25 / 48
25 自信をつけるために その二
しおりを挟む欲をかくと痛い目を見る。それは重々承知しているはずなのに、アイリスは目先の報酬に目がくらんでリスクを見落としていた。これは不覚だ。
「……アイリス? そんなに無理して今、要求を考えなくても良いんだよ……?」
アイリスのものすごく渋い表情に、逆に心配になったのか、レナルドはアイリスを気遣うように優しく言った。
しかし、そんなことでは、自分の無力感から抜け出せない。いい加減、大人の女性になったのだから覚悟を決めなければ。
「いえ、二言はありません。……では、レナルド様にお願いです。無理ならきっぱりとおっしゃってください」
「う、うん。なんだか緊張してきた」
「これはあくまで、私の希望であって絶対に必要な事でもありませんから、どうか気軽に考えてください」
アイリスは色々と前置きを言って、言っている最中に何か適切な接触の方法を考えた。
距離は縮めたい、しかし急展開しすぎるのはリスクが高すぎる、何か丁度良く、普段からの手をつないだり頭を撫でてもらったりする行為の延長線にあることを、アイリスは必死に考えた。
そして思いついたので、そのまま勢いに任せてレナルドに言ってみた。
「前回の報酬ですが、だ、抱きしめてほしいんです。軽くで、構いません」
言ってからアイリスは、手をつないだり頭を撫でてもらったりというのが、そもそも大人の男女の接触ではなく、親子のような接触でありそれに加えて抱擁を求めるなど、これまた子供っぽいと気が付いた。
ただでさえアイリスは、レナルドに子ども扱いされている節があるというのに、いくらちょうどよかったといっても方向性が違う気がする。
しかし口に出してしまったからには手遅れであり、羞恥心にアイリスは顔が赤くなっていた。
けれども、とても緊張している様子で抱きしめてほしいと言ったアイリスにレナルドはキョトンとした様子ですこし黙った。
それから向かいのソファーを立って机を回ってアイリスの隣に来た。
「……いいけど、むしろ君はそれでいいの?」
問われて今更、やっぱりやめておくというわけにも、別のいい案が思いつくわけでもなかったので、アイリスはコクコクと必死になって頷いた。
「これじゃあ、君のご褒美というより、俺のご褒美になっちゃうな」
そんな風につぶやく声が聞こえてから、レナルドはアイリスの手を取って恋人のように指を絡めてつなぎながら自分の方へとアイリスの体を向けた。
アイリスは顔が熱くてなんだか堪らなくなっていたが、自分で言ったからには抵抗をすることなどできるわけもなく、背後に回されるレナルドの手に従って体を預ける。
「実際にこうしてみると、君は案外、小さいね」
倒れこむようにレナルドと体を重ねて、彼が着ているシャツ越しに人肌のぬくもりを感じる。
「はたから見ていると、もっとかっちりしているように見えるのに、抱きしめると思ったより柔らかい事って割とあるよね」
なんだかレナルドは、抱きしめながら感想を言っていて、楽しそうにアイリスの後頭部をゆっくり撫でて、ぎゅうっと体をくっつける。
繋がれた手も主張するように指先がアイリスの手の甲を撫でている。
体格差的にアイリスは、レナルドの肩口に頬を預けるような形になっていて、寝る前なのだから香水などつけていないはずなのになんだかいい匂いがする気がする。
「君はどう?」
すでに色々な感触が否応なしにアイリスを責め立てるように主張していて、アイリスの頭はパンク寸前だった。
そこで感想など求められても、到底言葉など出てくるはずもないが、思考はめぐる。
レナルドはアイリスの事を意外と柔らかいといったが、アイリスはその逆だ。
レナルドは想像していたよりもずっとしっかりしていて、どんな風に打撃を与えてもまったく揺るがなさそうだと思った。
いや、もちろんそんなことはしないのだが、想定よりもずっとしっかりと抱きしめられてしまったので、がっつりと存在感を感じているし、想定よりもずっと筋肉質というか、ごついというか、骨太というかで。
とにかく色々整理がつかない。
大人の男の人というのは皆こういうものなのだろうか。
いや、もしかしたら、レナルドは騎士の称号を持っているので、単に体を鍛えている男の人だからかもしれない。
それにアイリスは唯一、抱き着いた男の大人の人であるはずの父親の抱擁などまったく覚えていない。
なので抱きしめるという行為が、こんなに感覚的に色々なことを感じる難易度の高い行為だと知らなかった。
アイリスの想像していた抱擁はもっと人形に抱き着くようなフワッとしてちょっと心が温まる、そういう行為だったのだ。
「っ……もっと」
「?」
「もっと柔らかいはずだと……私は思っていました……」
そう思うと彼の質問に、妙な返答をしてしまって、顔を真っ赤にしながらもう自分は何を言っているんだろうと訳が分からなくなる。
そして半ばやけくそになってアイリスは彼の肩口に頬を押し付けた。
だって、たしかに今まで思ったことすべてが一気に襲ってきて頭の中を滅茶苦茶にして大変なことになっている気がして苦しいが、その苦しさも含めて全部、まったく不快ではない。
むしろ体がじわーとあったかくなって、シャツの向こうに感じる人らしい感触がアイリスの心をいろんな意味で満たしてくれているのを感じる。
「……」
激しい羞恥心を感じながらも、愛おしさみたいなものが風船のように大きくなっていく、もうなんだか色々すごい、すごく堪らない。
心地いい、ずっとこうしてぎゅうっとしていたい。
アイリスが思っていた以上に、ハグの力というのは絶大なものだった。
しかし、しばらく子犬のようにぎゅうぎゅうと抱きしめていたアイリスだったが、しばらくしてレナルドが静かになっていることに気が付いてふと顔をあげた。
するととても落ち込んだ顔をしていて、いつもは優しいながらも威圧的にならない程度には男らしくきりりとしているように見えるのに、今はどうしてか凹んでいて、アイリスと目が合うと彼は力なく笑って言った。
