46 / 59
45 エミーリエに残された爪痕
しおりを挟むユリアンに改めて向かい合って座ると、なんだか少し緊張してしまって、後ろにいるアウレールの視線にも落ち着かなく感じる。
これにプラスでエミーリエまでいたのだからロッテが緊張していた気持ちもとてもよくわかって、エミーリエはぎこちなく微笑んだ。
こんなふうに真剣に向き合って話をする機会はここ最近なかった。
彼は宣言通りに忙しくしていたし、エミーリエもロッテに対して丁度いい仕事と勉強の手助けをするために手を尽くしていたからだ。
もちろんエミーリエだけが色々と手を回したところでロッテの学びにつながるわけじゃない、手を出すべきところは出すがそれ以外のところは彼女自身によっていろいろな関係性を作るべきだ。
そうわかっていても、たまに後ろをついていってるのでエミーリエは少しだけそれ以外の時間が仕事で忙しくなっているというわけだ。
しかし見ている限り、ヨルクとフランクがロッテの事を程よく助けてくれている様子で、それについてはとても助かっている。
「エミーリエに対する話というのは、その……少しデリケートな話になるのですが、話題すら聞きたくないようなつらい記憶だというのなら話さない事も可能だということをまず言わせてください」
ユリアンは気遣うようにエミーリエにそう言って、その言葉に何の話かの見当がついた。
「はい。大丈夫ですお気遣いありがとうございます」
「……話というのは、ブラント伯爵家の事です。あなたの実家の話ですね。長雨の調査の関係で、私は元ブラント伯爵邸に向かおうと考えています。
今のブラント伯爵領は中途半端な形で開発が進み、長雨の景況を一番に受けていますので、あまり整備されていないような状況です。
その状態を見ることはとても辛い事だと思いますが、あなたの生まれ育った土地ですし、行ってみれば思い出すこともあるのではないかと思うんです。エミーリエ」
「……」
「私とともに、伯爵領に行きませんか?」
……ブラント伯爵家に……。
それはたしかにあまり気の進む提案ではない。というか、行きたくはないとすらエミーリエは思っている。
だって、流石に父や母の死から必至に働いて忘れることによって立ち直ったエミーリエだが、実家に戻ってまで、何も思い出さずにいられるほど鈍感だとは思えない。
そして朽ち果てた屋敷を見たら悲しくなるだろうし、とても楽しい事にはならないと予想できる。
けれども、エミーリエがその場に行くことにメリットがあるからユリアンは誘っているのだ。
彼は仕事ができる人だ、採算があるからこうしてエミーリエを誘っているのだと思うし、調べることでわかる事があるということは、ブラント伯爵家は原因に近しいという事だ。
その場所の一人娘であるエミーリエがそばにいて、何か必要なことを思い出せば事は良い方向に運ぶかもしれない。
「……協力はしたいと思います。しかし果たして有用な情報を取り乱さずに思い出し役立てられるかは、正直なところ分からないという気持ちです」
エミーリエには協力する義務があるし、ユリアンは自分の事ではないはずなのにこの国の為に動いてくれている。
エミーリエはこの問題の一番の当事者だ。ユリアンよりもまず、動くべき人間だ。
そんな人間が、彼の唯一口にしてきた協力の申し出を断ることなど出来ないだろう。
しかし、あまり思い出したくない記憶をたどることに対する忌避感は言葉の端に出てしまい、ユリアンは少し困った顔で笑った。
「もちろんそういう期待がないかと言われたら嘘になりますが。それ以上に、エミーリエ。あなたは私の家族に会いましたが、私のはまだ、ご挨拶できていません。
墓前で挨拶をする許可していただけたらなと思ったのです」
ユリアンは、エミーリエの言葉を否定しなかった。否定しないまま、もう一つの理由を提示した。
その理由ならば、エミーリエが役に立たないということはないだろう。というかむしろ、そう言ってくれるのならば、今までずっと放置してきた両親の元に向かうことはやぶさかではない。
……むしろ、こういう事情でもなければ私はずっと……。
きっとずっとこのままだ。
……それに、人にやったことは自分に帰ってくる……そうでしょう?
