モース10

藤谷 郁

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腐女子峰子

 男性にまったく関心がない――


「同性愛者だとか、そういった理由で?」


 京子は顔を横に振る。


「いえ、違います。何ていうか、他者と親密な関係になるのが苦手らしいんです。ですから私も、峰子ちゃんとはあまりべったりしないよう、付き合ってますよ。どちらかといえば自分もあっさり系ですし」


(そういえば、あの子は昼メシを一人で食べていた)


 慧一は、社員食堂の窓際に座る峰子を思い出す。たいていの女性社員は、数人連れ立って食堂に来るが、彼女は違っていた。


(なるほど、一人が気楽なのか)


 その反面、仕事中の峰子は老若男女誰にでも愛想がいいと、社員に評判だ。

 つまり、常に周囲に気を遣っている。根っからの社交人でもない限り、疲労困憊するはずだ。性格的なものだろうが、独りが好きな人間には、かなりのストレスだろう。

 女友達はいると聞いたが、その友達とは、この京子のように距離感に配慮してくれるような、あるいは似たような感覚の持ち主なのかもしれない。

 考え込む慧一に、京子は言葉を足した。


「でも、峰子ちゃんは親切だし、真面目だし、やさしい女の子ですよ。ただ、自分の世界を大切にしているんです」

「ふむ」


(恋愛っていうのは究極の親密関係だ。俺は峰子と、心も身体も密接に関わりたいと思っている。これは恋愛感情だ。だがあの子はそんな関係を不要としている。自分の世界に誰も入れないだろう。無理に押し入ったら破綻する)


 大地が裂けるような物凄い音とともに、ストロボ光が辺りに強い陰影を作った。

 テーブルのコーヒーカップが微かに揺れる。


「近くに落ちましたね」


 京子が耳を塞ぎながら、窓の外を窺う。激しい雨が降り続いている。

 慧一はカップを取り上げると、中身をグイと飲んだ。

 冷めているが、充分に美味い。


 ――そんな一人旅が夢です。


 峰子の朝礼スピーチで引っ掛かった言葉。
 慧一は、ようやく理解した。

 それならそれで、アプローチの方法を変えればいい。彼女と自分を結ぶ繋がりの糸を手繰り寄せてみよう。

 そこから彼女の世界に入り込めばいい。


 暫くすると雷雲は去った。
 嘘のように窓が明るくなり、雨も止んだ。きれいに洗い流された空気に、木々の緑が鮮やかに映えている。

 慧一はカップを置くと、晴れ晴れとした顔で立ち上がった。



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