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繁澤は答える
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地下一階、解剖室を出たところにある長椅子に繁澤は腰かけていた。
さきほど薊鏡子という大学院生が用意してくれたコーヒーを啜り、脳に血が戻るのを待っていた。
ひとときの癒しの余韻に浸っていたら、足早に床を刻む靴音とともに、黒のパンツスーツ姿の華奢な若い女性が近寄ってきた。
その顔を見上げて馴染みの顔であることを確認すると、繁澤は哀れな姿を見られた恥ずかしさからどのような言い訳をしようかと思案した。
「よくここがわかりましたね」
すぐに口から出たのはその台詞だった。
「比企さんに聞いてやって来ました」
武浦葛葉は相変わらずにこりともしない顔で淡々と答えた。その眉の顰め方と眉間の皺が、繁澤の醜態の意味を悟っていることは明らかだった。
「もう少し早く来ていたら解剖も立ち会えたのに残念でしたね」
「早く来ても遠慮していたでしょう。私も見学させていただいたことはありますが、途中で退席するという醜態を晒しましたから。何も無理して見ることはないと思います」
直立姿勢のまま見下ろす顔が怖いので、繁澤は横へずれて坐り直し、葛葉に腰掛けるように促した。
ふたりは並んで腰掛ける格好になった。
「どういった事案なのでしょうか?」
葛葉は猫の目のような円らな瞳を繁澤に向けた。
殆ど瞬きをしないこの目に見据えられると大抵の人間はたじろぐに違いない。そういうことを考えながら繁澤は答えた。
「今朝方、板橋区の住宅街にある公園内で会社員と思われる若い女性の遺体が発見されました。発見したのはジョギングをしていた近所の主婦。着衣の乱れはありませんでしたが、手荷物も見当たらず病死にしては不自然なところが多く、臨場した検視官が司法解剖の必要があると判断してここ東都医大の法医学教室に依頼したということです」
「板橋区の殺人事件に室長が関心を示す理由は何なのでしょうか?」
「四月に杉並区であった殺人事件と凶器が非常に似通っているからです。おそらくは連続殺人。帳場が立つことになります。警視庁刑事部主導の捜査本部です」
「広域犯罪捜査対策室が後方支援するということですね」
「そうです。板橋と杉並の二件だけではないでしょう」
「これから第三、第四の事件が起きると?」
「その可能性もあります。しかしすでに起こってしまっている未解決事件の中に同一犯による犯行が混じっている可能性を考えねばなりません」
それを聞いた葛葉の目が大きく見開かれた。
「ここ二年ほど都内における未解決の殺人事件が増えているのです。凶器が異なっていても同一犯の可能性があると僕はにらんでいます」
繁澤の声が静かな廊下に響いた。
さきほど薊鏡子という大学院生が用意してくれたコーヒーを啜り、脳に血が戻るのを待っていた。
ひとときの癒しの余韻に浸っていたら、足早に床を刻む靴音とともに、黒のパンツスーツ姿の華奢な若い女性が近寄ってきた。
その顔を見上げて馴染みの顔であることを確認すると、繁澤は哀れな姿を見られた恥ずかしさからどのような言い訳をしようかと思案した。
「よくここがわかりましたね」
すぐに口から出たのはその台詞だった。
「比企さんに聞いてやって来ました」
武浦葛葉は相変わらずにこりともしない顔で淡々と答えた。その眉の顰め方と眉間の皺が、繁澤の醜態の意味を悟っていることは明らかだった。
「もう少し早く来ていたら解剖も立ち会えたのに残念でしたね」
「早く来ても遠慮していたでしょう。私も見学させていただいたことはありますが、途中で退席するという醜態を晒しましたから。何も無理して見ることはないと思います」
直立姿勢のまま見下ろす顔が怖いので、繁澤は横へずれて坐り直し、葛葉に腰掛けるように促した。
ふたりは並んで腰掛ける格好になった。
「どういった事案なのでしょうか?」
葛葉は猫の目のような円らな瞳を繁澤に向けた。
殆ど瞬きをしないこの目に見据えられると大抵の人間はたじろぐに違いない。そういうことを考えながら繁澤は答えた。
「今朝方、板橋区の住宅街にある公園内で会社員と思われる若い女性の遺体が発見されました。発見したのはジョギングをしていた近所の主婦。着衣の乱れはありませんでしたが、手荷物も見当たらず病死にしては不自然なところが多く、臨場した検視官が司法解剖の必要があると判断してここ東都医大の法医学教室に依頼したということです」
「板橋区の殺人事件に室長が関心を示す理由は何なのでしょうか?」
「四月に杉並区であった殺人事件と凶器が非常に似通っているからです。おそらくは連続殺人。帳場が立つことになります。警視庁刑事部主導の捜査本部です」
「広域犯罪捜査対策室が後方支援するということですね」
「そうです。板橋と杉並の二件だけではないでしょう」
「これから第三、第四の事件が起きると?」
「その可能性もあります。しかしすでに起こってしまっている未解決事件の中に同一犯による犯行が混じっている可能性を考えねばなりません」
それを聞いた葛葉の目が大きく見開かれた。
「ここ二年ほど都内における未解決の殺人事件が増えているのです。凶器が異なっていても同一犯の可能性があると僕はにらんでいます」
繁澤の声が静かな廊下に響いた。
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