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突撃!
1
「ご馳走さまでした、慧一さん」
図書館を出ると、京子は深々と頭を下げて礼を言った。
「どういたしまして。こちらこそ有意義な時間だった。君に会えて良かったよ」
慧一は京子と並んで、雨に濡れた石畳を踏みしめるようにして歩く。
「私も慧一さんとお話が出来てラッキーでした。ホント、お世辞抜きで素敵な人で……私、モースに登場するケイをイメージしちゃってたから、うふふ」
「モース……ねえ」
峰子は、慧一があの同人誌を拾ったと思っている。
実際拾ったのは真介なのだが、どちらにせよ、慧一が制作者を峰子だと突き止めたことも、大体分かっているらしい。
もう隠す必要は無い。
同人誌というツール無しでアプローチを成功させたかったが、そうもいかないようだ。峰子との繋がりの糸を、モースから手繰らねばならない。内容についても、いろいろと訊きたい事がある。
(……どうすればいいかな)
考えあぐねていると、京子が立ち止まった。彼が気付かず歩いて行こうとするのを、後ろから呼ぶ。
「慧一さん」
「ああ、すまん。どうした」
「私、電車なんです」
京子は駅への道を指差した。
「そうか。家は遠いの? 俺は車だから、送って行こうか」
当たり前のように言う慧一に、京子は笑う。
「駄目ですよ。好きな子以外の女を簡単に乗せちゃ」
「ん?」
そういえばここに来る途中、助手席に乗せるのは峰子しかいないと慧一は考えた。京子の言葉はそれを思い出させ、何とも嬉しくなる。
「でも君は、峰子さんの友達だからね。特別だよ」
車のキーをポケットから出すと、投げたり掴んだり、片手で弄んだ。
「うーん、どうしよっかなあ」
京子は峰子より派手なタイプだが、根は真面目そうだ。今日初めて会った男の車に、気軽に乗るのは抵抗があるのかもしれない。
さすが峰子の友達だと感心していると、京子は意を決したように顔を上げる。
「実はこれから、峰子ちゃんの所に行くんですよ」
「えっ?」
思いもよらぬ隠し玉だった。
「峰子さんの所へ……今から?」
慧一は車のキーを握りしめる。
「はい。彼女、今日はW市公会堂のイベントに参加してるんです。ええと、三時までなんですけど、終わったら一緒に食事することになってまして」
「イベント?」
「同人誌即売会です。女性向けの」
「女性向け……」
分からないことばかりだが、慧一の目は生き生きと輝き始める。
「男はダメなのか? 俺も行ってみたい」
京子はぽんと手を打った。
「やっぱり、そう言ってくれると思いました。さすがですね!」
さすがの意味は不明だが、とりあえず歓迎してくれるらしい。京子の笑顔に、峰子の世界が垣間見える気がした。
「でも、会場内は女の人ばっかりですけど、いいですか」
「構わないよ」
「柔軟な人ですねえ~」
京子は嬉しそうだが、ちょっと不安げに呟く。
「でも峰子ちゃん、やっぱり怒るかもしれないなあ。あなたを連れて行ったら」
それを気にして言い出せなかったのだ。だけど京子は慧一の味方となり、峰子を捕まえるチャンスをくれた。
せっかくの隠し玉を生かさぬ手はない。
「俺は行くよ。自分の意志でね。君に命令されたわけじゃない」
チャンスを生かすも殺すも自分次第だ。
京子を車まで連れて行くと、後部座席のドアを開けた。
「ここならいいだろ?」
「うふ、ありがとうございます」
彼女は微笑み、素直に乗り込んでくれた。
「W市公会堂か。二十分もあれば着くな」
慧一は片側二車線の道路を縫うように走った。交通量が多く走りにくい通りだが、苦にしない。
「京子さん……堅っ苦しいな。京子ちゃんはそのイベントには出ないのか」
「ええ。抽選で落ちたので」
「ふうん、人気のイベントなんだ」
「そうですね。人気といえば、峰子ちゃんのサークルはファンが多いんですよ」
慧一の眉がぴくりと動く。
「ファンって、モースの?」
「はい。モースは現在九冊出ています。夏のビッグイベントで十冊目を配布して、それで完結だって聞いてます」
「十冊で終わりか。やっぱりね」
「え、知ってたんですか?」
京子は驚きの声を上げる。
「モースの硬度計だろ。俺も学生時代、地学には関心があったんでね」
「わあ、峰子ちゃんと気が合いそうですね」
「俺もそう思うよ」
あれこれ話すうちに、W市公会堂に到着した。
「午後だから駐車場も空いてますよ」
慧一は車を降りると、そこからは京子の案内に任せた。
(峰子が、そこにいる)
公会堂の建物に近づくにつれ、慧一はらしくもなく緊張を覚え、顔も強張ってきた。
「ちょっと待った」
京子を止めると、ガラス張りの窓に自分の姿を映し、身だしなみを整える。白の綿シャツに黒のスラックス。適当な格好で出てきたことを悔やんだ。
(これじゃまるで、初デートの中坊だな)
「大丈夫、じゅうぶんカッコイイですよ」
マネージャーのように気を配る京子の存在が有難かった。
「それじゃ、行くぜ」
