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必ず捕まえる
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「あのっ、どうしてここに?」
会場を出て、ロビーの柱の影に慧一を連れて来た峰子は、息も荒く詰め寄った。
心底困った表情をしている。
慧一は柱に体をもたせかけると、冷静な目で、そんな彼女を見下ろした。
「俺も『モース』の関係者だろう。ここに来ても、別におかしいことはない」
「あ……」
「ケイは慧一のケイ、だよな?」
「うっ」
峰子は観念したように目を伏せると、ワンピースの裾を握りしめ、気弱な声を漏らす。
「……ごめんなさいっ」
慧一は一瞬ほっとした顔になるが、すぐ引きしめる。
「どうしようかな」
いかにも深刻そうな呟きに、峰子は恐る恐るという感じで顔を上げた。
しかし慧一と視線が絡むと、慌てて俯く。
「名誉毀損で訴えようかな」
「……」
「俺はともかく、真介は相当怒ってるぜ」
「ごめんなさいっ」
「どうしてくれる? 峰子ちゃん」
慧一はさっとしゃがむと、下から彼女の顔を覗き込んだ。
「きゃっ」
峰子は仰天し、悲鳴を上げて飛び退く。
可愛いやら可笑しいやらで、慧一は楽しくて堪らない。
会場に入る前の緊張感などいまやすっかり消え去り、彼の心は、好きな女の子と関わり合う喜びに満たされている。
思ったとおり、正面から急襲して強気に出たのが功を奏した。峰子は勝手に怖気付いてくれて、まったくの形成有利である。
(なぜこの会場に俺が現れたのかは問題じゃない。俺がこの子をどうするかだ)
サディスティックな気持ちがむくむくと湧くのを抑えつつ、慧一はやさしく告げた。
「会場に戻りなよ。終わるまで待っててやるから」
峰子は困惑している。
「君の後ろで」
添えられた言葉に、彼女はますます困り果てた顔になり、だが力なく頷くと、慧一の先に立ってとぼとぼと歩き出した。
捕らえられた罪人さながらの姿に、慧一は少しばかりの同情を覚えたが、以前のような罪悪感は無かった。
彼女を手に入れたい――
積極的な願望だけが、胸の底に燃えていた。
◇ ◇ ◇
スペースに戻ると、店番の京子が待ちかねたように立ち上がり、二人を出迎えた。
そして、青ざめた峰子を見るとびっくりして、慧一に『どうしたの!?』と、目顔で訊いてくる。
「ここで待たせてもらうよ。イベントが終わったら君達と一緒に食事に行く。まあ京子ちゃん、そういうわけで」
その親しげな呼びかけに、峰子の動きがぴたりと止まる。当の京子もびっくりして、売り上げ金の入ったケースを落としてしまった。
「ああっ! ごめん」
峰子は振り返り、謝りながら小銭を拾い集める京子と、壁際にしゃがんだ慧一を交互に見やる。
そして、狐につままれたように、ぽかんとした。
「あ、あのね、峰子ちゃん。実はさっき、図書館でばったり慧一さんに会ったの。本当に、すごい偶然でね……はい」
ケースを手渡された峰子は、今の説明に対して何か言おうとするが、言葉が出ないようだ。
「やっぱり、怒った?」
上目遣いで窺う京子と向き合い、峰子はぶるっと体を震わせる。それから、諦めたように肩を落とし、大きく息をついた。
慧一をちらりと見やり、
「もう、なんて人なんだろ」
呆れたような笑みを浮かべ、京子に肩をすくめてみせた。
「峰子ちゃん……」
彼女の笑みを見て、京子もやっとリラックスした笑顔になった。
慧一は壁に背中を預けると、客の対応を再開した二人を眺める。ぼんやりしているようで、頭の中は忙しくフル回転だ。
首尾よくこの場所に潜り込めた。
心から満足しているが、この機会を上手く生かさなければ意味がない。
イベントの終了は三時だと京子が言っていた。
(あと一時間半か……)
慧一は今一度、辺りを見回してみる。
会場いっぱいに長テーブルが配置され、決して広いとは言えないスペースに、出展者が店を広げている。
自作のイラストを掲げたり、きれいな布でディスプレイしたり、各々趣向を凝らしてお客を呼ぶ工夫をする、ここはマーケットなのだ。
(面白いだろうな)
同人誌を作り、宣伝したり販売したり、その後の交流もあるだろう。
もっと受身的な世界と思っていたが、なかなかどうしてコミュニティーが形成されている。
それにしても気になるのは、峰子のところへ来る客の、慧一を見ての反応だ。
「かっこいい」とか「イケメン」とか、「小説のまんまの人なんですか」と峰子に質問する声が聞こえ、慧一は苦笑する。