「ふくよかじゃなくて……ごめん」
その言葉を聞いてアイリスははっとした。
たしかにさっき言った言葉では、彼がぷよぷよのフワフワではなかったから幻滅していると取られても仕方がない。
フォローするためにアイリスはすぐに首をフルフルと左右に振った。
「そ、そういう意味ではなく、ただ、以外にしっかりしていて筋肉質なんだなって」
「うん。そうだよね、ふくよかな方が抱きしめられて包容力あるよね。俺に抱きしめられても壁に抱き着いているようなものだもんね」
「そ、そんな風に思ってません。っ、ていうかっ、壁? 壁ですか?」
「せっかく君から触れたいと言ってくれたのに、鍛えてたばっかりに君の望みを叶えられないなんて、本当に情けない。どうにかしてもう少し太るよ」
いつもと違って落ち込んでネガティブなことを言うレナルドは新鮮で、アイリスはちょっと面白くなりながらも、ふくよかになったレナルドに自分がわーいと抱き着いている姿を想像してみた。
彼はアイリスよりも、そもそも身長があり、歳の差も少しあるし、そうなればいよいよ親子である。
「もう護衛の仕事はしないんだし、君の好みになるまで、毎日バターでもなんでも食べるから」
「バター……っ、くっ、ふ。ふふふっ」
そしてさらに変なことを言うレナルドに、アイリスはいよいよ耐えられなくなって声を漏らして笑い始めた。
しかし真剣に言っている彼に悪いので、堪えようと小刻みに震えたが声は漏れてしまう。
「ふっ、ふふっ、あはは」
「そんなに俺、おかしな事を言ったかな」
「っ、だって、何故、バター? せめてお菓子とか、お肉とかっ、あるとおもうんですがっふふふっ」
どう我慢しようとしてもこらえきれずに、アイリスは声をあげて笑った。それにレナルドは腑に落ちないとばかりにすこし眉間にしわをよせた。
「それに、レナルド様、壁だなんて思ってません。けっして、全然、まったく、そんな無機質なものなんかではない。とても温かくて……嬉しかったです」
「……包容力が足りなかったようだけど、それでもいいの?」
「はい。大満足です。今のあなたで……いえ、今のレナルド様が良いんです」
そういってアイリスはまた、レナルドの方へと倒れこんで肩口に頬を預ける。
感覚には少し慣れて、緊張よりも心地よさが勝っている。
彼の腕に抱かれてアイリスは少し目をつむった。
「……そんな風に言われると、妙な勘違いをしてしまいそうになるよ」
「……」
それからふいに言われた言葉に、アイリスは、その勘違いがアイリスもたまにしそうになるものと同じ勘違いなら、それは勘違いではないと言いたくなった。
けれど、それはきっとくるすべてを話してくれた日に取っておこうと思ったのだった。
304
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
【12月末日公開終了】これは裏切りですか?
たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。
だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。
そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?
幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~
二階堂吉乃
恋愛
同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。
1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。
一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。
真実の愛がどうなろうと関係ありません。
希猫 ゆうみ
恋愛
伯爵令息サディアスはメイドのリディと恋に落ちた。
婚約者であった伯爵令嬢フェルネは無残にも婚約を解消されてしまう。
「僕はリディと真実の愛を貫く。誰にも邪魔はさせない!」
サディアスの両親エヴァンズ伯爵夫妻は激怒し、息子を勘当、追放する。
それもそのはずで、フェルネは王家の血を引く名門貴族パートランド伯爵家の一人娘だった。
サディアスからの一方的な婚約解消は決して許されない裏切りだったのだ。
一ヶ月後、愛を信じないフェルネに新たな求婚者が現れる。
若きバラクロフ侯爵レジナルド。
「あら、あなたも真実の愛を実らせようって仰いますの?」
フェルネの曾祖母シャーリンとレジナルドの祖父アルフォンス卿には悲恋の歴史がある。
「子孫の我々が結婚しようと関係ない。聡明な妻が欲しいだけだ」
互いに塩対応だったはずが、気づくとクーデレ夫婦になっていたフェルネとレジナルド。
その頃、真実の愛を貫いたはずのサディアスは……
(予定より長くなってしまった為、完結に伴い短編→長編に変更しました)
私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?
水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。
日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。
そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。
一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。
◇小説家になろう、ベリーズカフェにも掲載中です!
◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる