45 / 82
幸せな日曜日
2
困惑する慧一を見て、峰子がクスクス笑う。
「あのなあ……」
慧一のほうが赤面しそうだ。
「すみません、つい……うふふ」
「ずいぶん余裕じゃないか、まったく……いいけどさ」
「ごめんなさい」
まだ可笑しそうだが、ここで喋っていてもしょうがない。慧一は車のドアを開けると、峰子に乗るよう促した。
「うっ、いたたた……」
助手席に乗り込む時、峰子が顔をしかめた。
例の筋肉痛だ。痛みのためか、腰を押さえながらゆっくり動いている。
「おい、大丈夫か」
「な、何とか……」
笑顔を作るが、少しぎこちない。
慧一は、峰子の痛々しい姿を目の当たりにし、かわいそうになった。筋肉痛の原因を作った者として、何かで埋め合わせしなければと思う。
「峰子はどこに行きたい? お茶か、ランチか。腰が痛そうだから、近場にしておくか」
「いえっ、大丈夫です。平気ですから」
痛いくせに、こちらに気を遣うところが峰子らしい。でも、慧一は甘えてほしいのだ。
「駄目だ。無理はさせないよ」
峰子の遠慮を優しく断り、車を出した。
今日の峰子は髪を横分けにし、自然に流している。パフスリーブのブラウスにフレアスカートが女の子らしい。
「可愛いな」
「えっ?」
峰子はきょとんとするが、自分の服装のことだと気付いて、はにかんだ。
「この前のシックなワンピースも、よく似合ってた」
「あ、ありがとうございます」
ストレートな褒め言葉に照れたのか、峰子はバッグの留め金をもじもじといじる。恥ずかしそうな様子も可愛い。
「け、慧一さんも。いいですね、そのクレリックシャツ。水色のストライプが涼しそうで」
車は交差点を左折し、坂道を上っていく。喫茶ロマンへと続く道である。
「ああ、これね。流行ってるとか言って、店の兄ちゃんにすすめられたんだ」
「爽やかで、素敵です」
「サンキュ。イメージ的には真介のほうが似合いそうだけどな」
「あ、泉さん?」
「うん、あいつには爽やかな色が映えるんだ」
慧一はロマンの駐車場に入ると、慣れた動作でハンドルを切り、車を停めた。
山の朝は、空気が清浄で気持ちいい。
林の奥から鳥のさえずりが聞こえた。
「この店は俺の気に入りでね。外観はいまいちだけど、コーヒーは美味いよ」
峰子が辺りを見回しつつ、ぎこちない足取りで慧一に近付く。
「痛そうだな」
だが、それを表に出さないよう努力している。
無理する姿は、余計に痛々しかった。
「かなり痛そうだ」
「そんな、大丈夫です」
「俺のせいで……」
慧一は言ってしまってから、口を覆った。が、もう遅い。
峰子の頬がじわじわと赤くなるのを見て、
「あっと……すまん、ええと」
言葉を探すが、何を言ってもあの夜を連想させてしまいそうだ。この明るく爽やかな朝の中で。
「ま、とりあえず入るか」
「はい」
言葉で取り繕うより場所を変えたほうが早い。
慧一は峰子に合わせてゆっくりと歩く。お姫様に付き添う気分だった。
「いらっしゃいませー……って、あらっ、慧一君!」
中に入ると、バイトのおばちゃんがびっくり顔で出迎える。
さもありなん。
慧一が女性を伴って来るのは初めてなのだ。
「顔なじみの店なんだ」
そっと教えると峰子は笑顔になり、おばちゃんにお辞儀をした。
「ようこそ喫茶ロマンへ。どうぞどうぞ、奥の席が空いてるわよー」
おばちゃんも嬉しそうに笑う。
「かっわいいコじゃないの、慧一君」
「まあね」
冷やかしに調子を合わせつつ、慧一は奥の席に峰子を案内した。
「わあ、柱も床も天然木ですね。インテリアも可愛い……素敵なお店」
喫茶ロマンの素朴な造りや雰囲気が気に入ったのか、峰子は喜んでいる。
先ほどのうっかり発言は忘れてくれたようだ。慧一が安心したところへ、今度は違うおばちゃんがオーダーを取りに来た。
「今日はかわいらしいお嬢さんと一緒でいいわねえ。真介君が見たらやきもちやいちゃうわよ」
当たらずといえども遠からずな指摘を受け、慧一は苦笑する。
『真介』の名前に反応してか、峰子がそわそわするのが分かった。
「俺はいつもの。峰子は?」
「えっと、私はハウスブレンドを」
