捨てられオメガ令嬢(男)は公爵アルファに拾われました。

ぽんぽこ狸

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 ぐっと背中を押されて上半身が檻の中に入る。咄嗟に後ずさろうと体を引くのに足を持ち上げられてぐっと押されると、上半身を支えていた手が体重に耐え切れなくなって顔から鉄の床に激突して額と鼻にじんとした痛みが走る。

 それでも外に出ようと起き上がって振り向くが、扉はガシャンと音を立てて締められる。 

 けれどもまだ鍵は閉められていない。内側から押して開けようと手をかけると鉄格子越しにシルヴァンと目が合う。

「今更そんな顔してもおそいですよ。馬鹿ですね」
「……は、っ、だして、いや」
「嫌なことでなければ、反省できないでしょう? 何言ってるんですか」
「おね、がい。っ、かぎ、しめない、で」

 彼はこうしてグレースを閉じ込めて、やっといつものように少し笑みを浮かべて煽るように言う。それはいつのもグレースを拒絶している声で、番のはずなのに全然甘くもないし、優しくもない。

「無理です。……自分が何をしたかよく考えてください、この程度で済んでむしろ、いい方だど思いませんか」
「ひっ、出して、でたい」
「俺はどうしても、母上が許せない。でももう復讐する方法もないんですよ。それがどういうことかわかりますよね」
「うぅ、いや。っ、はぁっ」
「もっと早くきちんと君を言うことを聞くようにしておけばよかった。そうすれば、あの人をもっと苦しめてやれたのに」

 一生懸命に言うグレースの言葉を無視して、シルヴァンはまた思い出したように憎悪に瞳を染めて、笑みを消す。

 地を這うような声が怖くて、不安になって、グレースは自分のタガが外れていくのを感じながら首を振って、鉄格子の向こう側にいるシルヴァンに手を伸ばす。

「こ、わいっ、やだぁ、しる、ヴァン」

 自然と涙が出てきて、不安に心臓が大きな音を立てる。彼の服を掴んで縋るように見つめた。グズッと鼻をすすって必死で体を鉄格子に押し付けた。

「おねが、い。おねがい、っうう、ひっく」
「……」
「出して、いやっ、つらいの、は……やだ」

 怯えてぐずぐずに泣いてすがるグレースに、シルヴァンはそんなになるなら初めからあんな事をしなければいいじゃないかと思わずにはいられなかった。

 あんなことせずにただ、静かにいつものように無視していればよかった。

 そうしたら少しはグレースに対する気持ちも落ち着いて、整理が出来ると思っていたのに、どうしてこうなったのだろう。

 きっと母上はもうグレースを女だと信じ込んだ。きっともう復讐する機会は訪れない。

 屋敷以外では善良な母親たちはきっと誰にもあの一面を見せることなく穏やかに世代交代をして年老いていく。

「出してぇ、っ、かってにうそ、ついたの、あやまるっ、から」
「……」

 顔を赤くしながら子供のように手を伸ばすグレースは、どうやら本当にヒートの影響で精神的なバランスを崩しているようだった。番になった日よりも乱れてしまっている。

 こうして酷い事をしない事には歪まない瞳は、次々に涙のしずくをおとして軽やかな声も涙声で鼻をすすることで濁音交じりだ。

「ごめん、な゛、さい、っ、ひっ、ううっ、だして」

 幼児が酷く鳴いているときのように激しく呼吸をしていて、随分と苦しそうだった。

 可愛いヘットドレスはずれてしまっていて顔を押し付けているせいで頬が鉄格子に食いこんでいた。

 掴まれたシャツがしわになっていて、でも引き留めるほどの強い力はない。

 こんなに非力でひ弱なのに男で、こんなに簡単に泣かせることが出来るのにシルヴァンが嫌がることを的確にしてくる。

 それはなんとも不思議で、言い募るグレースを身ながらふと思った。

 精神的に追い詰められるヒートの時にもグレースは女の振りをするのかと。それにすごく腹が立って、母親の代わりにこの男にもっとひどい事をしてやろうかと思ってから、思い至る。

「……っ」

 振りが出来る状態ではない。どう考えても、シルヴァンに対する立て付けだとかそういうものではなさそうで明らかに本心から追い詰められている。

 ずっと、彼はシルヴァンに嫌がらせをするためにこうして女のようにふるまっているのだと思っていた。しかし、番った時に言っていた、グレースの言葉を思い出す。

 嫌がらせをする気がなくて普通にしていたら、グレースは男の服を着て男の言葉をしゃべるのだと思っていた。でもどうやら違うらしく、目の前にいるグレースは今にもひきつけを起こしてしまいそうなほど泣いている。

 それにとても濃厚なフェロモンの香りがする。体が番を欲しがってグレースの心も壊しているのだ。

 そんな彼を閉じ込めて、手を振り払い放置するのは、きっと人として超えてはいけない一線であるとなんとなく察した。

 そしてグレースの当たり前が、この服で、この声で、この今目の前にいる姿だとするのなら、それを否定して強制しようとするのは、自分が忌避している母親たちと同じだと、分かってしまうと、それ以上こうしていることは出来なくて扉を開いて、泣きわめく彼を連れて部屋を出た。



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