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39 納得のいく答え
しおりを挟む扉の外に騎士と使用人がいる応接室へラウラとニコラは向かった。
彼らはラウラを一瞥して頭を下げる。その様子を見て、ラウラが誰だかわかっている様子だったし、特徴は伝わっているのだと思う。
中の人たちに取次ぎをお願いしようとしたとき、ニコラは『ちょっとまっとれ』とラウラに言ってスイッと中へと消えていった。
それからしばらくして彼女は戻ってきて言った。
『良いかラウラよ。わしはあの男は好かん。色々と理由はあるがなにより素直ではない。だから勧めはせん。
ただ今だけは特別じゃ。お主の勇気と誠実さに報いてやるだけじゃ』
そういってニコラはふっと優しく微笑んで、ラウラを扉のなかへと引き込もうとする。
彼女に手を引かれてもなんの感触もないが、後ろから追い風が吹いて扉にぶつかりそうになりラウラは思わず魔法を使って扉を潜り抜けた。
応接室の扉はがごっと音がしたが、風で扉が吹き飛ばされるということはなく、ラウラは透明化の魔法を使ったままヘルムート子爵夫妻とフェリクスが話し合っている場に入ってしまった。
ニコラにどういうことかと問いかけようとしたが、その前に普段はおっとりしているマリアンネが厳しい表情をしてフェリクスを見つめていた。
「お話は分かりましたわ。フェリクス様……ただ、何度も申し上げています通り、この屋敷には養子のクリストハルト以外誰もいませんわ。
それにもしいたとしても、わたくしは権力に屈して善良なただの少女を引き渡したりはしません」
「……」
「あの子が何かの問題の渦中にいることは、わたくしたちも把握しています。けれどあの子が何をしましたか。ただ懸命に自分に与えられたものを駆使して日々を乗り越えようとしているだけです。
それを誰も守らないようでは、この国は女神さまに見放されたって文句を言えませんのよ。
フェリクス様、どうかお引き取りくださいませ。わたくしは彼女を売ることなど到底できないのですから」
マリアンネの言葉にフェリクスは苦い表情をして、何かを考えている様子だった。しかしそれに続いてダグラスもいった。
「それに、我が主様の方にお話を通していただいていますでしょうか。我々に直接このような要求をして、主様との関係は如何なものになるのでしょうか」
「それは……」
「とにかく、何と言われようとも答えを変えることはできません。一度お引き取り頂いたうえで再度話し合いの場を設けることで納得していただけないでしょうか」
ヘルムート子爵家には仕えている大貴族がいる。そして同時に庇護されている立場だ。
彼らの主に話を通さずに直接、立場を使って要求を通すことは軽蔑される行為だ。
その点を強く強調しているようだった。
マリアンネもフェリクスの取った行動に、ラウラを守るために毅然と振る舞ってくれている。
自分のせいでこんなことになって申し訳ないと思う気持ちばかり先行していて彼らの思いやりに気が付いていなかったラウラはとても間が抜けているかもしれない。
しかし、だからこそ優しい彼らに自分は大丈夫だと伝えるために入口からやり直すべきだと思ったが、そうする前にフェリクスは重たい口を開いた。
「……そのことは、重々承知している。……わかっているが……なんと伝えたらいいのか、私はただ……」
言葉に詰まって、声が聞き取りづらい。
ラウラの前では常にペラペラ話をしてよく回る口なのに、彼らの前ではどうにも苦し気で、ふいに気になってフェリクスの事を眺めた。
「……ラウラがいなければどうしても私の世界はただ、灰色でなんの彩も無く感じる。もちろんここまでくるのは彼女の迷惑になるだろうし、彼女自身も俺に微塵も興味はなさそうに思った」
ラウラがいない場所で、人に言う彼の言葉はとても素直にラウラの心の中に入ってきた。
分かりやすくて、まったく飾っていない。
「俺が来たらふらりとどこかに消えてしまうかもしれないし、そのまま会えなくなる可能性もある。しかし、それでもほんのひと目でも、駄目で元々なら、もう少しだけでも何か弁解をさせてほしいと、そういうだけの思いで来ました。
迷惑になっていることも、マリアンネ様、ダグラス様がとてもラウラを大切に思って匿っていることも理解しました。
しかしそのうえで、あなた方に言うのが正しいかわかりませんが、不自由させませんし、ラウラの望むことなら何でもします。だからあの子のそばに居たいんです」
フェリクスの言葉を聞いたマリアンネとダグラスは、警戒心を忘れてキョトンとしていた。
そしてラウラはなるほどと思った。
……なんだ、この人、やっぱりとても聡い人なのね。だから、その時々に合わせて一番、効果的な言葉を言っているのかな。
脅してきたり、協力を煽ってみたり、彼のあの行動はニコラがいなければ大体成立していたと思うし、そしてそれがラウラの言ったことから彼が読み取った最適解だったのだろう。
だからこそラウラは彼が分からなかった。
それもそのはずだ、フェリクスだって全力でただラウラに合わせにいっていたのだから、お互いわからないわけである。
そして結局、合わせたいと思うのは好かれたいからだ。
そしてラウラを守るために警戒しているマリアンネたちに対して、フェリクスはきっとまた最適解を選んだ。
人によって態度を変えるというよりも、フェリクスは人の望む部分を出すのがうまいのだ。
「だからどうか、会ってやれとだけでも言ってもらえませんか。彼女に結婚を申し込んでいるんです。まだ完璧には答えをもらっていない。
ほんの少しの望みを賭けて彼女が考えるのを放棄する前に、すこしだけでも好印象を抱いてほしいそれだけなんです。ヘルムート子爵、子爵夫人、よろしくお願いします」
そういってフェリクスは頭を深く下げた。
後ろに常についていた従者は目を見開いて驚いていたけれど、主と同じように頭を下げた。
その様子にヘルムート子爵夫妻は顔を見合わせてから、少し考えて、疑問混じりに「そういう、話なら若いのだしあり得るだろうが……」と絞り出すように言った。
ラウラはそれを見ていて、ふうと息を吐いて、ヘルムート子爵夫妻から死角になる位置で姿を現した。
頭をあげたフェリクスと目が合い、彼はまた厳しい表情をしてそれからラウラに言った。
「急に来て悪いな。ラウラ、今日は聞いての通り媚びを売りに来たんだが」
そういってヘルムート子爵夫妻に視線を向けた。彼らは驚いて振り返り、扉とラウラを交互に見つめた。
「……マリアンネ様、ダグラス様、私の為にありがとうございます。でも、もう大丈夫です。この人と話があるので庭園をお借りしてもよろしいでしょうか?」
「え、ええ……ラウラ、構わないけれど。…………いいえ、何でもないわ」
マリアンネは、おっとりと優しく笑って何も言わないでいてくれた。その優しさを嬉しく思いつつ、ラウラは、フェリクスと屋敷の外へと向かったのだった。
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