迷宮の果てのパラトピア

hakusuya

文字の大きさ
上 下
23 / 30
クインカ・アダマス大迷宮調査日誌(ペテルギア辺境の森 プレセア暦2817年11月)

来訪者

しおりを挟む
 その夜、私は夢にうなされることはなかった。
 金縛かなしばりにあうこともなく、レヴィと顔のない女が夢に出ることもなかった。
 久しぶりに安眠を得て私は翌朝目を覚ました。いつものようにアングが雨戸を開けてまわり、差し込んだ日の光を浴びて私もルークも目を覚ましたのだった。
 サーシャたちの親が帰ってくるまでしばらくは平穏な日々を送るのかと思っていたのだが、予期せぬ訪問者によってその期待は裏切られた。
 村の中心部から彼らはやって来た。
 ここは山の麓で村の外れにあるわずか十世帯くらいの集落であり、村の中心部からわざわざ人が来ることは少ないと我々は聞かされていた。
 彼らは三人だった。
 食事をとる部屋に、村からやって来た三人、我々四人とレヴィが集まって話をすることになった。
 一昨日レヴィの留守中に村人の一人がやって来て、ストライヤー騎士団長が相手をしたのだが、やはりそのことが村長むらおさの耳に入り我々のことを訪ねてきたわけだった。
 やって来た三人のうちの一人はその時の村人で、それ以外に村長むらおさの長男とさらにもう一人若者がいた。
 村長の長男は単刀直入に訊いてきた。「そちらの方々は旅人とうかがったがどちらから来なすった?」
「迷い人ですじゃ」
 レヴィが答えたが、それで納得するはずもない。
「見たところ異国の方々のようだが」
「エゼルムンドの者ではないですぞ」やはりレヴィが答える。
 ストライヤー騎士団長をはじめ我々は黙って成り行きを見守っていた。
得体えたいの知れない者をかくまったとなると我々もただではすまなくなる。どちらからどうやって来なすったのか答えていただきたい」
 村長の長男は我々を一人ずつ見回したにレヴィを見た。
「私が話す言葉がわかりますか?」ストライヤー騎士団長が「翻訳の指輪」の効果を一時解除して口を開いた。それはバングレア語だった。
「どこの国の言葉だ?」村長の長男がぎょっとして騎士団長に訊いた。
 私をはじめ「翻訳の指輪」をしている者は皆適宜てきぎその効果を切り替えた。彼らが喋るときは翻訳可能の状態にした。
「我々はバングレア王国から来ました」ストライヤー騎士団長は正攻法で行くと決意したようだ。
 その言葉は翻訳を使ってペテルギア語で言い換えられた。その後はずっとペテルギア語で話をすることになった。
「信じてもらえないかも知れないが我々は大陸の西の外れの海の向こう、バングレア王国の者です。訳あってクインカ・アダマス大迷宮に調査のために入り、そこで迷って出口を探すうちにこの地に行き着いた、というわけです」
 ストライヤー騎士団長はこの何日かの我々の動きをかいつまんで説明をした。
 しかしその話が容易に受け入れられるはずもない。
「それを信じろと言いなさるのか?」村長の長男が言う。「軍の憲兵が来られた時にそのような言い訳が通用するとは思えない」
「軍の憲兵はもうお出でですな」レヴィが口を挟んだ。「そちらの御仁ごじん、魔法師ですな」
 レヴィは三人目の男に顔を向けた。
「初対面の村人を装ってそのような格好をされてますが、憲兵でしょう?」私は驚いたがルークは気づいていたようだ。
「我々を鑑定しておられたが何かわかりましたか?」ルークが訊いた。
「バングレア王国の騎士と魔法師らしきことまではわかりました」その男は答えた。「敢えて鑑定防御を解いていましたね?」
「防御をかけているとかえって警戒されますから」ストライヤー騎士団長がルークに代わって答えた。「我々がバングレア王国から来たことをお分かりいただけましたか?」
「どのようにしてこの地に来たのです? ここは海からも離れた地。飛行船ですか?」
「いいえ、ですからクインカ・アダマス大迷宮を通って」
「そのような妄言もうげんが受け入れられるとお思いか?」
「でしたら、一度、大迷宮をご覧になっては?」レヴィが言った。「あそこを通って少し行けば別の地に着くことを理解していただけると思いますぞ」
「そこまで言うのなら一度見てみましょう」ペテルギアの憲兵は答えた。「明日視察団を連れて来ます。それまではここでおとなしく待機していただこう。くれぐれも逃亡せぬように。もしもそのような兆候が見られればどのようなことになるかお分かりですな」
 憲兵と村長の長男ら三人は帰っていった。
「とりあえず最悪の事態だけは回避できましたな」レヴィは言った。「この場で拘束、連行する選択肢もありましたからな」
「一人では無理だと思ったからだと」ルークが言った。「我々も黙って捕まりませんし」
「特にレヴィ殿を警戒していましたね」ストライヤー騎士団長が言った。「はじめは偵察のつもりだったのでしょう。しかしあなたに身分を見破られた。魔法でかなわないと判断したと思われます。そうなると明日どのような連中を連れてくるか」
「まさか軍の精鋭が大挙してやってくるなんてことは」ルークが訊いた。
「さすがにそこまではしないでしょう。ここは辺境の地です。エゼルムンド帝国の侵攻を警戒して西の国境に勢力を注ぎ込んでいるはずです。この国の弱点は領土が広大すぎること。守備にまわると手が足りなくなります。あなた方は四人です。異国からの侵入者として警戒はしているでしょうが、かといって軍の主力を引き連れてくる可能性は低いでしょうな」
「なるほど」
「しかし悠長なことも言っていられなくなりましたぞ。明日は適当に迷宮を通ってペテルギアの別の地域に彼らを案内して、あなた方が遠い地から迷い込んでしまったことを何とか理解させるつもりですが、もしあの迷宮が異国に潜入する秘密の抜け穴だと彼らが理解したならどのようなことになるやら」
「ペテルギアがエゼルムンドに侵入する絶好の手段だと思うでしょうね」
「それが知れ渡ったら、大陸中の国々が大迷宮を通って攻め込み合うことになりますね」
「そうなると世界大戦だ」
「もっとも、あの迷宮は簡単に通り抜けられるものではありませんがな。もし生きて抜けられてもそこがどこなのか、何年たっているのかわかりやしません」
「たしかに……」騎士団長は頷いた。
「ここを去る前にあ奴らあやつらの記憶を消しておく必要がありますな」
「できますか?」
「魔法師でなければ容易いですが、魔法師が多数となると厄介です。それにもし今日の話が何らかの記録に残されてペテルギアの軍部に伝達されていたら、それを消すことは不可能ですな」
 ここにいる者の記憶を消すだけではすまないということだった。
しおりを挟む

処理中です...