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27 勇気を出すために
しおりを挟む今朝がた一番で、ユリアンとベーメンブルク公爵が戻ってきた。
馬車を置いて馬に乗り、夜中かけてきたらしく疲れている様子だったが、胃の痛い思いをしていたフランクは、彼らが戻ってくると同時にダウンして昨日の話し合いの説明をグレータが行った。
「━━━━というように、ユリアン様の荷物を引き取ることの正当性をジークリット王妃殿下は主張しました。
しかしそれでも承諾をしないと、フリッツ王太子殿下が、奥様の事を引き合いに出され、このベーメンブルク公爵家の立場を鑑みた方がいいと助言をされました。
フランク様はとても辛そうなご様子でしたが、その後の数々の揺さぶりにも動じずに真剣に対応していたと思います。
立場が弱く、心理的に不利な状況だったように思いますが、ご立派だったと思います」
グレータはそう言って、少し誇らしそうに笑みを浮かべる。ベーメンブルク公爵はその話を聞いて苦々しい表情をした。
「……彼女の事は、どんな理由があったとしても私たちに負い目がある。ここ最近の長雨に国がまったく対応できていないのは事実だ。
けれどそれを話し合うための会合を設けたはずなのに、わざわざこちらにやってきてそれを引き合いに出すなど、少々……いえ大分誠意にかける行動だね。
それに、彼女の事を糾弾するために怒ってやってきたというのならまだしも、息子しかいなくなったタイミングを見計らって、自分たちの要求をのませるために母の死を引き合いに出すなど不愉快極まりない……」
「はい。……私もあの時は、思わず反論してしまいそうになりました」
グレータは拳を握って悔しそうにそう口にする。
もちろんエミーリエだって同じ気持ちだった。腹が立って、品性にかける行動だと思った。
「いや、それでも堪えたグレータの行動は圧倒的に正しい。
実際に君が割り込んでいれば、使用人にも信頼されていない子供としてイザークなりグレータなりと王太子殿下が話をすることになっていただろう。
そうなれば、もう要求をのまない事は難しい。フランクも君たちもよく堪えてくれた。
それに、こんな品性のない横暴なやり方に屈して、ベーメンブルクに対する態度はこれでいいのだと思われるような事態にならずに済んだこともとても大きい。
よく頑張ってくれたよ。皆、私がいない間屋敷を支えてくれてありがとう」
この場にいる屋敷の上位の使用人たちに向かって、ベーメンブルク公爵は気持ちを込めていった。
その言葉はしっかりと、それぞれの部下たちに当主からのお褒めの言葉として伝えられるだろう。
「さて、ユリアン様、問題はこれからの事……なんだけれど……」
そう言ってエミーリエの隣に座っているユリアンに向かってベーメンブルク公爵は話を切り替えた。
しかし、ユリアンはテーブルの一点を見つめているばかりで反応しない。
「ユリアン様、昨日の疲れもあると思うけれどここは、君の方針によってベーメンブルク公爵家としての動きも変わってくるから、ぜひ考えを聞かせてほしいのだけれど」
ベーメンブルク公爵は少し言いづらそうに、ユリアンに向かってそう口にする。
すると彼はその言葉にハッとして「はい、もちろんっ」とすぐに返す。しかし、それからも言葉が出てこない様子で、しばらく黙って話し合いの席についているそれぞれの顔を見る。
「……まずは、第一に謝罪をさせてください。
兄が大変申し訳ありませんでした。突然来訪し、様々な予定を狂わせ、不快なことを大切な跡取りであるフランクに言い、現在も面倒事の種になっている事、深く謝罪いたします。
まさか……こんなふうにあの人が迷惑をかけてくるだなんて、まったく考えてもいませんでした。
いつもいつも私の予定も事情も何もかも、無視して突っ込んでくる、そう言う男だとは理解していたつもりだったのに、うかつでした」
ユリアンは彼に会う覚悟を決めて出発していったけれど、突然の来訪と身近な人間にかけられた迷惑によって、なんだか気持ちがナイーブになっている様子だった。
