15 / 19
15
しおりを挟むぐっと背中を押されて上半身が檻の中に入る。咄嗟に後ずさろうと体を引くのに足を持ち上げられてぐっと押されると、上半身を支えていた手が体重に耐え切れなくなって顔から鉄の床に激突して額と鼻にじんとした痛みが走る。
それでも外に出ようと起き上がって振り向くが、扉はガシャンと音を立てて締められる。
けれどもまだ鍵は閉められていない。内側から押して開けようと手をかけると鉄格子越しにシルヴァンと目が合う。
「今更そんな顔してもおそいですよ。馬鹿ですね」
「……は、っ、だして、いや」
「嫌なことでなければ、反省できないでしょう? 何言ってるんですか」
「おね、がい。っ、かぎ、しめない、で」
彼はこうしてグレースを閉じ込めて、やっといつものように少し笑みを浮かべて煽るように言う。それはいつのもグレースを拒絶している声で、番のはずなのに全然甘くもないし、優しくもない。
「無理です。……自分が何をしたかよく考えてください、この程度で済んでむしろ、いい方だど思いませんか」
「ひっ、出して、でたい」
「俺はどうしても、母上が許せない。でももう復讐する方法もないんですよ。それがどういうことかわかりますよね」
「うぅ、いや。っ、はぁっ」
「もっと早くきちんと君を言うことを聞くようにしておけばよかった。そうすれば、あの人をもっと苦しめてやれたのに」
一生懸命に言うグレースの言葉を無視して、シルヴァンはまた思い出したように憎悪に瞳を染めて、笑みを消す。
地を這うような声が怖くて、不安になって、グレースは自分のタガが外れていくのを感じながら首を振って、鉄格子の向こう側にいるシルヴァンに手を伸ばす。
「こ、わいっ、やだぁ、しる、ヴァン」
自然と涙が出てきて、不安に心臓が大きな音を立てる。彼の服を掴んで縋るように見つめた。グズッと鼻をすすって必死で体を鉄格子に押し付けた。
「おねが、い。おねがい、っうう、ひっく」
「……」
「出して、いやっ、つらいの、は……やだ」
怯えてぐずぐずに泣いてすがるグレースに、シルヴァンはそんなになるなら初めからあんな事をしなければいいじゃないかと思わずにはいられなかった。
あんなことせずにただ、静かにいつものように無視していればよかった。
そうしたら少しはグレースに対する気持ちも落ち着いて、整理が出来ると思っていたのに、どうしてこうなったのだろう。
きっと母上はもうグレースを女だと信じ込んだ。きっともう復讐する機会は訪れない。
屋敷以外では善良な母親たちはきっと誰にもあの一面を見せることなく穏やかに世代交代をして年老いていく。
「出してぇ、っ、かってにうそ、ついたの、あやまるっ、から」
「……」
顔を赤くしながら子供のように手を伸ばすグレースは、どうやら本当にヒートの影響で精神的なバランスを崩しているようだった。番になった日よりも乱れてしまっている。
こうして酷い事をしない事には歪まない瞳は、次々に涙のしずくをおとして軽やかな声も涙声で鼻をすすることで濁音交じりだ。
「ごめん、な゛、さい、っ、ひっ、ううっ、だして」
幼児が酷く鳴いているときのように激しく呼吸をしていて、随分と苦しそうだった。
可愛いヘットドレスはずれてしまっていて顔を押し付けているせいで頬が鉄格子に食いこんでいた。
掴まれたシャツがしわになっていて、でも引き留めるほどの強い力はない。
こんなに非力でひ弱なのに男で、こんなに簡単に泣かせることが出来るのにシルヴァンが嫌がることを的確にしてくる。
それはなんとも不思議で、言い募るグレースを身ながらふと思った。
精神的に追い詰められるヒートの時にもグレースは女の振りをするのかと。それにすごく腹が立って、母親の代わりにこの男にもっとひどい事をしてやろうかと思ってから、思い至る。
「……っ」
振りが出来る状態ではない。どう考えても、シルヴァンに対する立て付けだとかそういうものではなさそうで明らかに本心から追い詰められている。
ずっと、彼はシルヴァンに嫌がらせをするためにこうして女のようにふるまっているのだと思っていた。しかし、番った時に言っていた、グレースの言葉を思い出す。
嫌がらせをする気がなくて普通にしていたら、グレースは男の服を着て男の言葉をしゃべるのだと思っていた。でもどうやら違うらしく、目の前にいるグレースは今にもひきつけを起こしてしまいそうなほど泣いている。
それにとても濃厚なフェロモンの香りがする。体が番を欲しがってグレースの心も壊しているのだ。
そんな彼を閉じ込めて、手を振り払い放置するのは、きっと人として超えてはいけない一線であるとなんとなく察した。
そしてグレースの当たり前が、この服で、この声で、この今目の前にいる姿だとするのなら、それを否定して強制しようとするのは、自分が忌避している母親たちと同じだと、分かってしまうと、それ以上こうしていることは出来なくて扉を開いて、泣きわめく彼を連れて部屋を出た。
39
あなたにおすすめの小説
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
番解除した僕等の末路【完結済・短編】
藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。
番になって数日後、「番解除」された事を悟った。
「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。
けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。
運命じゃない人
万里
BL
旭は、7年間連れ添った相手から突然別れを告げられる。「運命の番に出会ったんだ」と語る彼の言葉は、旭の心を深く傷つけた。積み重ねた日々も未来の約束も、その一言で崩れ去り、番を解消される。残された部屋には彼の痕跡はなく、孤独と喪失感だけが残った。
理解しようと努めるも、涙は止まらず、食事も眠りもままならない。やがて「番に捨てられたΩは死ぬ」という言葉が頭を支配し、旭は絶望の中で自らの手首を切る。意識が遠のき、次に目覚めたのは病院のベッドの上だった。
心からの愛してる
マツユキ
BL
転入生が来た事により一人になってしまった結良。仕事に追われる日々が続く中、ついに体力の限界で倒れてしまう。過労がたたり数日入院している間にリコールされてしまい、あろうことか仕事をしていなかったのは結良だと噂で学園中に広まってしまっていた。
全寮制男子校
嫌われから固定で溺愛目指して頑張ります
※話の内容は全てフィクションになります。現実世界ではありえない設定等ありますのでご了承ください
隣国のΩに婚約破棄をされたので、お望み通り侵略して差し上げよう。
下井理佐
BL
救いなし。序盤で受けが死にます。
大国の第一王子・αのジスランは、小国の第二王子・Ωのルシエルと幼い頃から許嫁の関係だった。
ただの政略結婚の相手であるとルシエルに興味を持たないジスランであったが、婚約発表の社交界前夜、ルシエルから婚約破棄するから受け入れてほしいと言われる。
理由を聞くジスランであったが、ルシエルはただ、
「必ず僕の国を滅ぼして」
それだけ言い、去っていった。
社交界当日、ルシエルは約束通り婚約破棄を皆の前で宣言する。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる