2 / 46
2 無価値な存在
しおりを挟むディースブルク伯爵領に存在する伝説は、国外にも知れ渡っているとても歴史あるものだ。
そしてその伝説に基づいた祭りであるディースブルク伯爵領の討伐祭は、毎年多くの観光客が訪れる大きな催し物となり、その経済効果は莫大なものになる。
伝説の内容としては、戦の女神が魔力を持たないディースブルクの領民を魔獣たちから守るために様々な工夫をすることによって、民たちを守り切り最終的には魔獣を打ち倒すという伝説だ。
そしてその伝説の中で登場する民を守るためのアイテムとして、アマランスの花という球体の小さな花をつける植物を編んで冠にしたものが登場する。
そのアマランスの花冠は、魔獣たちの魔の手からディースブルクの民たちの姿を隠し、戦の女神は心置きなく戦うことができたという伝説のシロモノだ。
アマランスの花冠には姿をかくす効果があると言われていて、透明人間の伝説にも登場しているこのあたり特有の魔法道具だ。
そしてその伝説にあやかって、教会で戦の女神の加護をつけたアマランスの花冠を販売することによってディースブルクは多大な利益を生んでいる。
だからこそ年に一度開かれる討伐祭は、ディースブルク伯爵家にとってとても大切な意味を持っているのだ。
「出店については、治安を著しく乱すような物はメインの通りではなく娼館がある通りにするようにといったではありませんか! どうしてこのようなリストになっているのかすぐに確認してください!」
「はいっ」
「次……これ以上、運営費から予算を割くことはできません、自分たちで対処法を考えるようにと通達を!」
「わかりました!」
「次!……」
祭りが一か月後に迫った今の時期、ディースブルクの屋敷は、目まぐるしいほどの忙しさに見舞われる。
父は大概屋敷にいないので変わらないとしても、屋敷の中まで街の有権者たちが行き交うのでとてもあわただしい、そして数年前から母と街の準備に参加している爵位継承者である姉は今年も酷くやつれていた。
「ヴァネッサお姉さま、お久しぶりです」
そんな彼女に手間をかけることは、ラウラはとても気が引けることだった。
しかしニコラも慰めてくれた事だし、自分からも少しでも透明人間を脱却するために必要なことをするべきだと考えて、ラウラはヴァネッサの執務室を訪れた。
彼女に用件のある使用人たちの後ろに並んで婚約破棄の書類を手にして順番待ちをした。
ついにラウラの番になり、ラウラは久々に人に会ったのでいつもの通り気弱な眉を下げる笑い方をした。
「……」
「お忙しいところ申し訳ありません。お話があってまいりました」
「……」
「私の婚約破棄についてです。ご存じでしょう?」
持ってきていた婚約に関する書類綴りをラウラはヴァネッサの前へと差し出した。
しかし彼女はラウラのことをまじまじと見つめて、それからふと視線を逸らす。
それから大きく鋭い声で「次!」と言い放ったのだった。
……やっぱり駄目なのね……。
いつもどおり無視されたラウラは、静かにそう考えて、次に並んでいた使用人に順番を譲るように横にそれた。
すると申し訳なさそうに後ろに並んでいた人は会釈をしてから、ヴァネッサに用件を伝える。
それにヴァネッサははきはきと答えて、討伐祭の準備を進めていく。
確かに忙しいだろうことは理解しているし、一大イベントなのだから夢中になることだって仕方がない。
それでもラウラだって屋敷の屋根裏部屋でずっと今までも祭りの準備に参加していたし、ディースブルクの家に貢献しているつもりだ。
それがなぜこんなにも蔑ろにされなければならないのかわからなかった。
ラウラが落ち込んでいると、執務室にあまったるい声が響いた。
「お姉さま~。リーゼが来たわよ~。この平民どもを下がらせて」
はちみつでも喉に塗り付けてから声を出しているのかと疑うような甘い声で、リーゼが執務室の入口から声をかけた。
その様子にヴァネッサは一度、目を見開いてから額を抑えて頭を抱えたが、そばにいた使用人に合図をしてリーゼの言う通り用事があって来ていた彼らを全員下がらせた。
リーゼの隣には、レオナルトがいるが、最近はいつでもこうなので驚くこともなくその場にいたラウラとヴァネッサは、彼らが部屋の中に入ってくるのを見つめていた。
平民たちはすぐに使用人の指示に従って下がっていくが、ラウラはこの屋敷で透明人間なので声をかけられず、丁度婚約破棄についての話をしに来ていたので当事者の彼らもいることにチャンスだと思った。
「リーゼ。……私とレオナルト様との婚約破棄についての書類を見たのだけど、これでは私が有責で婚約破棄をするようなことになってしまっている」
言おうと思っていたことをラウラは部屋に入ってきた彼らに口にした。
ニコラの言葉通り、ラウラの生きている世界は狭く、家族と婚約者しか知らない。
だからこそ執着を断ち切って自由になるべきだというニコラの言葉を参考に、別の人を見つける為にせめて不利にならないようにラウラなりに主張をしようと考えたのだ。
「これでは私の経歴に傷がついてしまうし、別の婚約者を見つけることもできない。だからきちんと正しい理由を届け出るようにして、少しでも慰謝料のやり取りがあった方が━━━━」
「お姉さま、この部屋何かうるさくない?」
「……」
「悪霊でもついているんじゃなくて? 何かさっきからガヤガヤ変な音がするのよね、それも腹立たしい音!」
リーゼの言葉にラウラは思わず黙り込んだ。
