“足りない”令嬢だと思われていた私は、彼らの愛が偽物だと知っている。

ぽんぽこ狸

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3 図書館 

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 隣にある大領地、ライティオ公爵領には一般貴族に解放されている図書館が存在している。
  
 本と言えば、多くの大切な事やたくさんの事象が載っている世襲制の貴族にとってはその家の財産とも言っていい代物だ。

 それを気前よく、派閥や位に関わらず見せるというのは実は公爵家の中でも反対意見があったらしい。

 しかし押し通した末に得られた世間の評価は、それを大衆に広めてもなおライティオ公爵家の地位は揺らがないのだろうという信頼と尊敬だった。

 だからこそ多くの貴族たちが話題に乗って利用するようになり、図書館の運営によって歴史の浅い貴族たちはとても助けられているらしい。

 そういう利用者からの寄付金も集まり、図書館の蔵書は年々増える一方という事だ。

 そしてレーナもとても助けられている。今日はそこに知恵を借りに来たのだ。

 アメーリアにはいつも通り外で待機してもらって中に入る。

 図書館の中には休日ということもあってか、それなりに貴族が出入りしていて、本を読んでいる人もちらほらと見受けられる。

 きょろきょろとしていると、いつも図書館にいる彼の事を見つけられてレーナは書類といくつかの本を抱えて彼に声をかけた。

「ごきげんよう。ヨエル様」

 声をかけると適当に本棚を見ていた彼はふとこちらに向いて、気の良い笑みを浮かべる。

「おう、レーナ。君から声をかけてくるなんて珍しい、いつも俺から声をかけているだろ?」
「はい。……ただ少し知恵を借りたい事情がありまして、あなたを探していたんです」
「そうか? ……まぁ、知恵なら本に聞けと言いたいところだが、ほかでもない図書館仲間の君の事だからな聞こうじゃないか」

 レーナのお願いをヨエルは快諾してくれて、二人で閲覧用の机の方へと向かう。図書館の入口付近になるので交流している貴族もおり、そこなら話をしても問題はない。

 向かい合って座って、手に持っていたものをとりあえず机に置く。

 これらは、先日の書類に関することが載っている本なので、彼と話にすぐに必要になってくるものではない。

 レーナが聞きたいのは、山ほどある本の中にも載っていない込み入った事情の対処法なのだ。

「少し、重たい話になってしまうのですが相談を出来る相手がほかに思いつかず、頼ってしまい申し訳ありません」

 しかし突然相談をするにしても重たい話だ、ヨエルに配慮するようにそう口にすると、彼は頬杖をついて足を組んでレーナを見る。
 
「前置きはいいぞ。ここにいる間は、俺らの間に身分差はない。そう言っただろ」
「……はい。ヨエル様」
「本当は敬称もいらないんだけどな」
「いえ、それは流石に」
「だよな。わかったそれで相談を聞こうか?」

 促すように彼は言って、それに答えるようにレーナは話し出した。

「まずは私のことから前知識として話しますね。名前以外は、話す機会もありませんでしたから」
「……知ってるぞ。一応、一応な? 偶然。クレメナ伯爵家長女で、跡取り娘。十七歳、腹違いの妹が一人。婚約者はカンナス伯爵家のアーベル。間違いないか?」

 ヨエルはペラペラとレーナの情報について口にする。なぜか一応、偶然などと前置きをしたが、その知識にレーナは少し驚いてからすぐに言う。

「すごいです。ヨエル様はやっぱりとても博識なんですね。周辺貴族の情報など空でも答えられるという事ですか」
「……ああ、そういうことにしておいてくれ」
「はい。では話が早いですね。私が相談したいことというのは……私自身の身の振り方についてです」
「身の振り方か。今の人生に何か不満があるのか?」

 彼は話を進めやすいように質問をしてくれる。その質問にレーナは首を縦に振る。

 不満はある、そしてこのままではいけないとも思っている。

 けれども、どう変わっていくべきかはわからない。

「不満はあります。周りの人が考える私の像があまりにも今の自分とはかけ離れているような気がしてならないのです」
「変な噂を立てられているとか? とても性格が悪いと思われているとか?」
「似たような物です。……その像が植え付けられたのは私の母に原因があるのです」

 そこまで言うと彼は少しピンときたようで、難しい表情をした。

「ローゼ・ヒューゲルの事だな。彼女は、変わった人だった」
「はい。母は、父に離縁を言い渡され現在、旧姓に戻っていますがそうなるまでの間でも、何かと話題の人でした。ご存じなのも不思議ではありません」
「……そうだな」
「離縁に至るまでも、それなりに家の中でトラブルがありまして今は、クレメナ伯爵家には夫人がいない状態です。けれど問題はそこではなく、母のその変った部分」