峰子がどう答えているのか気になるが、それはあとでたっぷり聞かせてもらう。今は黙って、この後の作戦を練ることに集中した。
会場を出て、ロビーの柱の影に慧一を連れて来た峰子は、息も荒く詰め寄った。
心底困った表情をしている。
慧一は柱に体をもたせかけると、冷静な目で、そんな彼女を見下ろした。
「俺も『モース』の関係者だろう。ここに来ても、別におかしいことはない」
「あ……」
「ケイは慧一のケイ、だよな?」
「うっ」
峰子は観念したように目を伏せると、ワンピースの裾を握りしめ、気弱な声を漏らす。
「……ごめんなさいっ」
慧一は一瞬ほっとした顔になるが、すぐ引きしめる。
「どうしようかな」
いかにも深刻そうな呟きに、峰子は恐る恐るという感じで顔を上げた。
しかし慧一と視線が絡むと、慌てて俯く。
「名誉毀損で訴えようかな」
「……」
「俺はともかく、真介は相当怒ってるぜ」
「ごめんなさいっ」
「どうしてくれる? 峰子ちゃん」
慧一はさっとしゃがむと、下から彼女の顔を覗き込んだ。
「きゃっ」
峰子は仰天し、悲鳴を上げて飛び退く。
可愛いやら可笑しいやらで、慧一は楽しくて堪らない。
会場に入る前の緊張感などいまやすっかり消え去り、彼の心は、好きな女の子と関わり合う喜びに満たされている。
思ったとおり、正面から急襲して強気に出たのが功を奏した。峰子は勝手に怖気付いてくれて、まったくの形成有利である。
(なぜこの会場に俺が現れたのかは問題じゃない。俺がこの子をどうするかだ)
サディスティックな気持ちがむくむくと湧くのを抑えつつ、慧一はやさしく告げた。
「会場に戻りなよ。終わるまで待っててやるから」
峰子は困惑している。
「君の後ろで」
添えられた言葉に、彼女はますます困り果てた顔になり、だが力なく頷くと、慧一の先に立ってとぼとぼと歩き出した。
捕らえられた罪人さながらの姿に、慧一は少しばかりの同情を覚えたが、以前のような罪悪感は無かった。
彼女を手に入れたい――
積極的な願望だけが、胸の底に燃えていた。
◇ ◇ ◇
スペースに戻ると、店番の京子が待ちかねたように立ち上がり、二人を出迎えた。
そして、青ざめた峰子を見るとびっくりして、慧一に『どうしたの!?』と、目顔で訊いてくる。
「ここで待たせてもらうよ。イベントが終わったら君達と一緒に食事に行く。まあ京子ちゃん、そういうわけで」
その親しげな呼びかけに、峰子の動きがぴたりと止まる。当の京子もびっくりして、売り上げ金の入ったケースを落としてしまった。
「ああっ! ごめん」
峰子は振り返り、謝りながら小銭を拾い集める京子と、壁際にしゃがんだ慧一を交互に見やる。
そして、狐につままれたように、ぽかんとした。
「あ、あのね、峰子ちゃん。実はさっき、図書館でばったり慧一さんに会ったの。本当に、すごい偶然でね……はい」
ケースを手渡された峰子は、今の説明に対して何か言おうとするが、言葉が出ないようだ。
「やっぱり、怒った?」
上目遣いで窺う京子と向き合い、峰子はぶるっと体を震わせる。それから、諦めたように肩を落とし、大きく息をついた。
慧一をちらりと見やり、
「もう、なんて人なんだろ」
呆れたような笑みを浮かべ、京子に肩をすくめてみせた。
「峰子ちゃん……」
彼女の笑みを見て、京子もやっとリラックスした笑顔になった。
慧一は壁に背中を預けると、客の対応を再開した二人を眺める。ぼんやりしているようで、頭の中は忙しくフル回転だ。
首尾よくこの場所に潜り込めた。
心から満足しているが、この機会を上手く生かさなければ意味がない。
イベントの終了は三時だと京子が言っていた。
(あと一時間半か……)
慧一は今一度、辺りを見回してみる。
会場いっぱいに長テーブルが配置され、決して広いとは言えないスペースに、出展者が店を広げている。
自作のイラストを掲げたり、きれいな布でディスプレイしたり、各々趣向を凝らしてお客を呼ぶ工夫をする、ここはマーケットなのだ。
(面白いだろうな)
同人誌を作り、宣伝したり販売したり、その後の交流もあるだろう。
もっと受身的な世界と思っていたが、なかなかどうしてコミュニティーが形成されている。
それにしても気になるのは、峰子のところへ来る客の、慧一を見ての反応だ。
「かっこいい」とか「イケメン」とか、「小説のまんまの人なんですか」と峰子に質問する声が聞こえ、慧一は苦笑する。
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