28 / 82
キス
1
広い駐車場は車も少なく、コンビニのガラス窓に映る人影もまばらだった。
慧一は、建物から離れた位置に車を停めた。
辺りは暗くシンとして、店内から漏れる明かりもここまで届かない。
(さて……と)
シートベルトを外すと、後部席に体ごと振り向き、峰子と顔を合わせた。
「あのっ、すみません。失礼なことを言ってしまって……」
「ん?」
峰子は気まずそうな表情で、オドオドしている。
あんなにきっぱり発言しながら、いまさら怖がる彼女を可笑しいと感じる。だが慧一は笑わなかった。
「いや、感心してるんだよ。君と俺はこれまで接点も無く過ごしてきた。ほとんど口も利いたことがない、それなのに」
言いながら慧一は、不思議な思いにとらわれる。
(俺だってそうだ。この娘を認識したのはごく最近で、それこそ、いくらも喋っていない。それなのに、好きになったじゃないか。いきなり好きで堪らなくなった)
「滝口さん……」
峰子は座る位置を前にずらし、座席に手を掛け、少し身を乗り出すようにした。眼鏡の奥の瞳は、なぜか潤んでいる。
峰子の顔が近付き、慧一は危ない気分が持ち上がるのを堪えた。今はまだ、その段階ではない。
「ええと……じゃあ、質問に戻るよ。モースのことだ」
「はい」
峰子の返事は素直だ。きちんと答えようとしている。
「『ケイ』の傲慢でドスケベな性格は、俺を参考にしてるのか?」
「それは……」
峰子は明らかに狼狽し、言葉に窮した。
だが慧一は追及を緩めるつもりはなく、彼女の世界へと挑み続ける。
「そのあたりも見抜いてるわけだ」
「うっ」
慧一は座席の肩に顎を乗せ、峰子の困った顔を見据えた。
「いいえ、あの、それはその……何となく想像しただけで。もちろん、オーバーに書いたんですけど」
「ほう」
しどろもどろの峰子が、潤んだ瞳で見返してくる。
「……ごめんなさい。想像、というより妄想です。あなたのことを知りもしないのに、勝手にキャラクターやストーリーを考えました」
峰子は済まなそうにうなだれる。
今度こそ慧一を不愉快にさせたと思い込んだらしい。
車のライトは消えている。
月明かりのもと、彼女の首筋が白く浮かび上がり、慧一の願望を強く揺さぶった。
なんの計算もない、処女の誘い。
「いいよ。確かに俺は傲慢で、ドスケベな男だ」
「え……」
顔を上げ、ぽかんとする峰子。可笑しくて、可愛くて、慧一は微笑んでしまう。
「ただし、相手は真介じゃないぞ」
冗談っぽい口ぶりに、峰子も微笑む。
慧一には、今日これまでの、どんな表情よりも艶めかしく映った。
「好きな女の子に対しては、そうなる。最近、分かったことだ」
「……」
「君のことだよ」
波の音だけが聞こえる、海辺の駐車場。
二人は動かず、長いこと見つめ合った。
先に動いたのは慧一。
視線を合わせたまま、峰子の眼鏡に指をかけると、そっと外した。
顔の角度を傾け、淡い色の、柔らかな唇に近付く。
彼女の息を感じる。
あと少しで重なると思ったその時……
「きゃっ」
か細い悲鳴とともに、彼女が後ろに下がった。
「……嫌か」
慧一は落胆した様子もなく、普通に呟く。これは予想の範囲内で、当然の反応である。なにしろ相手は、まっさらの処女なのだから。
峰子は後部座席の背もたれに体をくっつけ、微かに震えている。
「……ダ、ダメです。そんなっ」
彼女は激しくかぶりを振り、上ずった声で抗議した。
(名前を呼び捨てにされるのはいいが、キスはダメ、か)
ちょっとだけ期待した自分に、慧一は苦笑する。
「峰子」
「は、はいっ」
「俺は、さっき君が言ったように、束縛されるのが嫌いだが、するのはもっと嫌いだ」
「え……?」
逃げ腰の峰子に、真面目に言って聞かせる。
「俺は君が好きだよ。無理やりにでも手に入れたいと思ってる。意味、分かるよな。でも、それは君を自分の言いなりにするのとは違う」
峰子は黙っている。
眼鏡無しの顔も可愛いじゃないかと内心満足しながら、慧一は続けた。
「お互いべったりせず、何の束縛も無い、自由な付き合いを一度やってみないか」
彼女の世界に入れてほしい。
奥の奥まで踏み込んでいくチャンス。ここは運命の分かれ道だ。
真剣な態度に応じてか、峰子はこちらを見直すけれど、やはり目を逸らした。
「付き合うって、そんな……本気ですか。私なんかを、好きだなんて」
自信なさげに俯く仕草に、慧一はふと、泉真介を思い出す。
せっかく良い素材なのに、自信のなさが魅力を半減させている。峰子もまさに、そんなタイプだった。
