかな』
『あ、あの……ボク、さっきのは、その……』
気弱で大人しく、強く出られると逆らえないタイプと見た。足もとは量産品のスニーカー。履き物にこだわらない人間のようだ。年齢は25、6か。大学生ではなさそうだが、若い男には違いない。
『通報なんかしないよ。その代わり、頼みを聞いてほしくて声をかけたんだ』
『は、はい……?』
僕はその時点で、高崎の事件を再現する方法を思いついていた。この男なら、思い通りに動いてくれそうだ。
目の前に小さな公園があった。外灯が暗く、防犯カメラも設置されていない。ここなら誰にも見られずに話ができる。
鳥宮を促して公園に入り、仕事を依頼した。
『実は、君の隣人は僕の妹でね』
『えっ……い、妹さん!?』
鳥宮は狼狽した。眼鏡が半分、曇っている。
『す、すみません。昨日、お引越しされてきた時にチラッとお見かけして、きれいな人だったので、つい……もう絶対に覗いたりしませんので、許してください』
どうやらこいつは、疑うことを知らないお人好しだ。僕はほくそ笑み、作り話を続ける。
『だから、通報しない代わりに頼みを聞いてくれと言ってるんだ』
『は、はあ……』
鳥宮は眼鏡をこすり、初めてまっすぐに目を合わせる。
『一体、どんなことでしょうか』
『彼女に嫌がらせをしてほしい』
『嫌がらせ?』
驚くのも無理はない。兄の頼みとしては異様である。
『妹はお嬢さん育ちなんだが、どうしても一人暮らしをしたいと言って、家を出てしまったんだ。両親が心配して、実家に戻るよう説得したんだけど、ああ見えて彼女は頑固で、まったく聞く耳を持たない。だから、嫌な目に遭えば考えが変わると思ってね』
『だから、ボクが嫌がらせを? でも、そんなことをしたら、大家さんとか管理会社に通報されるんじゃ……』
『大丈夫。そうなったら僕がわけを話す。悪いようにはしないから、協力してくれないかな』
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