そして僕たちはひとつになる

hakusuya

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いつもと違う朝

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 五時半にセットしていた目覚ましが鳴るのを聞いて、葛葉くずはは反射的に右腕を伸ばした。
 手動でとめない限り電池が切れるまで目覚まし時計はうるさく鳴り続ける。しかし今日に限ってそれはなかなかつかまらなかった。
 仕方なく顔を上げ、薄目を開けた状態でようやく音源を見つけ出し、たたきつけるようにしてストップボタンを押した。
 むくりと体を起こした。昨夜はエアコンを何度もつけたり消したりしていたのでぐっすりと眠れなかった。
 七月に入ったばかりだというのに季節はすっかり猛暑真っ盛りだった。
 重い体を奮い立たせて起き上がる。
 血圧が低いせいか朝は弱い。しかしだるさに負けて起き上がらなかったら同じことを繰り返す、一瞬にして遅刻魔に変貌してしまう、と自分に鞭打ち、毎朝起きているのだった。
 部屋を出ると、リビングには人の気配があった。
 窓が開け放たれ、動き始めた都会の雑踏が遠くから聞こえてくる。かすかに外気が入ってくるのと同時に味噌汁の香りが漂ってきた。
 昨日から母親が泊まりに来ていたことを葛葉くずははすっかり忘れていた。
「葛葉ちゃん、おはよう」
 すでに五十代なのに母親はいつまでも若い娘のようにいきいきとした調子で葛葉に話しかける。早起きだけが年相応というところだろうか。
 身につけているものはすべて葛葉のものだ。学生時代から部屋着として着ている綿めん生地のワンピース。その薄紫色が妙に似合っていた。
「お母様、おはようございます。これからシャワーを浴びますので窓を閉めてエアコンを効かせておいて下さい」
「あら、まだ涼しいわよ」
「都会の風は朝のうちは良いですがすぐに汚れた空気を運んできます。洗濯物も干しておくと真っ黒になることがありますよ」
「まあ、大変」
 父親の教育が行き届いているせいか、母親は理屈を並べると素直に信じる方だった。
 熱いシャワーを浴びるのだから涼しい空気に触れたいだけだった。
 浴室でシャワーを浴びながら考えた。母親はいつまでいるつもりだろう。
 父親の仕事が忙しく、帰りが遅かったり帰ってこない日が続くと、母親はよくこのマンションにやって来た。
 娘の世話をするというのは口実で、向こうにいるのがつまらないからだということはよくわかっている。
 それにこのマンションは母方の祖父母が十年前に購入したものだ。その三年後に祖父が亡くなり、さらに昨年には祖母がなくなったためマンションは主を失ってしまった。
 葛葉はそこに目をつけた。家を出る絶好のチャンスではないか。
 もともと亡くなる直前の祖母が介護が必要な状態になって葛葉はたびたび世話をするために泊り込んでいたから、このマンションの勝手はよく知っている。御茶ノ水にあるので勤務先にも抜群のアクセスの良さを誇っていた。
 葛葉は真っ先に手をあげ、母親名義のこのマンションの一室に住人として入ることに成功した。
 憧れていた一人暮らし。しかしそれを満喫する間もなく母親がたびたびやって来るようになった。
 兄二人が家を出て、その上むすめも出てしまうと自宅は父親と母親の二人きりだ。父親がもう少し母親を思いやる性格だったら良かったのだが、あの男にそれを期待するのは無理というものだった。
 自他ともに認める仕事人間。母親は単なる家政婦にすぎない。
 そんな母親を可哀相に思うからこそ、こうして母親が泊まりに来るのを嫌な顔ひとつせず受け入れているのだ。
 そのことに母親は一切気づいていない。
 もっとも、母親が用意してくれる食事は随分助かっているのでつい甘えてしまう葛葉に偉そうなことを言う権利はないのだが。
 ふだんならトースト一枚かじって朝食とするのだが、味噌汁とご飯に玉子焼きやらほうれん草などが出てくるとどうしても食事に時間がかかる。ようやく出勤の支度が整い、玄関でパンプスに足を通したのは、遅刻ぎりぎりの時間帯だった。
「いってらっしゃい、葛葉ちゃん」
 母親の暢気な見送りに目も合わさず適当に顔だけ向け、葛葉はエレベーターに乗るべく踊り場に出た。
 すでにマンションの外は蒸し暑い空気で満ちていて、今日一日が真夏日になることは間違いなかった。
 その暑さの中を葛葉は急ぎ足で駅へと向かった。
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