 ローゼは、レーナの母であり、そして遅れた人だった。

 変わった人とも言うが、ひどい人は差別的な言葉で彼女の事を呼ぶ。

「変っているということは屋敷の中で周知されていましたが、私は主に母に育てられました。遅れていて、変っている母に……そういう人の事を年配の人は変っているではなく、前世で犯した罪を背負っているというそうですね」
「そういう考え方もあるな」
「はい。なので、親の罪は子に……私は母に育てられて十歳なるまで一緒に過ごしていましたが、多くの事を母に倣っていました」

 食事は、きちんとしたマナーにのっとらずにおしゃべりに夢中になりながら食べていたし、淑女礼などしたこともなかった。

 絵を描いて遊ぶことはあっても、本を読んだり文字を書いたりする練習を一切してこなかったのだ。

 そんなローゼもレーナも平民だったらよかったのかもしれない。健康的ではあったし、平民であったなら自分の名前だけでも書ければ十分だっただろうから。

 しかし貴族に生まれ落ちて魔法を持ってしまったからにはそう奔放に生きることは許されない。母は時折自分にはできない仕事に挑戦をしてストレスをためて暴れることがあった。
 
「私たち二人の親子は、学のない平民のようだったと聞いています。きちんとしていなくて、貴族らしくなくて、落ち着きもなくて、学もない。それが何かのせいではなくそういう性質だとしたら、ヨエル様だったらどうしますか?」
「……返答に困る質問だな」
「申し訳ありません。そうですよね。クレメナ伯爵家では出来る限り表に出さず、周りがすべてを判断し、よく躾けることを選びました。それはとても人道的な判断だったと思います。程度によっては、屋敷の奥のそのまた奥に牢を作って閉じ込めるようなこともあるそうですから」
「そうだな」
「だからこそこうして私が図書館に通えて、ヨエル様に出会えたのは多くの人の適切な対処のおかげです。だから、怒っているわけではありません。父にも屋敷の人達にも。ただ私は……」

 変わった夫人の変わった娘。二人を何かをやらかさないように守って育てて、跡継ぎにまでしてくれた。

 母は離縁されているが、レーナが跡取り娘としてきちんとしている限りは実家に仕送りがなされる。出戻りの、変った母でも生活は保証されているはずだ。

 だから感謝していると言っていい。

 しかしこのままでいいのかという気持ちがある。

 どうしたいかはわからない、けれども何かしなければとは思う。

「……」
「……君は母の性質を継いでいない。そうなんだろう?」

 言葉に詰まってしまうとヨエルが質問してくれる。その言葉に、戸惑いながらも頷いた。

「だから、多くの事もわかって、君の周りの人間が知らないところで知識も得た。それを黙っていることが難しくなったんじゃないか」

 話の流れからして、簡単な推察だとわかっているのに、ヨエルが言い当ててくれてうれしい。

 けれど、人に言われて従うばかりではいけないとレーナは心に決めて言う。

「難しいです。もう、何も知らない自分ではない。それを……示せればと思っています。丁度、私を貶めようとしている人たちがいるので、彼らにも皆にも、示したい」
「貶める?」

 言いつつも、よけてあった書類を二人の間にもってきて彼に見せる。

「問答無用でこれにサインをしろと」
「ふーん。安直だな」
「ええ、とても。……でもそうやって示せばいいんでしょう。書類の意味が分かると言えばいいのか、それとも怒って見せればいいのか……どう思いますか?」
「ああ、それが相談事か?」
「はい。お恥ずかしながら」

 彼の問いかけに頷くと彼は、にっと少し悪い笑みを浮かべて、いたずらっぽく言った。

「そりゃあもう、鮮烈にわからせてやればいい。レーナはいわば宣戦布告されたんだ。そうとなれば作戦を立てて完膚なきまでに屈服するまで叩きのめす方法を考えなきゃならない」
「……せ、宣戦布告……」
「ああ、それにそういう相手と戦うためには知恵が必要になるだろう? そういう事の為に、俺はこの場所を開いてる。ぜひ有意義に使って、自分に害をなすものを返り討ちにしてほしい」

 彼の言葉にレーナは少し驚いてしまう。

 だってそんなに苛烈なことをするつもりはない。

 やったこともないし、叩きのめしたいと思ったことも一度もないのだ。

 しかし、博識な彼が言うのだからそうするぐらい強烈に示さなければ駄目だという事だろう。

 レーナだって頑張ればそのぐらいできるのだと、皆に思ってもらえれば、これからだって努力していく原動力に出来る気がした。

「わかり、ました。やってみます。ヨエル様」
「なんなら俺が協力してやってもいいぞ? ここに無い貴重な資料も貸してやるし、俺が後ろにいればその後の後始末だって……」
「いえ、自分の力でやらなければならない事だとしっかりとわかっていますから」
「……だよなぁ。頑張れよ」

 ヨエルの提案をきっぱりと断ると、彼はなぜか少しだけ残念そうにして、目を細めて笑ってレーナを応援してくれる。

 誰にも期待されなかったレーナはこうして応援してもらうという経験がなかった。いつもやらなくていい、気にしなくていい、大丈夫だと言われて育ってきた。

 しかし期待されるというのは心地の良いもので、元気な返事をしたのだった。


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