どうせ去るなら爪痕を。

ぽんぽこ狸

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56 新しい生活 その二

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「それからエミーリエも、私ここ最近まで、お金の流れっていうのはよくわからなくて、なんとなくエミーリエが助けてくれてるとは思っていたけどアンネリーゼに教えてもらって、びっくりしちゃった。

 ……ありがとうエミーリエ、私がこうやってちゃんと務められるのはエミーリエのおかげなの」
「いえ、私だって人に助けられてばかりですから、私が立場ある人間になったからには、惜しむつもりはありません。

 今は気にせず、将来どんなことがしたいか、どんな旦那様と家庭を築きたいか考えておいてくださいね」

 エミーリエはユリアンや、ベーメンブルク公爵の事を思い浮かべてそう言った。

 彼らは本当に懐が大きい。

 今ではユリアンよりも自由の利くブラント伯爵という立場ではあるが、出来る限りエミーリエもその器の大きさを見習っていきたいと思うのだ。

 と、エミーリエが考えているうちに、ロッテはいつの間にか頬を赤く染めて、恥ずかしそうに唇を引きむすんだ。

「……まさか、思い人でもできましたか?」

 その様子はどう見ても恋する女の子のようで、彼女が子供から成長しているとはいえ少し驚いてエミーリエは問いかけた。
 
 すると彼女は小さく頷いて、ぱっと顔をあげてエミーリエを尊敬する眼差しで見た。

「あのね、もちろん身分違いだって事は分かってるの。あの人は私の事そんなふうに絶対見ていないだろうし、私はまだまだお子様だもの」
「はい」
「でも、エミーリエだってとても差がある状態で、ユリアン様をいとめたんでしょう? グレータから、エミーリエの大恋愛についてたくさん聞いたのよ! 

 ユリアン様を連れ戻しに来たカルシア王国フリッツ王太子を格好良く、言い負かしたって侍女の間じゃあ有名な話なの!」

 彼女の主張を聞いて、どうしてそんなに希望に満ち溢れた目でこちらを見ているのか納得した。

 納得はしたのだが、そもそもユリアンとエミーリエの関係はとてもトリッキーなもので結ばれるまでに紆余曲折いろいろあったのだ。

 だからエミーリエの技量だけでそういうふうになったかと言われると、とてもじゃないが頷くことはできない。

 しかし、大見得を切ったことはたしかで、ユリアンがアーグローデに残るための一助にはなった。そちらは否定できない。

 そして、エミーリエの頭の中にはどちらだろうと二つの選択肢が思い浮かんでいる。

 ……身分差というからには、事務官の男性や、男性使用人たちではありませんよね? となるとやっぱり、ヨルク……ですか? フランクですか?

「それは、言い負かしたというと語弊がありますが……それに私とユリアンは少々関係性が普通ではないといいますか……」
「それはそうだけど! 今はなんでかわからないけれど彼は婚約者もいないというし……でも、結ばれない思いだっていうのもわかってはいるの。

 私は訳ありだしお世話になっている立場だし……」

 ロッテの気持ちはとても揺れている様子で、エミーリエは必死に、前回遊びに来た時のヨルクの言葉を思い出してみる。

 彼も育ち盛りなので着々と大きくなっている。

 しかし、誰かを意識しているような様子はなかった。となるとフランクだろうか。しかし彼に婚約者がいないのはたしか、ベーメンブルク公爵夫人が亡くなった時に、それを婚約者が喜んだような態度をとったことが原因らしいのだ。

 そう言う態度があったからこそ女性に対してとても敏感になっていたという話をグレータから聞かされたこともある。

 ……例の大きな鏡のついた鏡台は、屋敷を出るときにフランクが受け取ってくれましたが、それでもまだいろいろな気持ちがあるでしょう。

 けれどもヨルクにも婚約者はいない、彼は爵位継承者ではないし割と性格が奔放なので婚約者を決めかねているといった様子だ。
 
 ヨルクの方ならばなんとなく望みはなくもない。

 ロッテとは仲がいい様子だったし、フランクやベーメンブルク公爵も拒絶するとは思いづらい。

 どちらかといえばヨルクの方が望みはあるだろう。

 そう考えて、エミーリエは恋する彼女を出来る限り傷つけないようにとても微妙な顔をして聞いてみた。

「と、言いますが、あの、ロッテ……具体的にはどちらでしょうか」
「どちらって?」
「二人いるでしょう、あなたの今の言葉に該当する男の子が二人……」
「そ! それは! もちろん、私、お子様なんて好きにならないのっ! 私が言ってるのはフランク様の方……」
「…………」

 エミーリエは、ヨルクはあなたと同じ歳ですよ。という言葉を呑み込んで天を仰ぐような気持になった。

 ……たしかに懐いてはいましたが、そう言う事でしたか……しかし、思ってもいい事なのかわかりませんが、皮肉なものですね……。

 エミーリエはとても感慨深い気持ちになった。

 あれだけ甘やかされて育ったロッテなのだが、割と優しいとは言えない人に惚れるというのは絶妙に皮肉の利いた状況に思えたのだ。

 ……それにしても、どのあたりに惚れたのでしょう。いえ、彼は悪い子ではないのですが、難しい子でしょう……。

 考えれば考えるほど望みが薄い気がして、エミーリエは頭を抱えたくなる。

「もちろんね、厳しい事を言う時だってあるけれど、それってやっぱり私にちゃんとした方がいいって教えてくれているからだと思うの!

 そう言うところが最初はいいなって思って、それから褒められるとすごくうれしいなって思って……」
 
 エミーリエはそれから、ロッテのフランクに対する思いを聞いて、時間を過ごした。

 この恋が実るのかどうかはわからないけれども、人間関係というのは否応なしに巡っていく。

 エミーリエに出来るアドバイスは多くないけれど、それでも慎重に想いを伝えるタイミングだけはきちんと見計らって、とありきたりなことを言って彼女をベーメンブルク公爵家に戻した。
 
 どうなるのかは誰にも未来はわからない。それでも、進んでいく彼女に、出来る限りの幸があればいいと思う。

 ……私もそのうち会うことがあるでしょうから、少し様子を窺ってみてもいいですね。

 そんなふうに考えて、今日も今日とて伯爵の仕事に取り組む、自分もとどまってばかりはいられないこの領地の復興はまだまだ始まったばかりなのだから。



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