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24 頷かない理由 その二
「それは、ご多忙であらせられることは、存じています。……しかし、俺は父さまからもユリアン様からもそう言った話を受けていません。正式に決まっているのならば、急いで準備をすることもまったく問題ありませんが、勝手にユリアン様の荷物を運び出すというのは、あまりにも……」
「勝手にではない。俺が命令した。その事実だけがあれば十分だろう。ベーメンブルク公爵子息、今すぐに屋敷のものを集めて準備をさせてくれ。報酬は弾もう」
フランクはとても懸命に言葉を選んで、フリッツ王太子の要望をなんとか断ろうとしているのが窺える。
もちろん、ユリアンがそれを望んでいない事もまた事実だ。
昨日、兄に会うことに心を決めて、必ず帰ってくると言ったユリアンの帰る場所を奪うようなことは、誰であろうと許されないはずだ。
しかし、さも当たり前かのようにフリッツ王太子はフランクに言う。
やはり、敵意は感じられないし、理不尽なことをしているつもりはなさそうだ。それでも言っていることは横暴そのものだ。
「ま、待ってください! 報酬なんかの問題ではありません。俺が父さまやユリアン様の不在の間を任せられているんです。本人の意思を確認せずにそんなことはできないと言っているんだ!」
はっきりといった方がいいと感じたのか、フランクは理由を添えてできない理由をきっぱりと提示する。
しかし、その対応にフリッツ王太子は笑みを消して苛立ったように目を細めた。
「……」
重たくてとても気まずい間が流れる。
そんなときにフリッツ王太子の隣にいるジークリット王妃が状況を見て口を開いた。
「では、こうしましょう。わたくしの名前で荷物の引き上げの準備の依頼と、正真正銘預かったという事を書面できちんと記載をし、ベーメンブルク公爵子息にお渡しします。
それと引き換えにすれば、公爵の不在時に屋敷を任せられていたあなたは、任されていた程度の責任は果たせていることになるでしょう。
正式にユリアンの母親であるわたくしが荷物を引き取るのですから、そちらのベーメンブルク公爵家にとってはなんら問題はないはずです」
たしかにユリアンの親であるジークリット王妃が彼の荷物を持っていくことなんて変なことではない。
事情があってのことであるだろうし、それを拒絶して、ユリアンが戻ってきたときにもし母に任せていたのにどうして了承をしてくれなかったのかと言われたら分が悪いのはフランクになる。
「……そうかも、しれませんが……昨日まではユリアン様はこの屋敷に帰ってくると言っていて……」
「いいえ、あの子がどんなふうに考えているかなど問題ではないんです。ロホスは一時的に王位継承争いを収めるためにユリアンを国外にやった。
あの人は気難しい人です。言葉が足らず自分は捨てられたと思ったのでしょう。しかし、フリッツもこう言っていますし、わたくしたちは王族です。
王族には、国を守り国の為に動く義務があります。ユリアンはフリッツを支えるためにこれまでの人生を使ってきました。
今更その技能を別の事に使うことなど国にとって大きな損失です。
ですからわかりますか? これはカルシア王族全員の意向なんです。それを、傍系の王族まして成人もしていないような子供が覆す。そんなことはできません」
ジークリット王妃はとても静かに冷静に言った。諭すような言葉に、フランクは必死に反論する言葉を探している様子だった。
けれども隣にいたフリッツ王太子が続けていった。
「母上そんな言い方するなよ。ユリアンは物じゃない。俺だって好きで王太子やってるが、義務感なんか欠片もないぞ」
「あら、そうでしたか。大変申し訳ございません。説得に苦戦しているように見えましたので」
「いやいや、俺はあくまでただ、少しでも友好的にこの話を纏めたいだけなんだ。な、フランクといったか? お前もそのはずだ」
厳しく言った母を少し、諫めるようにフリッツ王太子はまたフランクに少し優しい笑みを向ける。
それに困り切っていたフランクは、少しばかり救われたような顔をした。しかしすぐにその顔はさらに青くなることになった。
「なんせ、伯母上を殺したお前らのところになど、ユリアンを置いておけないなんて話、お前もしたくないだろう。自分の父親の批判を聞きたいのか?」
「あ、あれは、不幸な事故だったっ、殺しなんて!!」
突然、話はベーメンブルク公爵夫人の事になった。
「いいや、事実なんてどうでもいい。俺たちカルシア王国からすればどう見えているかって話をしているんだ。
血筋を保つために高貴なる姫を嫁に入れ、息子を二人設けてある程度、育てば用無しとばかりに彼女だけ災害で死んだと? 冗談を言うのも大概にしてくれ! 我々はお前たちを信用して第一王女を託したんだ。
今、俺にどれだけ弁解しようとも事実は変わらない。
伯母上は不遇の死を遂げたと誰もが思っている。ベーメンブルク公爵もあんなに人の好さそうな顔をしておいて、相当な鬼畜だな……と、そう言う話を俺と、母上の前でしたいか? それはあまりにも早計だろ、フランク」
