どうせ去るなら爪痕を。

ぽんぽこ狸

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51 ふさわしい人

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 エミーリエたちは、領地の端に作られているブラント伯爵家の墓地によって、祈りを捧げ、ベーメンブルク公爵邸に帰ってきた。

 精神的に参ってしまっていたので、エミーリエは少しぼんやりした帰路になってしまったが屋敷に戻って馴染みの侍女たちにお土産を渡し、ベーメンブルク公爵に挨拶をしたりすると、自然といつもの調子が戻ってくる。

 毎日頑張っているロッテがいて、彼女を心配しているアンネリーゼはいない間にあった事をたくさん話してくれた。

 戻ってきてから、子猫が無事に成長しているかアウレールと確認に行ったし、ヨルクとフランクと三人で庭園を散歩したりした。

 そうした日々を送って、エミーリエはやっと大切なものを失った事を受け入れることができた。

 そして自分がとても傷ついていたことを自覚できた。

 今となればあの旅は必要なものだと思えたし、無事に帰ってこられて良かったと思うが、一つ大きな問題が残ってしまっていた。

 それはずばりユリアンの事だ。

 彼はベーメンブルク公爵家に戻ってきてからすぐにまた、ベーメンブルク公爵とともに王都に向かってしまった。なので屋敷にいるのは公爵に置いていかれて暇なフランクとヨルクだ。

 それから、休憩中のロッテ。

 彼らをエミーリエはなんとなく誘って庭園のガゼボでお茶会を開いていたが、少しばかり打ち解けた彼らの関係性を見ておきたいという気持ちもあった。

「だから明日からはね、私、お屋敷のお掃除の方法を勉強するために侍女の制服を着るの! 子供用はあるけれどちょっと大きかったからアンネリーゼにサイズを直してもらったのよ!」
「そうか、ロッテは真面目で偉いな」
「そうでもないのっ、いつか自分で洋服のお直しもできるようになりたいの」
「針仕事が出来る女性は、素敵だと思うぞ」
「うんっ」

 彼らは丸いテーブルに並んで座って、フランクに褒められてロッテはとてもうれしそうな様子だった。

 そこに、もぐもぐとクッキーを食べていたヨルクが割って入るように言った。

「僕は、針仕事は出来ないけど、最近は真面目に魔法の練習してるもんねっ」

 普段は、うざったいとばかりにフランクから逃げ回っていることの多いヨルクだが、珍しく自分からそう言ってフランクの興味を引いた。

「ヨルク、お前はそんなの当たり前のことだろ。むしろ常に真面目に授業を受けろよ」
「なんだよ! 僕のことだってロッテみたいに褒めてくれたっていいじゃん! 兄さまのけち!」
「あのな、そういう所が可愛くないって言ってるんだ」
「あー! そんなこと言って僕の事きらいなんだっ、いいもん僕にはエミーリエがいるから、ね? エミーリエ、僕の事も褒めてくれる?」

 そう言ってヨルクは、首をかしげてエミーリエの事を見上げた。
 
「ええ、ヨルクもいい子ですよ」

 エミーリエはそう言って彼のくるくるした髪を優しくなでつけた。いくら撫でつけても相変わらずくるくるとしている髪にエミーリエは少し笑って、彼らの関係性について考える。

 どうやら、ロッテはフランクに懐いている様子なのだが、それに若干ヨルクが嫉妬しているように見える。

 そしてその嫉妬はヨルクが素直になれずに満たされないので、エミーリエに向いているように見える。

「えへへ」

 頭を撫でられて、思わず笑い声を漏らすヨルクに、ロッテは真顔になってじっとヨルクを見つめる。

 その瞳がどういうたぐいの感情なのかあまりわからないがその、瞳にヨルクは気が付いていない。

 ……もしかしてロッテはヨルクが好きなのでしょうか。歳も近いですし、何より私がこうしているとロッテはなぜかじっと見てきますし。

「あんまり甘えるなよ。ヨルク。お前その年だからいいものの、いい加減ユリアン様に怒られるぞ」
「ユリアン様はそんなに器が小さくないからいいんだ~。それに兄さまはロッテを可愛がりたいんでしょ。僕の事なんて気にしなくていいじゃん」
「そう言う問題じゃないだろって。はぁ」
「そうだよ。ヨルク様はエミーリエに甘えすぎ、私の方が昔から知ってるんだから」
「え~、ロッテは欲張りだよ」
「そんなことないもん」

 一頻り撫でて手を離すと、彼らはまた、どういうふうに感情の矢印が向いているのかわからない会話を始めて、あまり聡い方ではないエミーリエは子供たちのその会話についていくことができなかった。

