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22 侍女
しおりを挟む体調が戻ってからの私の体は今までの不調が嘘であるかのように回復していった。
眩暈を起こす回数は徐々に減っていき、出歩ける日も多くなっている。
外気温はどんどんと下がっていき、雪の降る日が多くなったけれど私の体は以前に比べてぽかぽかと温かく枯れ枝のようだった手足も少しふっくらとしてきたように感じる。
それもこれもすべて、ヴィンセントや、ローナといった私の事を想いやってくれる人たちのおかげであり、とても頭が上がらない。
しかし、今のところ一つ問題があった。
「きゃあっ! あ、わわわっ、ごめんなさいっ、ローナ様ぁ!!」
部屋の隅の方で洗濯の終わったシーツなどを運んでいたリビーという少女が何もない所でつまずいてまっさらで綺麗なシーツを落としてしまう。
それにベッドの準備をしていたローナは眼鏡の奥の瞳を見開いて驚いて固まった。
長らく、カミラと二人でやってきたローナは、彼女の仕事を楽にするために新しく入った少女の事に少し困惑している様子が見受けられた。
「す、すすっすぐに新しいものをもらってきます!! これはまたお洗濯だしてきまっきゃあっ!」
慌ててシーツを持ち上げたリビーは、今度はティーテーブルの脚につま先をひっかけてそのままテーブルを巻き込んで転倒する。
それを私は、作業していて気にしていないふりをしながら盗み見るように視線を送っていた。
……私が口を出すとまるで叱りつけるようになってしまいますし、何より、ローナがどういうふうに思っているかわからない以上はあまりうかつなことは言えません。
彼女は、私を助けるために独断でヴィンセントにカミラの告発を行い、私が回復するまでの間、たくさん面倒を見てくれたとても仕事ができて信念のある女性である。
だからこそ彼女にはできる限り自由に働きやすいようにリビーを教育してほしいのだ。
なのでヴィンセントに使用人を一人増やしたいという話をしたときに、若い子をお願いしたのだが、まさかこれほど……あわてんぼうというか、ドジっ子というかとにかくそういう子が来たのは想定外だった。
……ローナが拒否するのであれば……ヴィンセントに言って人を変えてもらうのもやぶさかではないのですが……。
そう考えながらも、ローナの動きを見つめる。シーツをかぶってわたわたとしている彼女にローナは無言で近づいていって、ばさりとシーツを取り払い、ぱっと手を伸ばす。
「ご、ごめんなさいっ」
すでに顔を青くして謝る彼女に、ローナは両方の手を肩に乗せて、少し笑みを浮かべて行った。
「……深呼吸してください。まだ初日ですからいいんですよ。完璧にできなくとも、リビー、ゆっくり仕事を覚えていきましょうね」
「! ……ローナ様……あ、ありがとうございます! 一生ついていきます!」
ローナが優しく笑みを浮かべているところを私はとても久々に見た。そしてその軽やかな笑みにリビーは心を打たれたらしく、そんなことを口走る。
その様子にまたローナは混乱したように目を大きく見開いたけれど「ならまずは落ち着いて仕事をすることを覚えてくださいね」と少し考えてから言った。
それにリビーは元気に返事をして二人は私の部屋を整えていく。
その様子に私はほっとして、また魔石に細かい魔力を流していく作業に戻る。
この魔法道具たちももうすぐ完成に近い。
なんだかいつもと違って魔力の細かい操作が少し難しい気がする。しかしもうずいぶんとなれた作業なのでなんだか違うなという感覚で掘り進めた回路に魔法を通したのだった。
「ローナ、リビーとはどうでしょうか、うまくやれそうですか」
私は、休むために部屋に戻る前の彼女に問いかけた。夜は更けて私ももうあとは眠るだけだ。
しかしこの時間だからこそリビーはもういない。慣らしで来ているので今日は早めに上がってもらったのだ。
私の問いかけに、ローナは少し間をおいて眼鏡をかけ直していった。
「……本当は少し、新しい子が来るというのは心配だったんです。また、いじめをするような人がきたらどうしようかと思っていました」
それは正当な心配だろうと私も小さく頷く。
「せっかく、カミラさんがいなくなってウィンディ様も体調が良くなる兆が見えたというのにまた、ウィンディ様に酷い事をする人がきたら今度こそ、あなた様を失ってしまう」
「……」
「それにカミラさんを遠ざけないウィンディ様自身にも、強く生きたいと願っていないのかと疑問にも思っていました。でも、あなた様は私の行動に応えてくれた。私が仕えていることを忘れず、あの人を罰してくれました」
少し難しい表情だったけれど声は明るい。
「そして、新しく来た彼女も少しそそっかしいですが一生懸命な子です。うまくやっていきたいと思っています。せっかく良い環境が手に入ったんですから、ウィンディ様、たとえ事情が知れなくとも、ヴィンセント様は良い人だと私は思います」
「良い人……ですか」
「はい、流石にここまでいれば、私もウィンディ様のお心やそれに伴ってあの方の不審さがわかるようになりました。けれど断言しますがアレクシス様よりずっと私は良い人だと思っています、以上です」
「なるほど、参考になる意見ですね」
「そう言っていただけて嬉しいです。では、おやすみなさい、ウィンディ様。また明日」
「はい、また明日。ローナ」
振り返って去っていく彼女は部屋の明かりを消して、小さなベッドサイドのランプだけがともった。
そのそばにはいくつかの魔法道具となった小さな魔石が置いてある。
それらはヴィンセントとその身を守っているハンフリーとリーヴァイに作ったものだ。
手に取って光にかざして魔法を確認すると、丁寧に作っただけあって、綺麗な魔法回路をしている。
「……」
……これはお礼みたいなものです、でもそれを目当てでこうして私をここに置いているわけではないでしょう。
目的が分からない不審さは、ローナにも気がつくほどで、私には露骨です。
けれど、その愛情だけは真実です。なら私はそれに答えてもいいという事なんでしょうか。
それならばプレゼントなどするのは普通の事だ。そう言って受け取ってもらえばいい、彼の事が好きだと思う。
しかし、事情をすべては知らない以上一概にそれがいい感情ともいえないのも事実ではないだろうか、頭を悩ませながらランプの炎を消して、私は眠りについたのだった。
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