「……っ」
「なにもお前を虐めたいわけじゃあない、事実ユリアンの一時的な避難先として優良な価値を示しただろう。あとは無事に帰還させてくれればそれでいい。
仲良くいこう、俺らはいとこ同士だろう?」
フリッツ王太子はとても気軽な笑みを浮かべる。歳はエミーリエよりも少し上だろうか。
彼には王太子としても長年の経験もあるだろうし、エミーリエもあまり二人で対面して話をしたくない相手だと思う。
人の踏み込んでほしくないデリケート部分をザクザクナイフで切り刻むようなことをしておきながら、悪意はないといい。まったくもって言葉遣いに容赦がない。
自分と敵対したらどういうふうになるかを示すように機嫌を悪くしたりよくしたり、交渉相手の気持ちを揺さぶって楽な方へと流れさせようとしている。
フランクだってもちろん優秀ないい子だ。
父によくついて回って、いろいろなことを学んでいるし、母を失ってからピリピリして弟にあたっていたが、それだって解決してたまに喧嘩はしても兄弟仲はいい。
言ってしまえば普通の子だ。だからこそフリッツ王太子はフランクの事を扱いやすく思うだろう。
「……」
「おいおい! そこは頷いてくれよ」
からからと笑ってフリッツ王太子は、どすんとソファーの背もたれに倒れこんだ。
「フリッツさん、お行儀が悪いですよ」
「いいだろ。面倒くさい立場なんだからこのぐらい威張った態度でも」
「注意をしただけです。自覚があるのなら、あなたのお好きになさって結構です」
「はははっ!」
「……」
なんだか不思議な親子関係にエミーリエは、横暴は横暴でもこういったタイプの横暴もあるのだなとエミーリエは妙な気持ちになった。
そんなことよりもフランクの事だ。
さすがにここまで言われては、拒否する理由もないだろう。
ジークリット王妃の正式な書類をもらって、意向を確認が取れて、報酬もいただけるし、なにより、このベーメンブルク公爵家の価値。
それを引き合いに出されたからには、ユリアンをカルシア王国に返すことに協力するのは、彼の気持ちよりも優先するべきことだ。
ユリアンはただの第二王子に過ぎず、このベーメンブルク公爵家は王族の傍系として地位を確立しているが、国王になるフリッツやロホス国王陛下の機嫌を損ねてしまえば、血筋を担保するための姫の嫁入りが無くなってしまうかもしれない。
エミーリエは本音としてはそれでも、ユリアンの荷物を勝手に引き上げることなど、いいなどと言って欲しくない。
その気持ちはフランクもわかっていると思う。けれども分が悪すぎるのだ。
せっかく母の死から立ち直り、少しずつ前を向いているベーメンブルク公爵家に心配事の種を増やしたくないと思うのが当然だ。貴族として考えるならば、逆らうことは得策ではない。
苦しげに、フランクがぎりっと奥歯をかみしめる音が聞こえてきそうだった。
「……それでも、了承できない。ユリアン様はたしかに王族の人だ。あなた達が望めば元の場所へと帰るのは自然だと思う。
でも、あの人がこの地で作った人とのつながりや、居場所なんかはあんたたちに清算できるものじゃないだろ。明日、父もユリアン様も戻ってくる。
それまで俺は首を縦に振るつもりはない。なんと言われようとも、か、母さまの事はっ、俺たちの不甲斐なさが起こした事故だった。カルシア王族の方々には……申し訳ないと思っています」
しかしフランクはそれでも了承することはなく、声は少し震えていたが、引き下がることなく言い返した。
完全に弱みを掴まれて、それを言えばどうなるかわかり切っている状況でも、それでもフランクは譲る気はない様子で、きっぱりと言い放った。
それにまたフリッツ王太子の雰囲気はがらりと変わり、さらに踏み込んで、フランクが言われたくないはずの事まで指摘して、荷物を引き渡すように説得した。
しかし、フランクは首を縦に振ることだけはなく、昼過ぎだった時間はいつの間にか夕方になって、赤い光が窓から差し込んだ。
そうなると流石に、今日中にという彼らの要望は通すことができない。一日あれば、出発したユリアンたちは戻ってくることができるだろう。
話し合いというかほぼ、言葉の暴力のリンチに遭っただけのフランクだったが、彼をねぎらいつつもエミーリエはどうしてあそこまで拒否したのかと聞いた。
するとフランクはいつもよりも格段、元気も自信もなさそうな様子で言った。
「だってあなたの思い人なんだろ」
短い言葉だったが、その意味は伝わる。
彼が主張していた荷物を引き渡せない理由である、”この場所でユリアンが築いたフリッツたちに清算できない関係”の中にエミーリエとユリアンの関係が含まれていたのだとわかる。
つまりは、エミーリエの為にもああして堪えてくれたのだ。胸が熱くなって、それを加味してユリアンの居場所を守ってくれたフランクに何度もお礼を言ったのだった。
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