私は本当の意味で愛していないらしい。

ぽんぽこ狸

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 ……本当の意味での愛情……愛情……。

「婚約破棄されたら、困るだろ」

 考えている合間にもアレクシスはそんな風に独り言なのか、エレノアに言っているんだかわからない事を言う。

 ……つまりは、婚約破棄されないようにそのアレクシスの言う、本当の意味での愛を身につけろと、そういうわけだな。

 本当の愛情の意味は分からなかったけれど、とりあえず概要だけは理解した。

「エレノア、君には本当の愛情を向けて欲しいんだ。でもそうでないなら、俺は君を手放す。そんなことされたら君は将来、貰い手がなくて困るんだろうな」
「……」
「一度、他の男と同棲したような女なんて早々貰おうなんて奇特な男はいない」
「……」
「婚約破棄されないように、エレノアは頑張らないとだめだ」

 エレノアが無視していると彼はぽつぽつと脅しのようなことを口にしてくる。

 それに、こうして婚約して離宮に呼び寄せたのは彼で、もちろん強制ではなかったが王子に婚約を申し込まれて断れるはずもなかった事、すべては彼がエレノアに惚れたという感情のせいでエレノアは彼の元へ来ているのにその言い草は何だろうと若干腹が立つ。

 こんな時に婚約破棄をされたら誰だって困るものだ。それに言っては何だがアレクシスだって経歴に傷がつく、困るのはお互い様だ。

 ……それなのに、この男は……。

 後に引けない状態でこんなことをいいはじめ、挙句、本当の愛情だと?

 それが明確なものならエレノアだって困らなかったのに、こんな抽象的な事を言われてはやれることもない。

 ……いや待て、もしかしたらやってほしい事はものすごく具体的だけど、あえてその劣情をかくすためにぼんやりとした言葉を使っている可能性はないだろうか。

 ふとしたひらめきが光明を見出す。これだと、エレノアは思ってそれと同時になんだと思う。

「わかったわかった、真実の愛だな」

 言いながらエレノアは目を細めてソファーを立った。ローテーブルをはさんで向こう側にいる彼の元へととことこと歩いていく。

「……分かったって、本当? それで、どう? 愛せそう?」
「うん? うん、それにわざわざ、私の意志なんて確認しなくてもいい」

 エレノアの言葉にアレクシスはぱっと表情を明るくして、そばに迫ってきているエレノアを見た。

「ともに住んでいるんだもんな。何があってもおかしくない。そういう期間だ」

 この同棲期間は設けたり設けなかったり家によっては様々だが、急いでない結婚ならばあった方がいいと言われている。この間に様々な相性を確認したり生活をすり合わせたりする。

 この期間があればどうしても相性が合わなかった場合に離婚ではなく婚約破棄で済む。それがこの期間を設ける利点だ。

 だから、相性を確認するのは当たり前の事、恥ずかしがらずに普通に言えばいいのにそう考えながらアレクシスの座っているソファーの座面に乗り上げてエレノアは勝気な笑顔を浮かべた。

 侍女が期待していた通り、やっぱりそういう事だったのだろう。

 そう確信した笑顔だった。しかし、エレノアの返答を聞いてアレクシスはぽかんとしてから、女の子らしい小さな手が自分の頬に触れてびくっと固まった。

「でも、こうすることが本当の意味での愛だなんて少し、ロマンスに欠けると思うんだけど」

 言いながらアレクシスの腿上に乗り上げてちゅうと彼の唇に吸い付く。

 驚いたような細かい息づかいが聞こえて、歳のわりに案外初心なんだと思う。

 ……それに私も初めてのわりにうまくやれてるんじゃないか。

 すんなりとこうして触れあえたこと、当たり前のようにキスできたことにエレノアも少し安心できた。

 砕けた態度で接してはいるが、まだ体の触れ合いはない関係だった。だからこれならきちんと”本当の意味での愛”を与えられると思った。

「っ、エレ、ノア」
「ん? ほら口を開いて、こうして舌を絡めるらしいんだ」

 エレノアの名前を呼びはするものの、まったくその体に触れてこない彼の唇をなめる。するとさらにビクついてエレノアから離れようと背もたれに体を押し付ける。

 それに合わせるようにしてエレノアもアレクシスに体を預ける。体格差があるので自然とアレクシスの胸板に顎を乗せる形になって、彼を見上げた。

 頬を赤らめてエレノアに触れられずにいるその姿は乙女顔負けだった。

 しかし、されるがままにしていたのはそのほんの数十秒だけだった。

 がばっと肩を掴まれて引きはがすようにぐっと押しのけられた。大きな手のひらがエレノアの華奢な肩を掴んでいて少し痛い。こんな口調でも一応は女で脆いのだ。出来れば優しくしてほしい、とそんな事を思った。

「ち、違う!」

 しかしどうやらエレノアが想像していた事態とは方向性は別へ進んでいるらしくアレクシスは怒ったみたいにそう言って、エレノアを自分の上から降ろす。

「ぜんっぜん違う!! エレノアのっ……っ~!」

 そういって、彼は立ち上がりバタバタと駆けて部屋を出ていく、ここは彼の部屋なのに。

 ……全然……全然? え、まったく?

 その場にとどまってエレノアはいったいどこを目指したらいいのか分からなくなった。しかし、謎を残していった彼に嫌がらせとして彼の部屋でぐっすり眠った。

 今朝がたには帰ってきていたが、紳士的にソファーで眠っていたので多分本気で違ったのだと思った。



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