慧一は気合を入れると、公会堂の入り口をくぐり、峰子のもとへと進んだ。
図書館を出ると、京子は深々と頭を下げて礼を言った。
「どういたしまして。こちらこそ有意義な時間だった。君に会えて良かったよ」
慧一は京子と並んで、雨に濡れた石畳を踏みしめるようにして歩く。
「私も慧一さんとお話が出来てラッキーでした。ホント、お世辞抜きで素敵な人で……私、モースに登場するケイをイメージしちゃってたから、うふふ」
「モース……ねえ」
峰子は、慧一があの同人誌を拾ったと思っている。
実際拾ったのは真介なのだが、どちらにせよ、慧一が制作者を峰子だと突き止めたことも、大体分かっているらしい。
もう隠す必要は無い。
同人誌というツール無しでアプローチを成功させたかったが、そうもいかないようだ。峰子との繋がりの糸を、モースから手繰らねばならない。内容についても、いろいろと訊きたい事がある。
(……どうすればいいかな)
考えあぐねていると、京子が立ち止まった。彼が気付かず歩いて行こうとするのを、後ろから呼ぶ。
「慧一さん」
「ああ、すまん。どうした」
「私、電車なんです」
京子は駅への道を指差した。
「そうか。家は遠いの? 俺は車だから、送って行こうか」
当たり前のように言う慧一に、京子は笑う。
「駄目ですよ。好きな子以外の女を簡単に乗せちゃ」
「ん?」
そういえばここに来る途中、助手席に乗せるのは峰子しかいないと慧一は考えた。京子の言葉はそれを思い出させ、何とも嬉しくなる。
「でも君は、峰子さんの友達だからね。特別だよ」
車のキーをポケットから出すと、投げたり掴んだり、片手で弄んだ。
「うーん、どうしよっかなあ」
京子は峰子より派手なタイプだが、根は真面目そうだ。今日初めて会った男の車に、気軽に乗るのは抵抗があるのかもしれない。
さすが峰子の友達だと感心していると、京子は意を決したように顔を上げる。
「実はこれから、峰子ちゃんの所に行くんですよ」
「えっ?」
思いもよらぬ隠し玉だった。
「峰子さんの所へ……今から?」
慧一は車のキーを握りしめる。
「はい。彼女、今日はW市公会堂のイベントに参加してるんです。ええと、三時までなんですけど、終わったら一緒に食事することになってまして」
「イベント?」
「同人誌即売会です。女性向けの」
「女性向け……」
分からないことばかりだが、慧一の目は生き生きと輝き始める。
「男はダメなのか? 俺も行ってみたい」
京子はぽんと手を打った。
「やっぱり、そう言ってくれると思いました。さすがですね!」
さすがの意味は不明だが、とりあえず歓迎してくれるらしい。京子の笑顔に、峰子の世界が垣間見える気がした。
「でも、会場内は女の人ばっかりですけど、いいですか」
「構わないよ」
「柔軟な人ですねえ~」
京子は嬉しそうだが、ちょっと不安げに呟く。
「でも峰子ちゃん、やっぱり怒るかもしれないなあ。あなたを連れて行ったら」
それを気にして言い出せなかったのだ。だけど京子は慧一の味方となり、峰子を捕まえるチャンスをくれた。
せっかくの隠し玉を生かさぬ手はない。
「俺は行くよ。自分の意志でね。君に命令されたわけじゃない」
チャンスを生かすも殺すも自分次第だ。
京子を車まで連れて行くと、後部座席のドアを開けた。
「ここならいいだろ?」
「うふ、ありがとうございます」
彼女は微笑み、素直に乗り込んでくれた。
「W市公会堂か。二十分もあれば着くな」
慧一は片側二車線の道路を縫うように走った。交通量が多く走りにくい通りだが、苦にしない。
「京子さん……堅っ苦しいな。京子ちゃんはそのイベントには出ないのか」
「ええ。抽選で落ちたので」
「ふうん、人気のイベントなんだ」
「そうですね。人気といえば、峰子ちゃんのサークルはファンが多いんですよ」
慧一の眉がぴくりと動く。
「ファンって、モースの?」
「はい。モースは現在九冊出ています。夏のビッグイベントで十冊目を配布して、それで完結だって聞いてます」
「十冊で終わりか。やっぱりね」
「え、知ってたんですか?」
京子は驚きの声を上げる。
「モースの硬度計だろ。俺も学生時代、地学には関心があったんでね」
「わあ、峰子ちゃんと気が合いそうですね」
「俺もそう思うよ」
あれこれ話すうちに、W市公会堂に到着した。
「午後だから駐車場も空いてますよ」
慧一は車を降りると、そこからは京子の案内に任せた。
(峰子が、そこにいる)
公会堂の建物に近づくにつれ、慧一はらしくもなく緊張を覚え、顔も強張ってきた。
「ちょっと待った」
京子を止めると、ガラス張りの窓に自分の姿を映し、身だしなみを整える。白の綿シャツに黒のスラックス。適当な格好で出てきたことを悔やんだ。
(これじゃまるで、初デートの中坊だな)
「大丈夫、じゅうぶんカッコイイですよ」
マネージャーのように気を配る京子の存在が有難かった。
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