「もっと私が気を付けていれば、こんなことにはならなかったはずです。私があの人の行動を予測できていたら、被害を最小限に抑えることができた」
自分で自分の首を絞めているみたいにユリアンは苦しそうに段々と俯いていく。
たしかにそんなことができていたならば、屋敷の人間だって驚かなかっただろうし、早急に対処できたかもしれない。
しかし、それをやれなかったことを、身内だからという理由で彼が糾弾されると本気で思っていそうだ。
その関係性の深刻さに、エミーリエは何と言ったらいいのかわからなかった。
「私がいるというだけで厄介なことになるという事を理解していたはずなのに……」
ユリアンの言葉に、カルシア王国での彼の事情が察せられてその場のテーブルについていた全員が静まり返った。
その様子に、後ろに控えていたアウレールがユリアンの肩に軽く手を置いて「主様」と普段よりも少しだけ優しい声で彼を呼ぶ。
すると、思い悩みすぎていたユリアンはびくっと反応して、言葉を止める。
それから、震える細い息を吐いて、切り替えたように顔をあげた。
「失礼しました。私が明言しなければ決まらないというのに、感傷に浸ってしまいました。……私はフランクが言ってくれたようにカルシア王国に戻るつもりはありません。直接、フリッツ王太子と話をつける予定です。
時間がかかるかもしれませんがその後、ともに王都に向かい、会合に参加できたらと考えています。
馬車の予定や、王族へのもてなしなど色々ともう少し皆さんには負担をかけることにはなりますが後日仕事で埋め合わせをさせてもらいます。
なので、よろしくお願いします」
「決まったね。よし、さっそく動こうか、ところで私はその話し合い君の側で同席した方がいいかな?」
「いいえ、ベーメンブルク公爵、そこまでは大丈夫ですよ。自分で決着をつけます」
「わかったよ」
そんな会話を最後に、これからの話し合いは終わり、エミーリエはユリアンが少しいつもの調子を取り戻したように見えたことにほっとした。
早速移動し始め、彼らに続いていくと、ふとアウレールがユリアンから一歩下がって、エミーリエに視線を向けた。
「エミーリエ様」
静かに声をかけられて、エミーリエは少し立ち止まって彼女を見上げた。
「主様は、冷静でとてもよく周りを見ている客観的な人物ではありますが、フリッツ様は常識的にはかれない人物です。主様も彼のそう言った部分に振り回されがちです。
しかし、フリッツ様も主様を不幸にしたいわけではないと思います。彼から敵意を感じたことはないので。
なので純粋にこちらでの生活の方がいいと望んでいることを、きっぱりと示せれば引き下がるはずです。
その勇気を主様が出すためには、ほんの少し手助けが必要かもしれません」
アウレールの言葉はエミーリエも実感していたことで、たしかにフリッツ王太子には悪意なんかはないだろう。
けれども主張が強く、自分本位なところがぬぐえない。
そしてユリアンは、彼に強く自分の思っていることを言えない立場なのだと何度も言っていた。
その手助けをするのはアウレールであっては少し体裁が悪い。彼女は護衛騎士だ。主が従者に指示を受けているのはあまりこのましい様子には見えないだろう。
「私でよければ、ユリアンのお力になりたいと思っています。……私は力不足でしょうか」
エミーリエは一度意気込んで、自分がそうなるつもりだと示した。
なんせ、どうやらユリアンとそういう仲の人間だとばれている様子だし、話し合いの場に同席していても妙ではないはずだ。
しかし、口にしてから、自分がそう意気込むのは少しおこがましかったかとアウレールに窺うように言う。
すると彼女はゆっくりと頭を振ってユリアンに視線を戻す。
「いいえ、不足ありません。主様をよろしくお願いします」
「はいっ」
そう言葉を交わしてエミーリエたちはユリアンのそばに戻ったのだった。
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