 ただ、仲は悪くないだろうと思う。

 それに三人ともキラキラとした金髪をしていて、外に出るとちょっとだけ眩しいぐらいだ。

 楽しそうに話している姿は絵画にしたらとてもよく映えるだろう。

 そう考えてから、ユリアンもこの場にいればまったく彼らとそん色なく絵画に美しく描かれるだろうと思う。

 しかしエミーリエはそんなことはない。

 きれいな髪色でもないし、整った容姿もしていない、地味で特技のない女だ。

 とても彼の隣に並ぶのには相応しくないと思う。

 子供たちと楽しい会話をしていたはずのエミーリエだが、また最近の悩みに立ち返ってしまって、どうしたものかと深く考え込んだ。
 
 ……ユリアンには与えられてばかりで、私は頼ってばかり、隣に立つのにふさわしい人間ではないと思うんです。

「でも、エミーリエは私の事家族みたいに思っているっていってくれたことがあるもん」
「僕なんて、一緒にお菓子を作ったことがあるけど?」
「ず、ずるいよ! ヨルク様、っていうかエミーリエはとっても忙しくて大変なのにわがまま言ったんじゃないの?」
「言ってないよ! いいよってエミーリエが言ってくれたんだもん」
「……その辺にしとけ、結局何を言ったって、エミーリエが一番、想ってるのはユリアン様なんだから。そうだろ?」
 
 フランクに問いかけられてエミーリエは、いつもなら、はいその通りですと言い返すことができた。

 しかし彼がエミーリエの事を本気で好きだといった以上はなんだか気軽にそう言う言葉を口にできなくて、沈黙してしまう。

「……」
「あれ、黙っちゃったよ。兄さま、何かデリカシーないこと言ったんじゃないの?」
「フランク様ひどぉーい」

 今までのフランクに懐いていたはずの二人はエミーリエが黙るとすぐに手のひらを返して、それから目を合わせてくすくすと笑った。

 しかしフランクは二人の軽口にイライラすることもなく、エミーリエを少し心配するように言った。

「……どうしたんだ? あなたなんだか最近ぼうっとしてるぞ。もしかしてユリアン様と何かあったのか?」

 真剣に問いかけてくるフランクに、エミーリエはその通りといえばその通りかと思い、しかしあまり子供たちに心配をかけないように気軽に少し笑みを浮かべた。

「いえ、フランク。心配して下さらなくても大丈夫です。ただ…………その、今更ながら私はユリアンのそばにいるのにふさわしい人間なのかと思ってしまいまして」

 今までの事がまったくのウソで、仕事上の関係だったということは誰にも話をしていないし、これからも話をするつもりはない。

 仕事上の関係だとしてもエミーリエはユリアンの事を想っていたし、お互いに信頼関係はあったと思う。その点についてはほかの政略結婚の男女とは端から違うのだ。

 だからそういう言い方をした。

 するとフランクは、そばにいるロッテやヨルクと目を合わせて、しばらく三人は少し考えてそれから一番最初にヨルクが言った。

「ふさわしいっていうか、エミーリエ以外にはないってユリアン様は絶対思ってるともうよ。僕」
「私も。だって……なんていうかね、うまくいけないけど、エミーリエと、それ以外の人との対応ってユリアン様全然、違うよね?」

 ヨルクとロッテの二人はそう言って、納得したように頷く。それからフランクはもう少し具体的に言った。

「何があったか知らないけど、エミーリエ。

 俺も、ユリアン様は少し、人の事どうでもいいって考えてるんだろうなって思う節がある。

 エミーリエは、ユリアン様相手と同じみたいにいろんな人にやさしいけど、ユリアン様はエミーリエ以外にはべつに、優しくないし、何なら割と厳しい事いう……よな?」
「うん」
「ちょっと怖いよね」
「だからむしろ、エミーリエ以外いないだろ。

 元から警戒心強いのかわからないけど、一緒に住んでてもこの屋敷の誰とも打ち解けている様子がないし、これからアーグローデで生きてくうちで家族らしく打ち解けて一緒に暮らせる人なんてあなたぐらいだ」
「……そう、なんですか?」
「今までのあの人の事を思い出してみれば、エミーリエもそう考えると思うぞ?」

 フランクに言われて、エミーリエは指示通りに、自分とそれ以外に対するユリアンの言動を思い返してみる。
 
 そうすると、フランクの言葉には納得せざるを得ないような言動をしていたような気がする。

 仕事人間で、人の感情にはあまり興味がないというようなことも言っていた。

 エミーリエはそれを自分に対する態度で実感したことがなかったが、普段からそばにいるアウレールとだって業務以外で雑談しているところをあまり見ない。
 
 エミーリエはこちらに来てからであった侍女たちの事情ですら色々話をして知っているというのにだ。

「なるほど。参考になりました、フランク。そうですね、人から見たユリアンの事なんて考えたこともありませんでした。ありがとうございます。

 頭でも撫でましょうか?」
「っ、やめてくれ! それこそ俺がユリアン様に怒られるだろ!」
「代りに僕の頭を撫でていいよ!」
「私でもいいのっ!」

 エミーリエは善意で提案したのだが、フランクはとても微妙な顔をして、拒否する。

 それからヨルクとロッテがそう言うのでエミーリエは可愛い金髪の頭を両手で撫でた。

 ほんの少しばかり、フランクのつんつんした男の子らしい髪を撫でてみたいと思ったことは秘密にしておこうと思う。


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