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体育の授業で、死んだふりをしている男に出会う
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そしてまた体育の授業になった。球技大会前最後の練習だ。これで沢辺にしごかれるのも最後かと思うとわずかに名残惜しさもある。
「これで見納めか~」小山内が嘆いたので遼は冷静さを取り戻した。
小山内の目線の先には沢辺の胸があった。誰も小山内の動きなど見ていないから露骨に女性教師を鑑賞できるのだ。
常に誰かの視線を感じる遼には真似はできない。だから仕方なく球技に集中した。
A組のフットサルチームは均等に出場選手の出場時間を分けることになった。遼の出番は予選第二試合後半のみだ。メンバーも固定されていて小山内と女子三人。
星が言っていたような女子四人のフィールドプレイヤーからなるチームにはならなかった。だからまともな試合にするには女子三人に活躍してもらうしかない。何しろ男子のシュートが得点にならないからだ。
遼はやる気がなかったが、小山内が思った以上にやる気を出し、女子三人も真面目なタイプが多かったから仕方なく連携をとることになった。
星が使っていた戦術の一つを参考にした。遼がピヴォとして前線でボールをキープし、女子三人のうちの誰かにパスを出してシュートを打たせるやり方だ。
女子三人には、それぞれ自分がシュートを打つつもりでマークを外すよう練習してもらった。
遼は三人のうちの一人を選べば良いだけだ。ただ、星のようなセンスがないので星ほどうまくはできなかったが、ボールコントロールは器用だったのでどうにか様になった。
星がいるH組には歯が立たないが並のチームなら通用するだろう。相手チームのフィクソの力量次第だ。マッチアップした相手が強かったらそれまでだろう。何がなんでも勝ちたいとまで遼は思わなかったが。
実際、B組の渋谷がいるチームと練習した時はどうにもならなかった。
渋谷を相手にボールをキープするのは至難の技だ。しかも渋谷ははじめから遼をマークしていて、遼がまだ自陣にいる段階でマークについたものだから、パスを受けることすらできなくなり、女子三人対女子三人の対決になっていた。
そのB組チームには前薗と村椿がいて、特に村椿は運動能力が高く、A組の女子一人ではとてもマークしきれなかった。
B組はこの渋谷がいるチームを主体にして勝ちを狙うようだ。やる気からしてA組とは違うようだった。
「B組はバスケを捨ててフットサルで勝つつもりだよ」
小山内が言ったが、さすがにこの時は小山内の言うことが正しいと遼も思った。
B組渋谷チームとの練習が終わるとさすがに疲れた。グラウンドの端まで移動して腰を下ろす。
ここなら視線は飛んでこないだろう。そう思って気を抜いていたらすぐそばに人の気配を感じてぎょっとした。
いや、人の気配というよりは目の気配というべきか。目だけ存在を感じるのだ。それ以外の体の部分は見事に気配が消されている。
誰だ、こいつ、と遼はその男に目を向けた。
目以外は何とも地味な男が一人ポツンと腰を下ろして休んでいた。というよりすっかり体は冷たくなっている。
触ってもいないのに遼はそう感じた。動いていた男たちが放つ蒸気のようなものがこの男からは全く感じられなかった。おそらくずっとここで座っていたのだろう。見事な気配の消し方だ。
遼はその男に尊敬すら覚えた。
「キミ、ずっとここで見学していたのか?」遼は思わず声をかけてしまった。
遼の方から見知らぬ男子生徒に声をかけることは滅多にない。
「月のものが下りてきて……」
その男子は冗談のつもりで言ったようだが、遼は笑えず、二人の間で沈黙が流れた。
「三分だけ出る身だから良いんだよ」彼は言い直した。
「そうか、オレは後半一つ、七分出ることになって疲れている」それは本当だった。
「色男は辛いな」彼は言った。「ボールを持っただけでみんなあんたを目がけて走っていく」
「よく見てるな。こんな端から」
「目だけは良いんだよ」
言われた通り、遼がボールをキープすると女子たちが挙って集まってきた。それこそ接触も辞さない感じで。あれは自分だけだったのか、と遼は驚いた。