「私は、あなたを勝手にネタにして本を書いてるような、変な人間ですよ」
少々弱いが、これはこれで手応えだ。
「俺は面白いと思ってるよ、君のこと。好奇心を大いに刺激される」
「お、面白い……ですか?」
「うん。それに、可愛い」
峰子は首を左右に振り、胸を押さえた。
「そんなこと言われたの初めてです。変わってるとはよく言われるけど。あと、地味だとか。それに、可愛いなんて……」
暗い中でも頬が赤らむのが分かった。やはり女の子である。
「可愛いよ」
思いを込めて、もう一度言う。
峰子はいたたまれないのか、もじもじした。
自分の魅力に気付かない女は損だ。歯がゆくてしょうがない。
慧一は、ますます自分が何とかしてやらなくてはと焦り、体の芯が強く疼いた。
「でも……分かりました」
やがて峰子は顔をゆっくりと上げて、慧一と向き合う。
頬は赤らんだまま。
「えっ?」
分かりましたと、確かに聞こえた。
つまり、承諾したということ――
彼女の返事がにわかには信じられず、慧一は真意をはかるために彼女を覗き込む。
慧一は、建物から離れた位置に車を停めた。
辺りは暗くシンとして、店内から漏れる明かりもここまで届かない。
(さて……と)
シートベルトを外すと、後部席に体ごと振り向き、峰子と顔を合わせた。
「あのっ、すみません。失礼なことを言ってしまって……」
「ん?」
峰子は気まずそうな表情で、オドオドしている。
あんなにきっぱり発言しながら、いまさら怖がる彼女を可笑しいと感じる。だが慧一は笑わなかった。
「いや、感心してるんだよ。君と俺はこれまで接点も無く過ごしてきた。ほとんど口も利いたことがない、それなのに」
言いながら慧一は、不思議な思いにとらわれる。
(俺だってそうだ。この娘を認識したのはごく最近で、それこそ、いくらも喋っていない。それなのに、好きになったじゃないか。いきなり好きで堪らなくなった)
「滝口さん……」
峰子は座る位置を前にずらし、座席に手を掛け、少し身を乗り出すようにした。眼鏡の奥の瞳は、なぜか潤んでいる。
峰子の顔が近付き、慧一は危ない気分が持ち上がるのを堪えた。今はまだ、その段階ではない。
「ええと……じゃあ、質問に戻るよ。モースのことだ」
「はい」
峰子の返事は素直だ。きちんと答えようとしている。
「『ケイ』の傲慢でドスケベな性格は、俺を参考にしてるのか?」
「それは……」
峰子は明らかに狼狽し、言葉に窮した。
だが慧一は追及を緩めるつもりはなく、彼女の世界へと挑み続ける。
「そのあたりも見抜いてるわけだ」
「うっ」
慧一は座席の肩に顎を乗せ、峰子の困った顔を見据えた。
「いいえ、あの、それはその……何となく想像しただけで。もちろん、オーバーに書いたんですけど」
「ほう」
しどろもどろの峰子が、潤んだ瞳で見返してくる。
「……ごめんなさい。想像、というより妄想です。あなたのことを知りもしないのに、勝手にキャラクターやストーリーを考えました」
峰子は済まなそうにうなだれる。
今度こそ慧一を不愉快にさせたと思い込んだらしい。
車のライトは消えている。
月明かりのもと、彼女の首筋が白く浮かび上がり、慧一の願望を強く揺さぶった。
なんの計算もない、処女の誘い。
「いいよ。確かに俺は傲慢で、ドスケベな男だ」
「え……」
顔を上げ、ぽかんとする峰子。可笑しくて、可愛くて、慧一は微笑んでしまう。
「ただし、相手は真介じゃないぞ」
冗談っぽい口ぶりに、峰子も微笑む。
慧一には、今日これまでの、どんな表情よりも艶めかしく映った。
「好きな女の子に対しては、そうなる。最近、分かったことだ」
「……」
「君のことだよ」
波の音だけが聞こえる、海辺の駐車場。
二人は動かず、長いこと見つめ合った。
先に動いたのは慧一。
視線を合わせたまま、峰子の眼鏡に指をかけると、そっと外した。
顔の角度を傾け、淡い色の、柔らかな唇に近付く。
彼女の息を感じる。
あと少しで重なると思ったその時……
「きゃっ」
か細い悲鳴とともに、彼女が後ろに下がった。
「……嫌か」
慧一は落胆した様子もなく、普通に呟く。これは予想の範囲内で、当然の反応である。なにしろ相手は、まっさらの処女なのだから。
峰子は後部座席の背もたれに体をくっつけ、微かに震えている。
「……ダ、ダメです。そんなっ」
彼女は激しくかぶりを振り、上ずった声で抗議した。
(名前を呼び捨てにされるのはいいが、キスはダメ、か)
ちょっとだけ期待した自分に、慧一は苦笑する。
「峰子」
「は、はいっ」
「俺は、さっき君が言ったように、束縛されるのが嫌いだが、するのはもっと嫌いだ」