「はーい、カフェオレとハウスブレンドですね。少々お待ちください」
鼻歌交じりでカウンターへ戻るおばちゃんを、峰子が楽しそうに見送る。
「慧一さんは、常連さんですね」
「ああ。でも、休日に来るのは珍しいんだ。いつもは会社帰りに寄るぐらいで」
「泉さんとも、よく?」
「うん。あいつとは日勤になってから、たびたび会うね。待ち合わせるわけじゃないけどさ」
「そうなんですか。やっぱり仲がいいんですね」
慧一と真介の話題のためか、峰子はえらくご機嫌である。
「ケイとシンほどじゃないけど?」
「あ……、うふふっ」
やはり楽しそうだ。
まあ、笑ってくれるなら何でもいいやと、慧一は優しい眼差しで峰子を見つめた。
日曜日の穏やかな朝。
幸せってこういうものなのかな。
かつてない心地よさと、胸の高鳴りを感じる慧一だった。
「あのなあ……」
慧一のほうが赤面しそうだ。
「すみません、つい……うふふ」
「ずいぶん余裕じゃないか、まったく……いいけどさ」
「ごめんなさい」
まだ可笑しそうだが、ここで喋っていてもしょうがない。慧一は車のドアを開けると、峰子に乗るよう促した。
「うっ、いたたた……」
助手席に乗り込む時、峰子が顔をしかめた。
例の筋肉痛だ。痛みのためか、腰を押さえながらゆっくり動いている。
「おい、大丈夫か」
「な、何とか……」
笑顔を作るが、少しぎこちない。
慧一は、峰子の痛々しい姿を目の当たりにし、かわいそうになった。筋肉痛の原因を作った者として、何かで埋め合わせしなければと思う。
「峰子はどこに行きたい? お茶か、ランチか。腰が痛そうだから、近場にしておくか」
「いえっ、大丈夫です。平気ですから」
痛いくせに、こちらに気を遣うところが峰子らしい。でも、慧一は甘えてほしいのだ。
「駄目だ。無理はさせないよ」
峰子の遠慮を優しく断り、車を出した。
今日の峰子は髪を横分けにし、自然に流している。パフスリーブのブラウスにフレアスカートが女の子らしい。
「可愛いな」
「えっ?」
峰子はきょとんとするが、自分の服装のことだと気付いて、はにかんだ。
「この前のシックなワンピースも、よく似合ってた」
「あ、ありがとうございます」
ストレートな褒め言葉に照れたのか、峰子はバッグの留め金をもじもじといじる。恥ずかしそうな様子も可愛い。
「け、慧一さんも。いいですね、そのクレリックシャツ。水色のストライプが涼しそうで」
車は交差点を左折し、坂道を上っていく。喫茶ロマンへと続く道である。
「ああ、これね。流行ってるとか言って、店の兄ちゃんにすすめられたんだ」
「爽やかで、素敵です」
「サンキュ。イメージ的には真介のほうが似合いそうだけどな」
「あ、泉さん?」
「うん、あいつには爽やかな色が映えるんだ」
慧一はロマンの駐車場に入ると、慣れた動作でハンドルを切り、車を停めた。
山の朝は、空気が清浄で気持ちいい。
林の奥から鳥のさえずりが聞こえた。
「この店は俺の気に入りでね。外観はいまいちだけど、コーヒーは美味いよ」
峰子が辺りを見回しつつ、ぎこちない足取りで慧一に近付く。
「痛そうだな」
だが、それを表に出さないよう努力している。
無理する姿は、余計に痛々しかった。
「かなり痛そうだ」
「そんな、大丈夫です」
「俺のせいで……」
慧一は言ってしまってから、口を覆った。が、もう遅い。
峰子の頬がじわじわと赤くなるのを見て、
「あっと……すまん、ええと」
言葉を探すが、何を言ってもあの夜を連想させてしまいそうだ。この明るく爽やかな朝の中で。
「ま、とりあえず入るか」
「はい」
言葉で取り繕うより場所を変えたほうが早い。
慧一は峰子に合わせてゆっくりと歩く。お姫様に付き添う気分だった。
「いらっしゃいませー……って、あらっ、慧一君!」
中に入ると、バイトのおばちゃんがびっくり顔で出迎える。
さもありなん。
慧一が女性を伴って来るのは初めてなのだ。
「顔なじみの店なんだ」
そっと教えると峰子は笑顔になり、おばちゃんにお辞儀をした。
「ようこそ喫茶ロマンへ。どうぞどうぞ、奥の席が空いてるわよー」
おばちゃんも嬉しそうに笑う。
「かっわいいコじゃないの、慧一君」