エミーリエは自分に語り掛けた。
エミーリエは爪痕を残したいという気持ちでロッテに真実を否応なしに見せつけた。
彼女の世界を壊した。知らないだけではいられないと示したのだ。
それなのに、エミーリエが自分の事情にずっと目を逸らし続けて、自分に残っている彼らの爪痕に気がつかないふりをし続けることなど到底許されない。
「…………」
「それでも、つらい思い出のある場所ですからね。強要するつもりはまったくないんです。エミーリエ、だからどうか、そんなに苦しそうな顔をしないでください」
ユリアンは押し黙ったエミーリエを心配そうに見て、どうにか気分を明るくしようと務めた。
しかしそれはうれしいけれど、苦しい気持ちになったとしても受け入れなければならない問題というのはある。
それはきっと今、この時なのだ。
それが一番正しい時で、望まれている時だ。
「いいえ、ユリアン。あなたと一緒ならば、大丈夫です。いつかは向き合わなければならない問題ですから」
「……そ、そうですか。私と一緒なら……ですか」
「はい。よろしくお願いします。共にブラント伯爵家に行かせてください」
エミーリエは改めて、ユリアンに頭を下げてお願いした。
エミーリエは一人ではない。中身の伴わない関係だとしても、ユリアンはエミーリエの欠点も呑み込んでそばに置いてくれるといった相手で、これから先も一緒にいる。
没落してしまったが愛してくれた家族に、それでもこんなふうに今は幸せだといえる気がする。そう思って決意を固めたのだった。
147
あなたにおすすめの小説
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
結婚したけど夫の不倫が発覚して兄に相談した。相手は親友で2児の母に慰謝料を請求した。
佐藤 美奈
恋愛
伯爵令嬢のアメリアは幼馴染のジェームズと結婚して公爵夫人になった。
結婚して半年が経過したよく晴れたある日、アメリアはジェームズとのすれ違いの生活に悩んでいた。そんな時、机の脇に置き忘れたような手紙を発見して中身を確かめた。
アメリアは手紙を読んで衝撃を受けた。夫のジェームズは不倫をしていた。しかも相手はアメリアの親しい友人のエリー。彼女は既婚者で2児の母でもある。ジェームズの不倫相手は他にもいました。
アメリアは信頼する兄のニコラスの元を訪ね相談して意見を求めた。
【完結】堅物な婚約者には子どもがいました……人は見かけによらないらしいです。
大森 樹
恋愛
【短編】
公爵家の一人娘、アメリアはある日誘拐された。
「アメリア様、ご無事ですか!」
真面目で堅物な騎士フィンに助けられ、アメリアは彼に恋をした。
助けたお礼として『結婚』することになった二人。フィンにとっては公爵家の爵位目当ての愛のない結婚だったはずだが……真面目で誠実な彼は、アメリアと不器用ながらも徐々に距離を縮めていく。
穏やかで幸せな結婚ができると思っていたのに、フィンの前の彼女が現れて『あの人の子どもがいます』と言ってきた。嘘だと思いきや、その子は本当に彼そっくりで……
あの堅物婚約者に、まさか子どもがいるなんて。人は見かけによらないらしい。
★アメリアとフィンは結婚するのか、しないのか……二人の恋の行方をお楽しみください。
貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後
空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。
魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。
そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。
すると、キースの態度が豹変して……?
【完結】地味な私と公爵様
ベル
恋愛
ラエル公爵。この学園でこの名を知らない人はいないでしょう。
端正な顔立ちに甘く低い声、時折見せる少年のような笑顔。誰もがその美しさに魅了され、女性なら誰もがラエル様との結婚を夢見てしまう。
そんな方が、平凡...いや、かなり地味で目立たない伯爵令嬢である私の婚約者だなんて一体誰が信じるでしょうか。
...正直私も信じていません。
ラエル様が、私を溺愛しているなんて。
きっと、きっと、夢に違いありません。
お読みいただきありがとうございます。短編のつもりで書き始めましたが、意外と話が増えて長編に変更し、無事完結しました(*´-`)
幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~
二階堂吉乃
恋愛
同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。
1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。
一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。
誰でもイイけど、お前は無いわw
猫枕
恋愛
ラウラ25歳。真面目に勉強や仕事に取り組んでいたら、いつの間にか嫁き遅れになっていた。
同い年の幼馴染みランディーとは昔から犬猿の仲なのだが、ランディーの母に拝み倒されて見合いをすることに。
見合いの場でランディーは予想通りの失礼な発言を連発した挙げ句、
「結婚相手に夢なんて持ってないけど、いくら誰でも良いったってオマエは無いわww」
と言われてしまう。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる