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17 爪痕が与える影響
しおりを挟む「最近は、公爵子息たちとよく交流しているとは思っていましたが、そんなことがあったんですね」
エミーリエとユリアンは談話室でチェスをしながら適当に話をしていた。
今の話題は、ヨルクとフランクの話だった。
彼らはあれからベーメンブルク公爵の元へと戻り、お互いに気持ちを父に吐露したのだそうだ。
するとベーメンブルク公爵は途端に泣き崩れて、手が付けられない状態になったらしい。
彼ら家族の中で結局一番、公爵夫人の死を受け止められていなかったのは夫であるベーメンブルク公爵で、その様子を見てフランクは若干引いたと言っていた。
しかし、まぁ、誰かに成り代わられるという心配もなくなり、彼らは家族そろって公爵夫人を惜しんだんだそう。
人生につらい事があるのは仕方がない。けれどもそうして一緒に乗り越えていける家族がいるならばきっと大丈夫だ。
「はい。私ももう少し配慮していれば、フランクの気持ちを察せられたと思うのですが難しいですね」
「いえ、エミーリエはよくやっていると思いますよ。悪かったのはタイミングと、雨ではないでしょうか」
ポーンを動かしながらユリアンはそう口にする。
……雨、ですか。
そうだ、おおもとのその災害さえなければ、今回の件は起きなかった。ベーメンブルク公爵家には、きちんと夫人がいて、エミーリエは彼女とも交流を持てただろう。
「そう考えると、自然災害というものは本当に人々から多くのものを奪って、沢山の……爪痕を残していきますね」
「そうですね。残された爪痕は多くのものに影響を与えて、二次的に人の心をむしばんでいくんですから、悲しい限りです」
彼らにとって残された形見である鏡台は、その爪痕そのもののようで直視できなかったのだろう。
沢山の人を苦しめるそれは、無くなってしまえばいいと思う人もいるかもしれない。
けれども、それは誰かの想いであって、形見であってそこにあった事は変わりはしない。
エミーリエはその爪痕という言葉に思う所があった。
ベクトルは違うのだが、自分が残してしまった爪痕はどんなふうに人に作用を与えているのだろう。
「…………爪痕はない方がよかったのかもしれません。でもなにか、ただいなくなって忘れ去られるだけではなく、何かを残したい、いいえなんでもいいから影響を与えたいと思ってしまったんです」
「……エミーリエの話ですか?」
エミーリエは思ったことをそのまま口にした。会話の流れからして変な展開の仕方だったと思う。
けれども、ユリアンは突然そんなことを言ったエミーリエに少し考えて返した。
「その通りです。爪痕……という言葉で少し思う所がありまして私は、自分のいた場所を飛び出すとき、どうせ去ってなかったことになるのなら、せめてここにいたあかしを、思ったことを、なにか影響を与えたいと思いました」
「……」
「傷つけたと思います。とても……けれど、同時に新しい選択肢を与えることになるはずだと、思っているのはただの希望的観測かもしれません。
けれど、残った爪痕は沢山の人に影響を及ぼすのだなと今回改めて思いました、ユリアンは何かそういった経験はありますか?」
話し出したはいいけれど、気持ちを吐露しただけで話の終着点は見つけられない。
エミーリエはそんな自分をごまかすために、駒を動かしてユリアンに視線をあげた。
こんなことを言われたって、ユリアンだって困るだろうと思ったけれど彼は逡巡してから、意外にも「ありますよ」と短く言った。
「私の場合は……純粋にただ少しでも悔やんで欲しいと思ってやった事でしたが。
そういうたぐいの事あってますよね」
「はい。意外ですね、ユリアンはあまり、感情に任せて何かをするようは見えません」
「そんなことありません。私は結構、直情的な人間ですよ」
そう言って、考えながらユリアンはポーンの駒を指先で揺らした。
「あの時も、兄にほんの少しだけでも悔やんでくれたらと思って、今まで一度だって言ったことがなかった気持ちを手紙にしておいてきたんです。
私はそのままアーグローデに向かったので、残してきた爪痕がどんな影響を持っているのかわかりません。でも、エミーリエの気持ちはとてもよくわかります。
願わくば、正しく思い悩んで苦しんでくれていたら良いなと思います」
……兄に対しての手紙……兄というと王太子になられたフリッツ様の事でしょうね。
カルシアの王族は二人きりの兄弟で、ほんの数年前までは、仲の良い兄弟だと聞いていた。
しかし苦しんで欲しいなどと口にするほどに、彼らの関係は拗れているらしく、深く知りたいという気持ちになるけれど、それはユリアンが話をしたくない可能性もある。
「……」
「まぁ、難しく言うとそんな様子ですが、兄弟げんかみたいなものです。
兄はとても自由奔放で気ままな癖に、才能と運に恵まれた天才みたいなひとなんですよ。
そんな人に私の気持ちなんかわかるはずもありません。いつだって自分が望めばなんでもうまくいくと思っているような人ですから。
私はもう、彼にもその周りにも振り回されることに疲れました。
自分勝手で周りの人が見えていないのに、行動力があるような人が私は一番に苦手なんです」
コツッと駒を盤の上に置いて、ユリアンはおどけたようにそう言った。
そのユリアンの言った苦手な人の部類はエミーリエにも心当たりがあった。
それはもちろん元婚約者の事である。
彼は、まったくロッテ以外の周りのものが見えていない様子だった。
彼がもう少し色々なことに目を向けられていたら、エミーリエだって寄り添おうと思えたかもしれない。
「私も同意見です。視野を広く持ちたいものですね」
「はい。……あの、もう少し、私の事について話をしてもいいですか? あまり兄の事について人に言ったりできない環境でしたので、本音を話せるのは新鮮というか……」
エミーリエが同意すると、ユリアンは少し恥ずかしそうにしながら、そう言って窺うようにこちらを見た。
それにもちろんだと頷いて、エミーリエは言った。
「構いません。むしろ聞きたいぐらいです」
「そうですか、ありがとうございます。実は私たちは、昔から区別されて教育をされてきたので、私は兄に直接的に強く言うことが出来ないんです━━━━」
彼の話は、それは仲がこじれるのも納得がいくような、二人の関係性の話で、いつになく表情豊かでいつもより少しだけ言葉遣いが悪いユリアンに、エミーリエは少し珍しくて同時に嬉しく思ったのだった。
自分の事も、タイミングがあったら、きっちりと話をしようと思う。
今のところフォルスト伯爵家は、エミーリエを追いかけるだけの余裕はない様子なので安心だが、いつ持ち直してくるかわからない。
そうなったときにどうするべきかはわかっているが、ユリアンとお別れするのはとても寂しい、そうならなければいいなと思ってしまうのはよくない事だと思いつつも望まずにはいられないのだった。
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