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一泊旅行のお誘い
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課長との電話を切り、天井をぼんやり眺めていると、ベッドの上のスマートフォンが鳴った。あまりにも突然なので、必要以上に驚いてしまう。
急いで手に取ると、峰子からだ。
慧一は深呼吸をし、顔を引き締めてから応答した。
「もしもし」
『こんばんは。ごめんなさい、私、お風呂に入っていたから』
可愛い声が聞こえると、慧一の表情は簡単に緩んだ。
「いいよ、急用ってわけじゃないから」
『そうなんですか?』
峰子は気の抜けた声になる。
(……ひょっとして、例の件だと思ったのかな)
慧一は、峰子がきちんと考えてくれていると分かり、素直に喜んだ。
「デートのお誘いなんだけど」
『あ、そういえば明日からお休みですね』
「うん。一週間もあるだろ。どこかにゆっくり遊びに行こうぜ」
『えっ、ゆっくり……ですか?』
「うん」
電話機の向こうで峰子が沈黙する。随分長い沈黙である。
「峰子?」
『はい、分かりました。一泊なら大丈夫だと思います』
「一泊?」
『ええ』
どうやら、ゆっくりというのを、泊まりで旅行すると解釈したらしい。
峰子ならではの早とちりである。慧一は “一日ゆっくり” という意味で言ったのに。
慧一は口を押さえ、笑いたいのを懸命に堪えた。笑ったりすれば、折角のチャンスがふいになってしまう。
『あの……慧一さん?』
「そう、一泊なら大丈夫なんだ。そうか、それはラッキーだ」
大真面目に応答し、慧一はカレンダーを確かめた。
「いつがいいかな。十四日はイベントだから、それ以外の日で、そうだな……十一日にするか?」
『えっと、明後日から一泊ですね。はい、私は大丈夫です』
(よしっ!)
速攻でカレンダーに印をつけた。
「どこか希望の場所はあるかい」
『そうですね、うーん』
なかなか答えない。どうやら考え込んでしまったようだ。
「俺が決めようか」
『すみません、私、迷っちゃって』
「本当に、どこでもいい?」
『はい、もちろんです。あの……』
言葉を探してか、峰子は口ごもる。
相変わらずの気遣いをもどかしく思うが、同時に愛しくもある。
慧一は大らかな愛情で彼女を待った。
『私』
「うん」
『慧一さんと一緒なら、どこでも満足です』
さらりと殺し文句を言う。
(ひょっとしてこの子は、俺の急所を熟知してるんじゃないか)
慧一は倒れそうになりながら、胸で叫んだ。
(俺を揺さぶるのはやめてくれ!)
口に出そうになるが、我慢する。それを言ったら彼女はもう必殺技を封印してしまうかもしれない。慧一にとって、それは痛い損失になる。
「そっか、サンキュ」
本音を隠し、軽く受けておいた。
「それじゃ、朝八時ごろに迎えに行くよ」
『えっ?』
「八時は早いか。九時にする?」
『い、いいえ、八時でも構いません。でも、家の前は……私、表通りに出ていますね』
慧一はピンときた。この慌てぶりは……
「家族に内緒で行くつもりか」
『だって、言ったら出してもらえません』
子どものような言い方をする。実際、あの家では彼女は子ども扱いなのだろうが。
「……そうだな」
慧一は考えた。
確かに、嫁入り前の娘を男と外泊させるなど、彼女の両親が許しそうにない。
「峰子、それなら……」
『やめるなんて嫌ですよ』
「ん?」
『旅行をやめるなんてっ』
珍しく強引な彼女にたじろぐが、その意気込みは慧一を感動させた。 彼女の慧一に対する意思が、ひしひしと伝わってくる。
「やめないよ。お母さんに代わってくれ」
『そんなこと!』
峰子の声が裏返る。だが、ここは譲らない。
「いいから、交代しろ」
『だって』
「早く」
『もう、知りませんよ』
部屋を移動する気配がした。慧一はスマートフォンを持ち直し、母親が出るのを待つ。
『もしもし、代わりました』
母親の声が聞こえた。辺りをはばかるような喋り方である。
「こんばんは、夜分にすみません。滝口です」
『ええ。あの、峰子は自室に帰しましたから、今は私一人です。でも例の話でしたら、私の携帯にかけてくださったほうが』
イベントの話だと思われたようだ。
「いえいえ違います。あの件ではありません」
『はあ』
「十一日から、峰子さんと一泊旅行に行きたいと思っています」
『え?』
「許可してもらえますか」
『……』
絶句している。
それはそうだろう。こんなことを親に直接訊く馬鹿はそうそういない。
『あ、ごめんなさいね。そう、旅行ですか。峰子と二人きり? ですよね、もちろん』
「ええ」
『それは』
「やはり無理でしょうか」
『……うっふふ』
「?」
母親はなぜか笑い出した。
電話の向こうで、ずっと笑っている。どうにかなってしまったのでは……と、本気で心配しかけた頃、落ち着いた声が戻った。
『許可も何も、滝口さん』
「はい」
『あなた、どちらにしても連れて行くつもりでしょう』
「うっ」
図星を刺され、慧一は驚く。
なぜ分かったのだろうと、首をひねった。
母親の軽やかな口調が聞こえた。
『あなたを初めて見た時からもう、分かってました。もう、バレバレですよ』
「バ、バレバレですか?」
何が何だかかよく分からないが、とりあえずどうしてなのか訊いてみる。
母親はもう一度笑ってから、種明かしをした。
急いで手に取ると、峰子からだ。
慧一は深呼吸をし、顔を引き締めてから応答した。
「もしもし」
『こんばんは。ごめんなさい、私、お風呂に入っていたから』
可愛い声が聞こえると、慧一の表情は簡単に緩んだ。
「いいよ、急用ってわけじゃないから」
『そうなんですか?』
峰子は気の抜けた声になる。
(……ひょっとして、例の件だと思ったのかな)
慧一は、峰子がきちんと考えてくれていると分かり、素直に喜んだ。
「デートのお誘いなんだけど」
『あ、そういえば明日からお休みですね』
「うん。一週間もあるだろ。どこかにゆっくり遊びに行こうぜ」
『えっ、ゆっくり……ですか?』
「うん」
電話機の向こうで峰子が沈黙する。随分長い沈黙である。
「峰子?」
『はい、分かりました。一泊なら大丈夫だと思います』
「一泊?」
『ええ』
どうやら、ゆっくりというのを、泊まりで旅行すると解釈したらしい。
峰子ならではの早とちりである。慧一は “一日ゆっくり” という意味で言ったのに。
慧一は口を押さえ、笑いたいのを懸命に堪えた。笑ったりすれば、折角のチャンスがふいになってしまう。
『あの……慧一さん?』
「そう、一泊なら大丈夫なんだ。そうか、それはラッキーだ」
大真面目に応答し、慧一はカレンダーを確かめた。
「いつがいいかな。十四日はイベントだから、それ以外の日で、そうだな……十一日にするか?」
『えっと、明後日から一泊ですね。はい、私は大丈夫です』
(よしっ!)
速攻でカレンダーに印をつけた。
「どこか希望の場所はあるかい」
『そうですね、うーん』
なかなか答えない。どうやら考え込んでしまったようだ。
「俺が決めようか」
『すみません、私、迷っちゃって』
「本当に、どこでもいい?」
『はい、もちろんです。あの……』
言葉を探してか、峰子は口ごもる。
相変わらずの気遣いをもどかしく思うが、同時に愛しくもある。
慧一は大らかな愛情で彼女を待った。
『私』
「うん」
『慧一さんと一緒なら、どこでも満足です』
さらりと殺し文句を言う。
(ひょっとしてこの子は、俺の急所を熟知してるんじゃないか)
慧一は倒れそうになりながら、胸で叫んだ。
(俺を揺さぶるのはやめてくれ!)
口に出そうになるが、我慢する。それを言ったら彼女はもう必殺技を封印してしまうかもしれない。慧一にとって、それは痛い損失になる。
「そっか、サンキュ」
本音を隠し、軽く受けておいた。
「それじゃ、朝八時ごろに迎えに行くよ」
『えっ?』
「八時は早いか。九時にする?」
『い、いいえ、八時でも構いません。でも、家の前は……私、表通りに出ていますね』
慧一はピンときた。この慌てぶりは……
「家族に内緒で行くつもりか」
『だって、言ったら出してもらえません』
子どものような言い方をする。実際、あの家では彼女は子ども扱いなのだろうが。
「……そうだな」
慧一は考えた。
確かに、嫁入り前の娘を男と外泊させるなど、彼女の両親が許しそうにない。
「峰子、それなら……」
『やめるなんて嫌ですよ』
「ん?」
『旅行をやめるなんてっ』
珍しく強引な彼女にたじろぐが、その意気込みは慧一を感動させた。 彼女の慧一に対する意思が、ひしひしと伝わってくる。
「やめないよ。お母さんに代わってくれ」
『そんなこと!』
峰子の声が裏返る。だが、ここは譲らない。
「いいから、交代しろ」
『だって』
「早く」
『もう、知りませんよ』
部屋を移動する気配がした。慧一はスマートフォンを持ち直し、母親が出るのを待つ。
『もしもし、代わりました』
母親の声が聞こえた。辺りをはばかるような喋り方である。
「こんばんは、夜分にすみません。滝口です」
『ええ。あの、峰子は自室に帰しましたから、今は私一人です。でも例の話でしたら、私の携帯にかけてくださったほうが』
イベントの話だと思われたようだ。
「いえいえ違います。あの件ではありません」
『はあ』
「十一日から、峰子さんと一泊旅行に行きたいと思っています」
『え?』
「許可してもらえますか」
『……』
絶句している。
それはそうだろう。こんなことを親に直接訊く馬鹿はそうそういない。
『あ、ごめんなさいね。そう、旅行ですか。峰子と二人きり? ですよね、もちろん』
「ええ」
『それは』
「やはり無理でしょうか」
『……うっふふ』
「?」
母親はなぜか笑い出した。
電話の向こうで、ずっと笑っている。どうにかなってしまったのでは……と、本気で心配しかけた頃、落ち着いた声が戻った。
『許可も何も、滝口さん』
「はい」
『あなた、どちらにしても連れて行くつもりでしょう』
「うっ」
図星を刺され、慧一は驚く。
なぜ分かったのだろうと、首をひねった。
母親の軽やかな口調が聞こえた。
『あなたを初めて見た時からもう、分かってました。もう、バレバレですよ』
「バ、バレバレですか?」
何が何だかかよく分からないが、とりあえずどうしてなのか訊いてみる。
母親はもう一度笑ってから、種明かしをした。
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