「まあね」
冷やかしに調子を合わせつつ、慧一は奥の席に峰子を案内した。
「わあ、柱も床も天然木ですね。インテリアも可愛い……素敵なお店」
喫茶ロマンの素朴な造りや雰囲気が気に入ったのか、峰子は喜んでいる。
先ほどのうっかり発言は忘れてくれたようだ。慧一が安心したところへ、今度は違うおばちゃんがオーダーを取りに来た。
「今日はかわいらしいお嬢さんと一緒でいいわねえ。真介君が見たらやきもちやいちゃうわよ」
当たらずといえども遠からずな指摘を受け、慧一は苦笑する。
『真介』の名前に反応してか、峰子がそわそわするのが分かった。
「俺はいつもの。峰子は?」
「えっと、私はハウスブレンドを」
「はーい、カフェオレとハウスブレンドですね。少々お待ちください」
鼻歌交じりでカウンターへ戻るおばちゃんを、峰子が楽しそうに見送る。
「慧一さんは、常連さんですね」
「ああ。でも、休日に来るのは珍しいんだ。いつもは会社帰りに寄るぐらいで」
「泉さんとも、よく?」
「うん。あいつとは日勤になってから、たびたび会うね。待ち合わせるわけじゃないけどさ」
「そうなんですか。やっぱり仲がいいんですね」
慧一と真介の話題のためか、峰子はえらくご機嫌である。
「ケイとシンほどじゃないけど?」
「あ……、うふふっ」
やはり楽しそうだ。
まあ、笑ってくれるなら何でもいいやと、慧一は優しい眼差しで峰子を見つめた。
日曜日の穏やかな朝。
幸せってこういうものなのかな。
かつてない心地よさと、胸の高鳴りを感じる慧一だった。
あなたにおすすめの小説
今宵、薔薇の園で
天海月
恋愛
早世した母の代わりに妹たちの世話に励み、婚期を逃しかけていた伯爵家の長女・シャーロットは、これが最後のチャンスだと思い、唐突に持ち込まれた気の進まない婚約話を承諾する。
しかし、一か月も経たないうちに、その話は先方からの一方的な申し出によって破談になってしまう。
彼女は藁にもすがる思いで、幼馴染の公爵アルバート・グレアムに相談を持ち掛けるが、新たな婚約者候補として紹介されたのは彼の弟のキースだった。
キースは長年、シャーロットに思いを寄せていたが、遠慮して距離を縮めることが出来ないでいた。
そんな弟を見かねた兄が一計を図ったのだった。
彼女はキースのことを弟のようにしか思っていなかったが、次第に彼の情熱に絆されていく・・・。
虐げられた令嬢は、耐える必要がなくなりました
天宮有
恋愛
伯爵令嬢の私アニカは、妹と違い婚約者がいなかった。
妹レモノは侯爵令息との婚約が決まり、私を見下すようになる。
その後……私はレモノの嘘によって、家族から虐げられていた。
家族の命令で外に出ることとなり、私は公爵令息のジェイドと偶然出会う。
ジェイドは私を心配して、守るから耐える必要はないと言ってくれる。
耐える必要がなくなった私は、家族に反撃します。
【完結】小公爵様、死亡フラグが立っています。
曽根原ツタ
恋愛
ロベリア・アヴリーヌは前世で日本人だった。恋愛小説『瑠璃色の妃』の世界に転生し、物語には登場しない公爵令嬢として二度目の人生を生きていた。
ロベリアには、小説のエピソードの中で気がかりな点があった。それは、主人公ナターシャの幼馴染で、尚且つ彼女に恋心を寄せる当て馬ポジションのユーリ・ローズブレイドについて。彼は、物語の途中でナターシャの双子の妹に刺殺されるという数奇な運命を迎える。その未来を知るのは──ロベリアただひとり。
お人好しの彼女は、虐げられ主人公も、殺害される当て馬も、ざまぁ予定の悪役も全員救うため、一念発起する。
「ユーリ様。あなたにはナターシャに──愛の告白をしていただきますわ!」
「…………は?」
弾丸令嬢のストーリー改変が始まる──。
-----------------
小説家になろう様でも更新しております。
(完結保証)
これって政略結婚じゃないんですか? ー彼が指輪をしている理由ー
小田恒子
恋愛
この度、幼馴染とお見合いを経て政略結婚する事になりました。
でも、その彼の左手薬指には、指輪が輝いてます。
もしかして、これは本当に形だけの結婚でしょうか……?