「え……?」
逃げ腰の峰子に、真面目に言って聞かせる。
「俺は君が好きだよ。無理やりにでも手に入れたいと思ってる。意味、分かるよな。でも、それは君を自分の言いなりにするのとは違う」
峰子は黙っている。
眼鏡無しの顔も可愛いじゃないかと内心満足しながら、慧一は続けた。
「お互いべったりせず、何の束縛も無い、自由な付き合いを一度やってみないか」
彼女の世界に入れてほしい。
奥の奥まで踏み込んでいくチャンス。ここは運命の分かれ道だ。
真剣な態度に応じてか、峰子はこちらを見直すけれど、やはり目を逸らした。
「付き合うって、そんな……本気ですか。私なんかを、好きだなんて」
自信なさげに俯く仕草に、慧一はふと、泉真介を思い出す。
せっかく良い素材なのに、自信のなさが魅力を半減させている。峰子もまさに、そんなタイプだった。
「私は、あなたを勝手にネタにして本を書いてるような、変な人間ですよ」
少々弱いが、これはこれで手応えだ。
「俺は面白いと思ってるよ、君のこと。好奇心を大いに刺激される」
「お、面白い……ですか?」
「うん。それに、可愛い」
峰子は首を左右に振り、胸を押さえた。
「そんなこと言われたの初めてです。変わってるとはよく言われるけど。あと、地味だとか。それに、可愛いなんて……」
暗い中でも頬が赤らむのが分かった。やはり女の子である。
「可愛いよ」
思いを込めて、もう一度言う。
峰子はいたたまれないのか、もじもじした。
自分の魅力に気付かない女は損だ。歯がゆくてしょうがない。
慧一は、ますます自分が何とかしてやらなくてはと焦り、体の芯が強く疼いた。
「でも……分かりました」
やがて峰子は顔をゆっくりと上げて、慧一と向き合う。
頬は赤らんだまま。
「えっ?」
分かりましたと、確かに聞こえた。
つまり、承諾したということ――
彼女の返事がにわかには信じられず、慧一は真意をはかるために彼女を覗き込む。
あなたにおすすめの小説
今宵、薔薇の園で
天海月
恋愛
早世した母の代わりに妹たちの世話に励み、婚期を逃しかけていた伯爵家の長女・シャーロットは、これが最後のチャンスだと思い、唐突に持ち込まれた気の進まない婚約話を承諾する。
しかし、一か月も経たないうちに、その話は先方からの一方的な申し出によって破談になってしまう。
彼女は藁にもすがる思いで、幼馴染の公爵アルバート・グレアムに相談を持ち掛けるが、新たな婚約者候補として紹介されたのは彼の弟のキースだった。
キースは長年、シャーロットに思いを寄せていたが、遠慮して距離を縮めることが出来ないでいた。
そんな弟を見かねた兄が一計を図ったのだった。
彼女はキースのことを弟のようにしか思っていなかったが、次第に彼の情熱に絆されていく・・・。
虐げられた令嬢は、耐える必要がなくなりました
天宮有
恋愛
伯爵令嬢の私アニカは、妹と違い婚約者がいなかった。
妹レモノは侯爵令息との婚約が決まり、私を見下すようになる。
その後……私はレモノの嘘によって、家族から虐げられていた。
家族の命令で外に出ることとなり、私は公爵令息のジェイドと偶然出会う。
ジェイドは私を心配して、守るから耐える必要はないと言ってくれる。
耐える必要がなくなった私は、家族に反撃します。
【完結】小公爵様、死亡フラグが立っています。
曽根原ツタ
恋愛
ロベリア・アヴリーヌは前世で日本人だった。恋愛小説『瑠璃色の妃』の世界に転生し、物語には登場しない公爵令嬢として二度目の人生を生きていた。
ロベリアには、小説のエピソードの中で気がかりな点があった。それは、主人公ナターシャの幼馴染で、尚且つ彼女に恋心を寄せる当て馬ポジションのユーリ・ローズブレイドについて。彼は、物語の途中でナターシャの双子の妹に刺殺されるという数奇な運命を迎える。その未来を知るのは──ロベリアただひとり。
お人好しの彼女は、虐げられ主人公も、殺害される当て馬も、ざまぁ予定の悪役も全員救うため、一念発起する。
「ユーリ様。あなたにはナターシャに──愛の告白をしていただきますわ!」
「…………は?」
弾丸令嬢のストーリー改変が始まる──。
-----------------
小説家になろう様でも更新しております。
(完結保証)
これって政略結婚じゃないんですか? ー彼が指輪をしている理由ー
小田恒子
恋愛
この度、幼馴染とお見合いを経て政略結婚する事になりました。
でも、その彼の左手薬指には、指輪が輝いてます。
もしかして、これは本当に形だけの結婚でしょうか……?