彼女たちとは目が合わない。まるで自分が本当に透明人間になったような心地がする。
ラウラは今ここにいて、彼らとは家族で、姉妹できちんと血も繋がっているというのに、存在を許してはくれない。
黙り込んだラウラの事を見向きもせずに、ヴァネッサはリーゼの言葉に思わずといった感じでふきだした。
「っ、ふふっ、そうかもしれません。怠け者でごく潰しの幽霊でもすみついているんでしょう。気味が悪いです。本当にっ、さっさと出て言って欲しい」
「ねー! ほんとですわ! 邪魔、それであの人とレオナルト様との婚約破棄の件、適当にこっちで作っておいたわ。まったく、無意味で無価値な透明人間のくせに、レオナルトとの婚約破棄を拒むとか、腹が立ちますわ!」
「そうですかわかりました。リーゼに対処してもらって助かりました。これでやっとあのごく潰しを追い出す口実が出来ました」
目の前で繰り広げられる会話にラウラはついていけず、やっぱりただ、呆然としてしまって、彼女たちを見つめていた。
役に立つためにラウラだってきちんと仕事をしているのに、どうしてこんな風に言われなければならないのだろう。
ラウラにだって怒る権利ぐらいはあるはずなのに、声を荒らげるのも拳を握るのも得意ではない。
……それに、婚約破棄は私を追い出す口実にする予定だったのね。
今更ながらにその意図を知って体の力が抜けてしまう。
「これで心置きなく今年の討伐祭を迎えられます。
……それにこの部屋にいる悪霊も、討伐祭が終わるころには、自分でその存在の無価値さに気が付いていなくなるかもしれません。
……私としてはできるなら存在価値を証明してほしい所ですかが」
「何言ってますの! できるわけないわ。姉妹は私たち二人だけなんだから支え合って二人でがんばっていきましょうね、お姉さま」
「……そうですね」
「私の存在も忘れないでくれよ。イステル子爵家にリーゼをもらう立場として私たちも全力でこのディースブルク伯爵家に協力するからな」
今まで姉妹の話に口を挟まなかったレオナルトは、最後のいい所で共に協力すると口にして、リーゼは「流石レオナルト様! 頼りになりますわ!」と返し、ヴァネッサも彼に笑みを向けた。
家族ではないレオナルトですら彼女たちとの会話に入れているのに、今、この場にいる当事者であるはずのラウラは自分がまったく無視されている状況に耐えられず、視線を背けて急ぎ部屋を出ていこうと出入り口に足を向けた。
しかし、数歩歩きだしたところですれ違う時に、今まで無視を決め込んでいたレオナルトがスッとラウラの足元に足を差し出した。
……っ!
蹴躓いてバランスを崩す。
転ぶところまではいかなかったが、背後から小さく舌打ちの音が聞こえてきて、恐ろしくなりラウラはその場を離れたのだった。
636
あなたにおすすめの小説
(完結)家族にも婚約者にも愛されなかった私は・・・・・・従姉妹がそんなに大事ですか?
青空一夏
恋愛
私はラバジェ伯爵家のソフィ。婚約者はクランシー・ブリス侯爵子息だ。彼はとても優しい、優しすぎるかもしれないほどに。けれど、その優しさが向けられているのは私ではない。
私には従姉妹のココ・バークレー男爵令嬢がいるのだけれど、病弱な彼女を必ずクランシー様は夜会でエスコートする。それを私の家族も当然のように考えていた。私はパーティ会場で心ない噂話の餌食になる。それは愛し合う二人を私が邪魔しているというような話だったり、私に落ち度があってクランシー様から大事にされていないのではないか、という憶測だったり。だから私は・・・・・・
これは家族にも婚約者にも愛されなかった私が、自らの意思で成功を勝ち取る物語。
※貴族のいる異世界。歴史的配慮はないですし、いろいろご都合主義です。
※途中タグの追加や削除もありえます。
※表紙は青空作成AIイラストです。
魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
混血の私が純血主義の竜人王子の番なわけない
三国つかさ
恋愛
竜人たちが通う学園で、竜人の王子であるレクスをひと目見た瞬間から恋に落ちてしまった混血の少女エステル。好き過ぎて狂ってしまいそうだけど、分不相応なので必死に隠すことにした。一方のレクスは涼しい顔をしているが、純血なので実は番に対する感情は混血のエステルより何倍も深いのだった。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
私を見下していた婚約者が破滅する未来が見えましたので、静かに離縁いたします
ほーみ
恋愛
その日、私は十六歳の誕生日を迎えた。
そして目を覚ました瞬間――未来の記憶を手に入れていた。
冷たい床に倒れ込んでいる私の姿。
誰にも手を差し伸べられることなく、泥水をすするように生きる未来。
それだけなら、まだ耐えられたかもしれない。
だが、彼の言葉は、決定的だった。
「――君のような役立たずが、僕の婚約者だったことが恥ずかしい」
[完結]悪役令嬢に転生しました。冤罪からの断罪エンド?喜んで
紅月
恋愛
長い銀髪にブルーの瞳。
見事に乙女ゲーム『キラキラ・プリンセス〜学園は花盛り〜』の悪役令嬢に転生してしまった。でも、もやしっ子(個人談)に一目惚れなんてしません。
私はガチの自衛隊好き。
たった一つある断罪エンド目指して頑張りたいけど、どうすれば良いの?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる