迷宮の果てのパラトピア

hakusuya

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クインカ・アダマス大迷宮調査日誌(ペテルギア辺境の森 プレセア暦2817年11月)

深夜の出立

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 その夜の夕食は確かに豪華だった。備蓄していた肉を大量に消費した。酒も飲み尽くす勢いだった。
 小さな三人の子らは、まるでこれが最後の晩餐だとわかっているかのように我々にまとわりついた。特にルークはこどもの扱いになれていたから尚更だった。
「俺はここにいても良いんだけどなあ」ルークの呟きが聞こえた。「でもレヴィ様には教わることが山ほどあるし」
 結局ルークも我々と同行するようだ。
 ふとアングとサーシャの姿が目に留まった。賑やかな部屋から少し出たところに彼ら二人はいた。
 私はたまたま新鮮な空気が吸いたくて部屋の外へ出たのだった。
 なぜかサーシャは目に涙を浮かべていた。
「おかしいわ、どうしてだか涙が出ちゃうの」
「酒の匂いにやられたかな」アングは顔色も変えずにサーシャに言った。「早く休むと良い」
「でも何だか怖いわ。目を覚ましたらアングがいなくなっているような気がして」
「相変わらずサーシャは夢を怖がるなあ。怖い夢を見てもちゃんと目は覚めるよ。朝になったらいつもの一日が待っている」
「そうかしら」
 魔法を持たない平民であっても勘の鋭い者はいる。サーシャはそうした感受性を持ち合わせているようだった。
「僕はまだ片付けがあるから先にお休み」アングはそう言ってサーシャの額にキスをした。
 サーシャは少し顔を赤らめ「お休みなさい」と返して部屋へと戻った。
 私は彼ら二人が末長く幸せに暮らすことを願った。

 その夜私は真夜中に起こされた。
 隣で寝ていたルークも目をこすりつつ起きていた。
出立しゅったつしますぞ」レヴィが私とルークの部屋に来ていた。
 慌てて準備をして出入口の前に集まった。ストライヤー騎士団長、ウィル、ルーク、私にレヴィだ。
「明日ペテルギアの憲兵たちと出立するのではなかったのですか?」
「彼らは置いていくですじゃ。あまり大勢だと戦力になるどころか足手まといになるのですじゃ。モンスターや魔物が人の匂いをぎ付けて来ますのでの」
「まだ酔いが」ルークとウィルが頭を押さえていた。
 その二人の額にレヴィが手をかざした。たちまち彼ら二人の顔が精悍なものに変わった。
「酔いは覚めましたかの?」
「助かりました」ルークが恐縮した。
 そこへアングが姿を現した。彼もまた旅に出る身なりをしていた。
「アングは連れていきますじゃ。彼もまたこの地の者ではござらんでの」
「そうだったのか!」私とルークは驚いた。「サーシャと幼馴染みだったのでは?」
「それは記憶の改竄かいざんですじゃ。サーシャの幼馴染み家族は山で熊に襲われ揃って命を落としましたのじゃ。その記憶を少しいじって子どもだけ助かったことにしました。それがアングだということにして」
「彼はいったい」
出自しゅつじを問わぬよう願いますじゃ」
「サーシャと別れることになっても良いのかい?」私は思わず訊いていた。
「僕は彼女のことを愛おしく思っていますが男女の愛ではありません。妹に対するものに似ているでしょうか」
「その妹との別れは辛くないのか?」
「いつかここを去ることは決めていました。できるだけ後悔しないよう距離はとっていたつもりです」
「君がそうでも彼女はそう思っていないと思うよ」
「それは……」初めてアングは言いよどんだ。「彼女のその感情は明日にはなかったことになるでしょう」
「それで君は良いのか?」
「レヴィ様と旅をすることを決意した日にこうしたことは覚悟すると決めました」
「なるほど」
 アングの決意は変わらなかった。
「では行きますぞ」
 レヴィのひと言で、アングをまじえた我々は小屋の外に出た。
 森へと入る。寒さと暗さはレヴィとルークの魔法で対応した。
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