表紙はぱくたそ様のフリー素材、フォントは簡単表紙メーカー様のものを使用しております。
全年齢作品です。
ベリーズカフェ公開日 2022/09/21
アルファポリス公開日 2025/06/19
作品の無断転載はご遠慮ください。
【完結】見えてますよ!
ユユ
恋愛
“何故”
私の婚約者が彼だと分かると、第一声はソレだった。
美少女でもなければ醜くもなく。
優秀でもなければ出来損ないでもなく。
高貴でも無ければ下位貴族でもない。
富豪でなければ貧乏でもない。
中の中。
自己主張も存在感もない私は貴族達の中では透明人間のようだった。
唯一認識されるのは婚約者と社交に出る時。
そしてあの言葉が聞こえてくる。
見目麗しく優秀な彼の横に並ぶ私を蔑む令嬢達。
私はずっと願っていた。彼に婚約を解消して欲しいと。
ある日いき過ぎた嫌がらせがきっかけで、見えるようになる。
★注意★
・閑話にはR18要素を含みます。
読まなくても大丈夫です。
・作り話です。
・合わない方はご退出願います。
・完結しています。
冷酷総長は、彼女を手中に収めて溺愛の檻から逃さない
彩空百々花
恋愛
誰もが恐れ、羨み、その瞳に映ることだけを渇望するほどに高貴で気高い、今世紀最強の見目麗しき完璧な神様。
酔いしれるほどに麗しく美しい女たちの愛に溺れ続けていた神様は、ある日突然。
「今日からこの女がおれの最愛のひと、ね」
そんなことを、言い出した。
結婚する事に決めたから
KONAN
恋愛
私は既婚者です。
新たな職場で出会った彼女と結婚する為に、私がその時どう考え、どう行動したのかを書き記していきます。
まずは、離婚してから行動を起こします。
主な登場人物
東條なお
似ている芸能人
○原隼人さん
32歳既婚。
中学、高校はテニス部
電気工事の資格と実務経験あり。
車、バイク、船の免許を持っている。
現在、新聞販売店所長代理。
趣味はイカ釣り。
竹田みさき
似ている芸能人
○野芽衣さん
32歳未婚、シングルマザー
医療事務
息子1人
親分(大島)
似ている芸能人
○田新太さん
70代
施設の送迎運転手
板金屋(大倉)
似ている芸能人
○藤大樹さん
23歳
介護助手
理学療法士になる為、勉強中
よっしー課長(吉本)
似ている芸能人
○倉涼子さん
施設医療事務課長
登山が趣味
o谷事務長
○重豊さん
施設医療事務事務長
腰痛持ち
池さん
似ている芸能人
○田あき子さん
居宅部門管理者
看護師
下山さん(ともさん)
似ている芸能人
○地真央さん
医療事務
息子と娘はテニス選手
t助
似ている芸能人
○ツオくん(アニメ)
施設医療事務事務長
o谷事務長異動後の事務長
雄一郎 ゆういちろう
似ている芸能人
○鹿央士さん
弟の同級生
中学テニス部
高校陸上部
大学帰宅部
髪の赤い看護師(川木えみ)
似ている芸能人
○田來未さん
准看護師
ヤンキー
怖い
【完結】僕ら二度目のはじめまして ~オフィスで再会した、心に残ったままの初恋~
葉影
恋愛
高校の頃、誰よりも大切だった人。
「さ、最近はあんまり好きじゃないから…!」――あの言葉が、最後になった。
小島久遠は、新たな職場で、元カレとまさかの再会を果たす。
若くしてプロジェクトチームを任される彼は、
かつて自分だけに愛を囁いてくれていたことが信じられないほど、
遠く、眩しい存在になっていた。
優しかったあの声は、もう久遠の名前を呼んでくれない。
もう一度“はじめまして”からやり直せたら――そんなこと、願ってはいけないのに。
それでも——
8年越しのすれ違いは、再会から静かに動き出す。
これは、終わった恋を「もう一度はじめる」までの物語。