表紙はぱくたそ様のフリー素材、フォントは簡単表紙メーカー様のものを使用しております。
全年齢作品です。
ベリーズカフェ公開日 2022/09/21
アルファポリス公開日 2025/06/19
作品の無断転載はご遠慮ください。
【完結】見えてますよ!
ユユ
恋愛
“何故”
私の婚約者が彼だと分かると、第一声はソレだった。
美少女でもなければ醜くもなく。
優秀でもなければ出来損ないでもなく。
高貴でも無ければ下位貴族でもない。
富豪でなければ貧乏でもない。
中の中。
自己主張も存在感もない私は貴族達の中では透明人間のようだった。
唯一認識されるのは婚約者と社交に出る時。
そしてあの言葉が聞こえてくる。
見目麗しく優秀な彼の横に並ぶ私を蔑む令嬢達。
私はずっと願っていた。彼に婚約を解消して欲しいと。
ある日いき過ぎた嫌がらせがきっかけで、見えるようになる。
★注意★
・閑話にはR18要素を含みます。
読まなくても大丈夫です。
・作り話です。
・合わない方はご退出願います。
・完結しています。
冷酷総長は、彼女を手中に収めて溺愛の檻から逃さない
彩空百々花
恋愛
誰もが恐れ、羨み、その瞳に映ることだけを渇望するほどに高貴で気高い、今世紀最強の見目麗しき完璧な神様。
酔いしれるほどに麗しく美しい女たちの愛に溺れ続けていた神様は、ある日突然。
「今日からこの女がおれの最愛のひと、ね」
そんなことを、言い出した。
結婚する事に決めたから
KONAN
恋愛
私は既婚者です。
新たな職場で出会った彼女と結婚する為に、私がその時どう考え、どう行動したのかを書き記していきます。
まずは、離婚してから行動を起こします。
主な登場人物
東條なお
似ている芸能人
○原隼人さん
32歳既婚。
中学、高校はテニス部
電気工事の資格と実務経験あり。
車、バイク、船の免許を持っている。
現在、新聞販売店所長代理。
趣味はイカ釣り。
竹田みさき
似ている芸能人
○野芽衣さん
32歳未婚、シングルマザー
医療事務
息子1人
親分(大島)
似ている芸能人
○田新太さん
70代
施設の送迎運転手
板金屋(大倉)
似ている芸能人
○藤大樹さん
23歳
介護助手
理学療法士になる為、勉強中
よっしー課長(吉本)
似ている芸能人
○倉涼子さん
施設医療事務課長
登山が趣味
o谷事務長
○重豊さん
施設医療事務事務長
腰痛持ち
池さん
似ている芸能人
○田あき子さん
居宅部門管理者
看護師
下山さん(ともさん)
似ている芸能人
○地真央さん
医療事務
息子と娘はテニス選手
t助
似ている芸能人
○ツオくん(アニメ)
施設医療事務事務長
o谷事務長異動後の事務長
雄一郎 ゆういちろう
似ている芸能人
○鹿央士さん
弟の同級生
中学テニス部
高校陸上部
大学帰宅部
髪の赤い看護師(川木えみ)
似ている芸能人
○田來未さん
准看護師
ヤンキー
怖い
【完結】僕ら二度目のはじめまして ~オフィスで再会した、心に残ったままの初恋~
葉影
恋愛
高校の頃、誰よりも大切だった人。
「さ、最近はあんまり好きじゃないから…!」――あの言葉が、最後になった。
小島久遠は、新たな職場で、元カレとまさかの再会を果たす。
若くしてプロジェクトチームを任される彼は、
かつて自分だけに愛を囁いてくれていたことが信じられないほど、
遠く、眩しい存在になっていた。
優しかったあの声は、もう久遠の名前を呼んでくれない。
もう一度“はじめまして”からやり直せたら――そんなこと、願ってはいけないのに。
それでも——
8年越しのすれ違いは、再会から静かに動き出す。
これは、終わった恋を「もう一度はじめる」までの物語。