「他の連中の動きもよく見てみな。あんたは他人に全く興味がないから今まで見たこともなかっただろうけど。ふつうボールをキープした男子に女子は向かっていかないぞ。向かっていくのはあんたとか渋谷くらいなものだ」
「なるほど」言われたように他のチームの練習試合を見てみたら、この男の言う通りだった。「オレ、出ない方が良いな」
「いや、あんたみたいなのが長く出てくれるからオレたちみたいなその他大勢は休んでいられる。とても感謝しているよ。クラスは違うがな。B組なら渋谷だ」
「キミ、体育の授業ずっと出ているよな。それなのに今まで気づかなかった。見学し続けていたわけでもないのだろう。どうやったらそんなに気配が消せるんだ?」
「あんたには無理だろ。そんなに女子ウケする顔をしていて。オレみたいに特徴のない地味顔でないと」
「でも目は目立っているぞ。目しか見えないくらいだ」
「オレの目は耳なし芳一の耳かよ。経文なんて書いてないぞ」
「オレも平家の怨霊ではないんだけどな」
遼は可笑しくてこの男と一緒になって笑った。しかし男二人の話がそれ以上続くことはなかった。
授業が終わり、二人は仕方なく立ち上がった。そして軽く手を上げるだけの挨拶を交わして別れた。
気だるい体をどうにか校舎に向かわせていたら、小山内が寄ってきた。
「香月君、見かけないと思ったらグラウンドの端で休んでたんだね」
「疲れたからもう良いんだよ。B組の男子と一緒に座っていた」
「え? 誰かいた? 香月君一人だと思ったよ」
「オレの横にいたあいつは幽霊だったのか?」
「怖いよー」小山内は大げさに声を上げた。
「それだけ気配を消せるのは才能だな」もちろん遼は幽霊などというものの存在を信じていない。
「そういや聞いたことがあるよ。B組に存在感がないやつ。確か『しんだふり』とかいう奴だったかと」
「なるほどそれで誰にも気づかれないのか。納得だ」
小山内はB組男子の名を正確に言ったようだが、遼にはそれが正しく聞き取れなかった。しかし他人の名前に興味がない遼は小山内に訊き返さなかった。聞いてもすぐに忘れるからだ。
だから遼はその男のことを当面「耳なし芳一」に関連づけて覚えることにした。
「これで見納めか~」小山内が嘆いたので遼は冷静さを取り戻した。
小山内の目線の先には沢辺の胸があった。誰も小山内の動きなど見ていないから露骨に女性教師を鑑賞できるのだ。
常に誰かの視線を感じる遼には真似はできない。だから仕方なく球技に集中した。
A組のフットサルチームは均等に出場選手の出場時間を分けることになった。遼の出番は予選第二試合後半のみだ。メンバーも固定されていて小山内と女子三人。
星が言っていたような女子四人のフィールドプレイヤーからなるチームにはならなかった。だからまともな試合にするには女子三人に活躍してもらうしかない。何しろ男子のシュートが得点にならないからだ。
遼はやる気がなかったが、小山内が思った以上にやる気を出し、女子三人も真面目なタイプが多かったから仕方なく連携をとることになった。
星が使っていた戦術の一つを参考にした。遼がピヴォとして前線でボールをキープし、女子三人のうちの誰かにパスを出してシュートを打たせるやり方だ。
女子三人には、それぞれ自分がシュートを打つつもりでマークを外すよう練習してもらった。
遼は三人のうちの一人を選べば良いだけだ。ただ、星のようなセンスがないので星ほどうまくはできなかったが、ボールコントロールは器用だったのでどうにか様になった。
星がいるH組には歯が立たないが並のチームなら通用するだろう。相手チームのフィクソの力量次第だ。マッチアップした相手が強かったらそれまでだろう。何がなんでも勝ちたいとまで遼は思わなかったが。
実際、B組の渋谷がいるチームと練習した時はどうにもならなかった。
渋谷を相手にボールをキープするのは至難の技だ。しかも渋谷ははじめから遼をマークしていて、遼がまだ自陣にいる段階でマークについたものだから、パスを受けることすらできなくなり、女子三人対女子三人の対決になっていた。
そのB組チームには前薗と村椿がいて、特に村椿は運動能力が高く、A組の女子一人ではとてもマークしきれなかった。
B組はこの渋谷がいるチームを主体にして勝ちを狙うようだ。やる気からしてA組とは違うようだった。
「B組はバスケを捨ててフットサルで勝つつもりだよ」
小山内が言ったが、さすがにこの時は小山内の言うことが正しいと遼も思った。
B組渋谷チームとの練習が終わるとさすがに疲れた。グラウンドの端まで移動して腰を下ろす。
ここなら視線は飛んでこないだろう。そう思って気を抜いていたらすぐそばに人の気配を感じてぎょっとした。
いや、人の気配というよりは目の気配というべきか。目だけ存在を感じるのだ。それ以外の体の部分は見事に気配が消されている。
誰だ、こいつ、と遼はその男に目を向けた。
目以外は何とも地味な男が一人ポツンと腰を下ろして休んでいた。というよりすっかり体は冷たくなっている。
触ってもいないのに遼はそう感じた。動いていた男たちが放つ蒸気のようなものがこの男からは全く感じられなかった。おそらくずっとここで座っていたのだろう。見事な気配の消し方だ。
遼はその男に尊敬すら覚えた。
「キミ、ずっとここで見学していたのか?」遼は思わず声をかけてしまった。
遼の方から見知らぬ男子生徒に声をかけることは滅多にない。
「月のものが下りてきて……」
その男子は冗談のつもりで言ったようだが、遼は笑えず、二人の間で沈黙が流れた。
「三分だけ出る身だから良いんだよ」彼は言い直した。
「そうか、オレは後半一つ、七分出ることになって疲れている」それは本当だった。
「色男は辛いな」彼は言った。「ボールを持っただけでみんなあんたを目がけて走っていく」
「よく見てるな。こんな端から」
「目だけは良いんだよ」
言われた通り、遼がボールをキープすると女子たちが挙って集まってきた。それこそ接触も辞さない感じで。あれは自分だけだったのか、と遼は驚いた。
「他の連中の動きもよく見てみな。あんたは他人に全く興味がないから今まで見たこともなかっただろうけど。ふつうボールをキープした男子に女子は向かっていかないぞ。向かっていくのはあんたとか渋谷くらいなものだ」
「なるほど」言われたように他のチームの練習試合を見てみたら、この男の言う通りだった。「オレ、出ない方が良いな」
「いや、あんたみたいなのが長く出てくれるからオレたちみたいなその他大勢は休んでいられる。とても感謝しているよ。クラスは違うがな。B組なら渋谷だ」
「キミ、体育の授業ずっと出ているよな。それなのに今まで気づかなかった。見学し続けていたわけでもないのだろう。どうやったらそんなに気配が消せるんだ?」
「あんたには無理だろ。そんなに女子ウケする顔をしていて。オレみたいに特徴のない地味顔でないと」
「でも目は目立っているぞ。目しか見えないくらいだ」
「オレの目は耳なし芳一の耳かよ。経文なんて書いてないぞ」
「オレも平家の怨霊ではないんだけどな」
遼は可笑しくてこの男と一緒になって笑った。しかし男二人の話がそれ以上続くことはなかった。
授業が終わり、二人は仕方なく立ち上がった。そして軽く手を上げるだけの挨拶を交わして別れた。
気だるい体をどうにか校舎に向かわせていたら、小山内が寄ってきた。
「香月君、見かけないと思ったらグラウンドの端で休んでたんだね」
「疲れたからもう良いんだよ。B組の男子と一緒に座っていた」
「え? 誰かいた? 香月君一人だと思ったよ」
「オレの横にいたあいつは幽霊だったのか?」
「怖いよー」小山内は大げさに声を上げた。
「それだけ気配を消せるのは才能だな」もちろん遼は幽霊などというものの存在を信じていない。
「そういや聞いたことがあるよ。B組に存在感がないやつ。確か『しんだふり』とかいう奴だったかと」
「なるほどそれで誰にも気づかれないのか。納得だ」
小山内はB組男子の名を正確に言ったようだが、遼にはそれが正しく聞き取れなかった。しかし他人の名前に興味がない遼は小山内に訊き返さなかった。聞いてもすぐに忘れるからだ。
だから遼はその男のことを当面「耳なし芳一」に関連づけて覚えることにした。
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