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26 自覚
しおりを挟むしばらくして、落ち着いたらしい彼に連れられて舞踏会のホールを出た。
多くの人の視線を感じたけれどヨエルはそんなものに興味ないらしく、廊下へから、薄暗いバルコニーの方へと出ていった。
そこならば薄暗くて顔が見えないし、休憩するために訪れている人がいるだけで積極的に人と関わろうという人は多くない。
丁度いい場所にあるベンチに座るまでの間、彼はきっちりと手をつないでレーナを導いた。
夜の暗闇の中、月の明かりと廊下から漏れ出た淡い光だけが光源で、遠くからワルツの音が響いている。
「……」
レーナがベンチに座ってお話をするのだろうと彼を見る。
しかしレーナだけを座らせてヨエルは突っ立って、眺望の良い庭園の方ではなく壁側……つまりはレーナの方を見つめたままたっていた。
……その位置に立たれると少し威圧感がありますね。
丁度目の前に立ったものだからそんなふうに思って彼を見上げる。
薄暗くて彼が何を考えているのか感じ取るのが難しい、しかししばらく見つめていると上から声が降ってくる。
「結局、君は婚約者として相応しくなるために王都へと向かって、一般にきちんとした跡取り娘だと示すために立ち回っていたってことだよな」
確認するような問いかけに、一つ頷くと頭に手を乗せられて少し驚く。
「つまりは、君は俺でいいのか。……俺を受け入れてくれるのか」
「ヨエル様で……というか、ヨエル様が、いいのですが……」
今更ながらに真剣な様子で聞かれて、レーナはおずおずと口にする。ヨエルの手は頭を優しくなでつけて、レーナのくるくるとした髪を指に通して金の瞳でじっと見降ろす。
「だってこれからも一緒にいたいです。私もきちんとしたつながりがあった方が安心できます。これからも……ずっと」
「そうか」
短い返事が返ってきて、彼は少しかがむ。
迫ってくる金色の瞳を見つめていると、唇に何か柔らかい感触がして、やわらかいなと考える。
それから小さな嬉しそうな笑い声を彼があげる声を聞いて、急に機嫌が直ったと思う。
さらに、大切なものにそうするようにレーナの頬にヨエルは頬擦りをして耳元を彼の吐息がかすめる。
「っ……?」
「嬉しい。レーナ」
金の瞳がゆっくりと細められて、心臓が変なふうに音をあげる。
彼の声はなんだか少し熱っぽくて、レーナが思う嬉しい気持ちと多少の乖離があるように見受けられる。
しかし、その様子はほんの数秒だけで、キスをされたという事実だけが残って後はいつもの彼に戻る。
「屋敷に戻ったら、すぐにクレメナ伯爵に話を持ち掛けよう。許可はしてくれると思うが、直接挨拶に行った方が印象もよいだろうから、そうしようか」
「……そう、ですね」
「どんな手土産を持っていこうか、クレメナ伯爵の好みはすでにリサーチしてある。そこから君が選んでくれてもいい」
「は、はい」
「明日になるのが楽しみだ。こんなにいい気分の日はそう多くない。いや、もう二度と来ないかもしれないな」
ペラペラと話し出す彼は隣に座ってレーナを見やって軽快に話す。相変わらず切り替えの早い彼にレーナはまだ混乱していてうまく答えることができない。
先ほどの彼の行動も雰囲気も何もかも新鮮で、知らない部分だった。
レーナは彼をとても好ましく思っていて尊敬していてずっと話をしていたいし、出来ることなら一緒にいたいと思っている。
それについては、俗にいう愛や、恋と同じものだと思っていた、しかし違うのかもしれない。
……だって……そうですアンドリュー様もヨエル様も接していていてみて、未知を感じると言いますか、とても不安になるような、けれども目をそらしてはいけないようなそんな”なにか”を感じるんです。
「それに、これまでの事も君の口から全部聞かないとな。何があったかとずっと心配していたんだぞ。それはもう本も集中して読めないぐらいに」
「それは、大変ですね」
「ああ、君がつらい目に遭って孤独を感じていないか、何かレーナを害する人間がいるんじゃないかって気が気じゃなかった。もちろん君の力を見誤っているわけではないが、経験が君には少ないだろう?」
彼の瞳にともる感情を、今までレーナは自分と同じものだと信じて疑っていなかったが別物なのかもしれない。
それはアンドリューにも宿っていたもので、わからないゆえに少し怖い。
「……」
「だからこそ俺は君を手助けしたい。もともと王都の出身なんだ、やれることは大いにある」
それでもヨエルのことなら知りたいと思う。
マイリスや、アーベルのように盲目になって、夢中になって合理的とは言えない普通とは違った道に進んでしまうかもしれなくても、レーナはこの人がいいのだ。
初めて会った時から彼はレーナの事をまっすぐ見てくれている。今でもそうだ。
「もうしばらくこちらで人脈を広げてもいいな。ただ、こんな場所はずっといるべき場所じゃない。俺はここが好きじゃないんだ。図書館のある領地に近いうちに帰ろう」
「はい。それはもちろん、私は……あなたのそばにいるためにここに来たにすぎませんから」
「そうか。ああ、でも都会好きがダメな事というわけではないからな。たまに遊びに来る分にはいい場所だ。店も山ほどあるし。デートもいろいろできるしプレゼントを買うのにも困らない」
楽しそうに語る彼に、レーナはまだ彼にレーナの思いが彼とは違う事を告げることなくうんうんと話を聞く。
いつかそのことが知られるときが来るかもしれない。けれどもそうしたらきっとヨエルはきちんとどうするべきか教えてくれるだろう。
それにレーナも知っていこうと思う。こうして会えて楽しく話が出来て嬉しいと思う以上の男女の難しい感情の話を、当たり前にわかるように勉強したい。
とりあえずそのことを心に決めてレーナはヨエルとの時間を大切に過ごしたのだった。
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