そして僕たちはひとつになる

hakusuya

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思わぬところで旧友と

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 地下鉄を乗り継いで葛葉くずはは東都医科大学医学部までやって来た。
 法医学教室はどこかと訊ねたら旧校舎だという。
 先ほどから室長にスマホで連絡をとろうとしているがメッセージが既読にならない。
 そうしたことは珍しくないので葛葉くずはは額の汗を拭きつつ七階建ての旧校舎を訪れた。
 新しくできた十八階建てのツインタワーと比べると旧校舎は太古の遺跡のようだった。
 何より暗い。人がいない。それが建物内に入った時の印象だった。
 オフィスビルのように総合案内もなければ守衛も立っていない。小さなエレベーターが一機あってその横に各階の教室名が明記されているが暗くてしっかり近寄らないと読めないありさまだった。
 確か四階だったはずとエレベーターを待っていると、チンというレトロな音がして扉が開いた。
 中から白衣を来た数人のグループが降りてきた。医学生のようだ。
 彼らが降りた後に乗り込もうとしたら最後に降りてきた女子学生と目があった。
「あ、葛葉?」
 赤いフレームの眼鏡をかけた美人に葛葉も心当たりがあった。
紗代さよ!」
 女子高時代の同級生だった。生徒会活動も一緒にした仲だ。しかし文理の違いでクラスが一緒になったことはない。
「あなた、東都医大だったわね」忘れていたわと葛葉は顔をゆるめた。
「専門四年。六年生ね」
「医学部は長いわね」葛葉は卒後二年目だ。
「今日はどうしたの? というか今何をしているんだっけ?」
 パンツスーツ姿の葛葉はリクルート中の学生に見えただろう。
 どこへ行っても自分は下っ端か新人にしか見られない。葛葉は説明に困った。
 そこには紗代の同級生もいる。身分を明かすのも躊躇ためらわれた。
「チャオの同級生?」医学生にしては軽薄そうな男が紗代と葛葉を見比べていた。
「そうよ、ナンパしないでね」
 紗代が横目でその男子学生を睨んだ。
 しかしその男は懲りずに言った。「今度お茶しない?」
「はい?」眉間みけんしわが寄る。
 どうしてこんなやつばかり絡んでくるのだろう。
「今仕事なの? MRなのかな?」
 製薬会社の人間と思われたようだ。
「病院なら僕が案内しようか?」
「ごめんね、失礼なヤツばかりで」紗代が申し訳なさそうにする。
「良いのよ、よくあることだから」葛葉は努めて笑みを維持した。
 目を細めたのは目蓋まぶたがぴくつくからだ。
 その時、地下から階段を上ってきた人影があった。鑑識スタイル。顔見知りの鑑識官だった。
 その彼が葛葉の姿を認識して足を止めた。
武浦たけうら警部。いらしたのですか?」
「解剖はどちらで? 室長もそちらにいらっしゃいますか?」
「はい、地下です。下りて右へ行けば椅子に腰かけておられますよ」
 そう言って鑑識の職員は出ていった。
「け、警部?」男子学生が間の抜けた声をあげた。
「ごめんなさい、私は仕事があるので」
 葛葉は薄ら笑いを浮かべた。そして紗代に「また連絡するね」と言って、可笑しそうにしている彼女と別れた。
「余計な邪魔が入ったけど、場所がわかって良かったわ」
 葛葉は地下へ下りていった。
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